2.振り返らせてよ、ダーリン
「はよっす。」
「うわああああっ!」
見慣れた背中を叩けば、愉快な叫び声をあげて誠也が飛び上がる。こういうところ、面白いなって思う。
「んだよ実咲ぃ……末代まで恨むぞ……」
「ちょ、おま、っふふ、驚きすぎ。」
「笑うなら笑えよ!」
軽くはたかれて、私はひぃひぃ言いながら彼の肩を叩き返した。こういう会話は、とても楽しいと思う。でも、それは他の友人達に感じる気持ちと同じだ。なんにも特別じゃない。
「誠也は部活?」
「おう。実咲も?」
「いや、勉強しに来ただけ。漫研は夏休み活動ねぇから。」
「そーかいそーかい。羨ましい限りです。」
「ちょっと見ていこうかなぁ。」
時折見る部活中の彼はかっこいいと思う。……他の部員達と同じように。私がそう思っていることも、この男は良く知っている。だから。
「いいね、来いよ。ついでにかっこいい俺の部活姿を見て惚れろ。」
こいつに会ったら一回は惚れろ、と冗談めかして言われる。これはもはや、恒例行事。
「それ自分で言う?」
けたけた笑ってから、いつも通り彼の顔を覗き込む。彼がこの表情を好きだと知っているから、口の端だけ吊り上げて、私は一語一句違えずに同じ返事をするのだ。
「惚れさせてよ、早く。」
私、佐々木実咲十六歳。申し分なく面白くて一緒にいると楽しくてかっこいい、そして恋人としては全く好きではないクラスメイトの彼と交際を始めてから、はや半年である。
四人か五人か、はたまた十人目か正直覚えてないけど、ともかくまた彼氏が出来ました。おめでとう私。同級生は確か初。いや小学校の頃あったかな?五年以上も前の事は覚えてないや。それにここ最近はネット通して知り合った人と付き合うってコースだったから、毎日彼氏と顔を合わせるのは久々だね。新鮮。まぁ、今は長期休みなんだけど、家も近いし、結局毎日に近いくらい会ってる。
ええと、彼氏の名前は誠也。何誠也だっけ。私名字か名前、呼んでないほう忘れるんだよね。
特になれそめとかはないよ。というか相手がちょろかった、というべきかな。前の彼氏が引っ越して会えなくなるってことで別れちゃったから、次の彼氏を探していたのね。隣の人とかどうかな、なんてちょっかいをかけていたら告白されたんだもん。驚き。
取り敢えず付き合って、あとから好きになれたらいいよね?っていうスタンスで彼氏をネット募集していたから、リアルに告られた時も同じ条件でお願いした。
「別に好きじゃない状態で告白オッケーして平気?」
「……ん?」
「友達としてはすごいやりやすいし、全然いいよ。一緒にいて苦痛じゃないし。ただ、別に君の事好きじゃないけどいいのかなって。」
あの時の誠也の顔、写真撮っときたかったわ。そんな鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしないでもいいと思うの。笑いそうになっちゃった。
いや、変わっているかもしれないけどさ。恋人なんて関係は、気が合いさえすれば別に恋心なんてなくても十分楽しめると思うんだよね。話して面白いかどうかが大切でしょ。話しやすければオッケー。体の相性が良ければなおよし。まぁあまりにも下手だったら考えるけど、嫌悪感のない相手ならそっちは誰でもいいって感じ。私の中の認識だと、恋人、という関係に会話とセックス以外要素がないんだよね。となれば考慮すべき点は友人としての楽しさと体の相性ってことになる。それ以外は今の所発見されてないし、そこに恋だの愛だのが登場する実感がない。なくたって困らない。そうじゃない?
あぁそういえば、何度目の時だったかな。あの時は確か誠也ん家で、親が仕事でいなかったからとかそんな時だったはず。二人して行儀悪く脱ぎ散らかした服を誠也が拾って、動く気にならなかった私に渡しながら、まだ好きじゃないの、と聞いてきたことがあった。
よくある流れだ。一般的に、そう何度も好きじゃない人間とヤるもんじゃないらしくて、数回続くとまだ駄目なの、と尋ねられる。好きだよ、とリップサービスをすれば後々お互いにつらいと分かっているから、今までもそういう時はこう答えてきた。
「ぶっちゃけ今まで好きになった人とかいないから、よく分かんないんだよねぇ。」
「分かんない?え!いまだ初恋なし?」
「おう。待ってるから、早く惚れさせてよ。私も初恋してみたいでーす。」
じゃあセフレかよ、とその時の彼が苦笑いを浮かべたのに、別にセフレでもいいけどそれだと君が嫌だろ、と返せばめちゃくちゃに笑われた。肩書って難しいな、と泣くほど笑っていた彼に驚いたけど、後から考えれば泣いたのをごまかしただけかもしれない。悪いなぁとは思うけれど、それが嫌なら振ってくれ、としか言えないんだよね。
そんなんじゃ、すぐ振られるだろって?あぁいや、むしろ距離が近すぎないからか、結構一人の彼氏で長続きするほうだよ。たまに「俺の事なんて見てないだろ」と振られることもあるけど。だから最初から好きじゃないって言ってるっつーの。まぁ長続きしても、相手や自分の進学だったり引っ越しだったりで二、三年くらいで別れちゃうけどね。今回は何年続くかな。
一応、相手の好みとかも調べて上手いこと振る舞いはするようにしている。やっぱり早々いい人は見つかんないし、せっかく付き合えたなら長続きさせたいからね。それにしても、結構みんな運命って信じるんだね。好きなものが一緒だった、とか同じ趣味だとか。自分の好みに合った所見つけるとすぐ運命だって喜ぶんだ。こっちが合わせているんだけど。まぁ、相手が楽しそうだからいちいち訂正を入れるのも野暮だよね。
そうやって合わせに行けば相手は好きになってくれるのに、今のところ私が相手を好きになれたことはない。早く別の好きな人をつくりたいんだけど、上手くいかない。
私の好きな人?お兄ちゃんだよ。一個年上の。まぁ、実らないからね。法律的に。だから早く次の好きな人をつくりたいんだけど、なかなか。
好み、表情、振る舞い。今までの人以上に誠也の好みに合わせるのは苦じゃなかったし、それに不満はすぐ言ってって言ったら、彼は珍しいことに本当に言ってくれるタイプの人間だった。不満を溜め込まれて、爆発してケンカすると面倒なんだよ。でも、大抵はよく分からない遠慮をされるから、本当に言ってくれる人はありがたかった。今までの人よりやりやすい。でも、ねぇ。こんなに良い奴なのに、いけるかなぁと思ったけど、好きにはなれない。
と、思っていたんだけど。
「今日この後暇?」
「暇。」
「家今人いねぇから、ゲームしていかねぇ?」
「お、行く行く。」
部活終わりの誠也と合流して、彼の家にお邪魔する。一緒にゲームしたりしながら、ふと誠也と暮らすの楽しそうだなって、なんとなく思った。希望が見えて、テンション上がったよ。これは、つまりそういうのなんじゃない?って。一緒に暮らせる、未来が想像出来るっていうのは、世間一般の恋人っぽい感情なんじゃないかな。でも待って、私誠也とお兄ちゃんが並んでピンチだったらどっち助けるかな。よく言う、崖から落ちそうに……ってやつ。あれ、それは別に恋の話ではないんだっけ。
恋、恋ねぇ。そもそも恋って何って話なんだよなぁ。ううむ、難しい問題。一人で悩むよりも、と思って隣の誠也に振ってみた。
「恋とは何ぞや。」
「ぶふぉあ!」
吹くか、そこで。もー、真面目に悩んでるのにな、と取り敢えず画面内の誠也のキャラにパンチを一発。
「いやぁね、惚れる惚れないって言ってるけど、惚れる、の定義ってなんぞと思ってだな。」
落とすな!手を止めろ!と叫びながらも誠也もやっぱりゲームに戻る。まぁ、これくらい気楽な話題にしたほうがいいかな。隣で一応真剣に悩んでくれる気になったのか、うんうんと唸りながら誠也が言葉を探す。
「ええー……なんかあれじゃね、ふと浮かんだりとか、夢に見たりとか、思い出したらドキドキしたりとか?あとはすぐ会いたくなるとか。」
悩みながら発された言葉達に、思わず一瞬動きを止めた。おっと、私チョー重症。誠也の定義で行くなら、私お兄ちゃんにベタ惚れだ。適当に誠也の言葉に返しながら、聞くんじゃなかったかなぁと苦笑いを浮かべた。恋ってことにしとけば良かった。勝手に誠也への気持ちを恋と名付けておけば。勝手にお兄ちゃんへの気持ちを家族愛と名付けておけば。
「いやぁオッケーオッケー分かった。じゃあまだ惚れてないわ。」
そう、まだ惚れてないのだ、誠也には。世間でいうのなら。そういうことだ。せめて望みを乗せて、「まだ」ってことにさせて。
「わぁ率直にありがとうございます。」
「なんつーか、誠也のことを優先したい気持ちはあるよ?」
それは惚れたってことにはならない?ならないんだろうな。
「でもまずドキドキはしないわ。ないわ。」
「ないわ言うなよ。でもそっかぁ、ドキドキしないのかぁ……なんか兄妹愛みたいな感じ?」
私の生返事を受けつつ誠也は立ち上がる。夕飯の支度を始めるんだろう。手伝おうかな、と腰を浮かせたときに誠也は思い出したように笑った。
「そーいえばさぁ。今日山崎に、実咲と俺って恋人っていうよりも兄妹に見えるんだよなって言われたわ。」
あーあ、上手くいかないんだね。逆だったらとっても素敵。
「まぁ、諦めずに頑張ってドキドキ探すわ。いつでもかかってこいよ。」
「なんじゃそりゃ。」
「ほら、惚れさせてよ、早く。」
私だって、ねぇ、出来るなら早く叶わない恋なんて捨てて誰かに全部渡したいよ。合法的な初恋がほしいよ。君なら出来そうなんだ。あと一押し。
ほら振り返らせてよ、誠也。
――好きっていまいち分からない、なんて嘘だけど。
相思片愛、または合縁企縁 黒い白クマ @Ot115Bpb
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます