マルちゃん家族⑤ 感謝と希望

最時

感謝の大晦日、希望の新年

 寝ていたようだ。窓に目をやると隣のビルの明かりはまばら、昔の夢を見ていた気がしたがはっきりとは思い出せなかった。

 どのくらい寝ていたのだろうと考えるとドアがノックされ、久々に秘書の笑顔が見られた。

「社長、お疲れ様です」

「お疲れ様。終わったか」

「はい。これで安心して年を越せそうです」

「本当にありがとう」

「いえ。これもすべて社長の人望と尽力のおかげです」

「ふっ。ありがとう。良いお年を」

「本年もありがとうございました。良いお年を。失礼します」

 パンデミックの影響で会社は業績が悪いどころか、存続の危機を感じた。しかし従業員や取引先、友人、他、多くに助けられて大晦日ようやく危機を脱することができた。

 本当に感謝の気持ちでいっぱいで、景色がかすんだ。


 会社の入るビルを出てタクシーに乗る。

「大晦日にこんな時間までお仕事ですか。大変ですね」

「運転手さんもそうですよね」

「私はいつものことなので」

「お疲れ様です。パンデミックで会社が危なかったのですがなんとか軌道修正できまして、明日はのんびり休めそうです」

「それは良かったですね」

「ええ。本当に良かった」

 瞼を閉じてこらえた。ここを乗り越えられたんだ、大晦日の仕事など安いものだと思った。

 自宅に着いた。

「良いお年を。おつりはとっておいて下さい」

「ありがとうございます。良いお年を」


「ただいま。ツバキは寝たか」

「おかえり。じーじとばーばに0時におめでとうを言うって言ってたけど、パソコンにもたれてたからベッドに寝かしたわ」

「そうか」

「あっ、もうじき年越しね。緑のたぬき作るわ」

「うん」

 夫婦で毎年恒例の年越したぬきをすする。

 窓を開けてみた。冷えた空気が流れ込んでくる。いつもよりは街の音も静かだ。それでも鐘の音は聞こえなかった。実家が懐かしく感じた。

「なんとか一段落した。明日は休めるよ。ありがとう」

「よかった。そろそろ身体にも気をつけてもらわないと」

「まだまだそんなことも言ってられないさ。これからみんなに返していかないと。今回は本当にたくさんの人に助けてもらった。カンナにも。本当にありがとう」

 溢れて頬を伝った。

「もう。やめてよ」

 カンナが潤んだ瞳で抱きついてきた。

「良かったわ。まあ、私はあなたなら大丈夫だってわかっていたけどね」

「ふっ、期待に応えられて良かったよ」

 妻を抱きしめた。

「あと、赤ちゃんできたみたい」

「はははは。このタイミングで。凄いな。」

 再び妻を抱きしめた。


 ベッドへ入り、カンナとツバキの寝顔を眺める。二人の寝息がシンクロしていた。親子だなと。そして新しい命に思いをはせる。止まない雨も明けない夜もない。こんな日が来るなんて考えてなかった。幸せなことだ。初夢見れるかなと。明日のことを考えているうちに夢の中へと入った。

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