1.こっち向いてよ、ハニー
――好きっていまいち分からない、と彼女は言う。
本日、曇天。夏休みだと言うのに何故か制服を身につけて学校へ登校することを求められる、爽やかな朝!素晴らしい一日が始まるに違いない!って、んな訳あるかアホ。帰りてぇ。超絶帰りてぇ。まぁ、自分が入った部活だから仕方ないといえばそれまでなのは分かってんだけど。出来れば家で宿題を片付けたいんだよ、俺は!
もう今日で夏休みも三週間目に入った。なのに宿題が終わっていない。真面目な俺的には許せない状況なわけ。だから帰りたい。え?本当に真面目な奴は自己申告しないって?うるせぇな!
同じ部活の中には答えを写して終わらせやがった最低な奴も、まず手をつけてすらいない救えない奴もいるが、俺は俺。真面目に、かつ速やかに終わらせたい。そんな遊んだ覚えもないんだよな、おかしな話だよ……ん、いや遊んでたか。今朝アニメ見てたわ。
まぁ、明るく考えれば?夏休みはまだ半分残っているワケで?そう、まだ二週間も……いや、二週間しか、か。うん、一ヶ月しかない夏休みってどうよ?海外行きてぇ。宿題のない三か月級Vacationに憧れる。
そんなことをつらつら考えながら校門を見上げて、盛大なため息をついて。んで、腕時計を確認する。集合時間十五分前。よし、さすが俺。今日も完璧な時間配分。満足して一歩前に進み出ようと
「はよっす。」
「うわああああっ!」
足を持ち上げたと同時に、いきなり肩を叩かれて素っ頓狂な声が出た。
「んだよ実咲ぃ……末代まで恨むぞ……」
「ちょ、おま、っふふ、驚きすぎ。」
「笑うなら笑えよ!」
笑いをこらえる奴のショートカット頭を叩いてやれば、彼女は思いきり吹き出した。笑うなら笑うことにしたらしい。ちくしょう。
「誠也は部活?」
「おう。実咲も?」
「いや、勉強しに来ただけ。漫研は夏休み活動ねぇから。」
「そーかいそーかい。羨ましい限りです。」
並んで歩きながら、俺もちょろいなと思った。ほらみろ、もう学校に来て良かったと思っている。俺の思考は前言撤回が早くていらっしゃるんだ、ほんとに。
「ちょっと見ていこうかなぁ。」
「いいね、来いよ。ついでにかっこいい俺の部活姿を見て惚れろ。」
こいつに会ったら一回は惚れろ、と冗談めかして言う。これはもはや、脊髄反射。
「それ自分で言う?」
けたけた笑ってから、実咲がすい、と顔を上げてこちらを見る。一瞬真顔になる時の悪寒にも慣れちまった。口の端だけ吊り上げて、彼女は一語一句違えずに同じ返事をするのだ。
「惚れさせてよ、早く。」
俺、神楽誠也十六歳。クラスメイトの佐々木実咲に片思いする事はや数か月。クラスメイトの佐々木実咲と交際を始めてから、はや半年である。
大体あんなにひどい、というかムードもへったくれもない交際スタートもレアだと思う。まぁ、うん、残念ながら初カノなのでソースはない。ないけど。悔しくなんてない。うるせぇ、モテなくて悪かったな!
それにしても、え?俺が夢見過ぎなのかな?ああいうもんなの?あんなオープンなの?好きです、付き合って下さい、に対する返答で
「別に好きじゃない状態で告白オッケーして平気?」
っていうのはノーマルなの?そこは好きじゃなくてもオッケーならリップサービス的に好きって事にしといてくんね?あんなに身も蓋もない言い方はなくないか?……承諾した俺も俺か。
正しく言えば俺だって実咲が好きだったわけじゃない。そろそろ彼女欲しいな、と思ってハードルの低そうな実咲を狙っただけだ。学生の恋って、八割方そういうもんだろ?まぁ、結果としてオッケーのハードルは確かに低かったものの、確実に相手を間違えたと思うわけよ、あの時の俺は。
「友達としてはすごいやりやすいし、全然いいよ。一緒にいて苦痛じゃないし。」
と二つ返事で頷かれて、なんか俺も惚れているわけじゃないくせに、やたら悔しかった。だから承諾した。ゼッテェ惚れさせてやろうとホイホイ挑発に乗ったわけだ。
佐々木実咲に対しては所謂文化部女子、ってイメージしかなかった。割と騒ぐけど、クラスの中心には行かない。一人でいても、みんなといても楽しそうに見えた。雑な言い方すればまずモテないタイプ。陰キャっていうと言い過ぎか。話しかけなきゃ一人でいるけど、話せば割と話しやすい。
その時はちょうど席も隣でよく話していたし、まぁいけるんじゃねと思った。残念なことにいけなかった。いやいけたのか?いっそ清々しくお祈り通知のほうが平穏な毎日を過ごしていた気がする。ほら、今回はご期待に添えない結果となりました。貴方様の今後一層のご活躍をうんぬんかんぬんとか……いや一層のご活躍ってなんだ。
まぁともかく、俺は晴れて実咲と付き合い始めたわけ。
最初の告白の時からそうだが、実咲は驚くほど正直だった。あと怒らねぇ。気に入らないことはすぐ指摘してくるし、こっちにもそう求めてくる。愚痴を聞くこともあったから、そういう意味では怒っているところも見たことあるけど、感情的に怒鳴るところは見た事がない。だからお互い不満が溜まることもなく、何しろ俺の片想いってのが共通認識だから、距離感も変にべたべた近くない。最高にやりやすかった。
最初のころは仲のいい女友達が出来たって感じだったが……まぁ、そんなこんなでお察しである。三、四か月くらい経つころには俺は割と本気で実咲が大切になってた。なんか悔しくて付き合い始めてからずっと振り向かせようと必死になってたら、こっちが先に惚れたって話。これって木乃伊取りが木乃伊になるってやつ?使い方あってる?
好きになってからはますます頑張ったし、このころにはやることやってたし、なんか上手くいってるような気がしていた。……気がしていた時期が俺にもありました。
何度目の時だったかな。あの時は確か俺ん家で、親が仕事でいなかったからとかそんな時だったはず。行儀悪く脱ぎ散らかされた服を拾って、ベッドに転がる実咲に渡しながら、なんとなく疑問をぶつけた。
「実咲はまだ俺のことは恋人としては好きじゃない感じ?」
「そーだなぁ。ぶっちゃけ今まで好きになった人とかいないから、よく分かんないんだよねぇ。」
「分かんない?え!いまだ初恋なし?」
「おう。待ってるから、早く惚れさせてよ。私も初恋してみたいでーす。」
うん、上手くいってなかった。ピロートークがこれって面白すぎるっしょ、セフレかよ。というか好きの感情から分からないって、初恋まだって、攻略難度思ったよりゲロ高くない?
そんなこんなで、あの日から毎日惚れろ惚れろと呪詛かなんかかってくらい言い続けて、んで律儀に振られ続けている。半年追っかけ続けても関係が深くなるだけで相手の気持ちは全く動いてねぇ。でも追いかけんのやめよっかなとか思ったら振り返ってあの笑顔だ。ゾワリと肌が粟立って、気が付いたらまた追いかけている。頭のどっか冷静なとこが、これ、俺騙されてないか?と時々囁いてくることもあった。ほら、人って追いかける恋のほうが長続きするっていうだろ。だからこうやって俺が追いかける側になるように、好きじゃないって嘘をつかれているのかな、なんてさ。
自意識過剰だって分かってるんだぜ。でもほんとに仲は良好だと思うんだよ。周りが結構別れる中で、半年付き合い続けてるわけだしさ。喧嘩もないし、嫌だなと思えば言えばいいし。あとはリップサービスでもいいから好きだって言って欲しい。それで完璧。だから俺は今日も呪詛を吐くし、口説く。脈は有り余るほどあるんだ、あと一押し。
結局一時間くらい部活を見てから実咲は図書館に引っ込んでしまった。まぁ、勉強しに来たんだから当然である。それは別にいい。チラッチラこっちを見て「いいのー?彼女帰っちゃうよぉー?」的な視線を送ってくる同級生のほうが余程問題なのだ。
「うるせぇぞ山崎。」
「え、酷くね?なぁんも言ってないぞ?」
「顔面がうるさい。」
「辛辣ぅ。この麗しい顔を持って生まれたんだから仕方なくない?」
「顔面偏差の話じゃねぇ、うるせぇのは表情だよ馬鹿野郎。」
嘘泣きは華麗にスルーすることにしよう。そこそこのイケメンが相まってもはや顔の五月蠅さはヴィース教会かバッキンガム宮殿である。やかましい。
「それにしても誠也ってもっと面食いかと思ってたわ。」
「うるせぇぞ顔面バッキンガム。」
「誉め言葉として受け取るわ。」
しかもこいつ、やたらめったらポジティブなんだよな。褒めてねーつーのバッキンガム宮殿に謝れ。……いや謝るのは俺か。
「にしてもなんだよ、実咲が可愛くないってか?目腐ってない?大丈夫?」
「ふぇ、息をするように惚気られたよぉ。」
確かにまぁすこぶる可愛いとか美人とかはないが十分可愛い。失礼極まりない輩だ。よく見ろ、目ぇパッチリで可愛いだろ。
「それに比べてなぁ。佐々木は誠也のこと好きに見えねぇんだよな。兄ちゃんかなんかだと思われてない?」
「さあ。」
そっけなく返して練習に意識を戻すふりをしたけれど、内心は大荒れだ。分かる?分かっちゃう?そうだよ!実際片思いだからね!外から見てもそっかぁ!そう見えるのかぁ!
そしてどんなに脳内で泣き叫んでも、部活終わりに実咲と合流すればコロッとハッピーになる。セイヤゴコロは単純なのである。ま、彼女に会えてハッピーになれるなら良い人生だろう。いや、安い人生?はっ、上等上等。こいつに告って平穏との涙の別れを経験したが、かわりに多大なる幸福と手を取り合ってラインダンスしているのだ。ほっといてほしい。
「今日この後暇?」
「暇。」
「家今人いねぇから、ゲームしていかねぇ?」
「お、行く行く。」
今週は俺ん家に誰もいないので、心置きなく遊んで行ってもらおう。宿題やってゲームして、せっかくだから泊まっていってもらうことにした。友達泊めていいよーと言ってくれた両親がいるであろう方角に向けて手を合わせておく。ありがたや。
「誠也ー。」
「何?」
さっきからゲーム音だけが響き、部屋はほぼ無音空間だったが、珍しく実咲が沈黙を破った。でもまぁ、お互いゲーム画面からは目を離さないけど。
「恋とは何ぞや。」
「ぶふぉあ!」
流石に画面から目を離したし、盛大に吹いた。その隙に俺のキャラが殴り飛ばされる。ちょ、不意打ち、卑怯者、鬼の所業!
「え?え?突然の哲学に戸惑いを隠せないんだけど、っておいまた俺を落とすな!話すなら話そう!」
「いやぁね、」
「手を止めろ!」
「惚れる惚れないって言ってるけど、惚れる、の定義ってなんぞと思ってだな。」
この期に及んで、彼女はなおコントローラーを離さない。仕方ないので俺も諦めてゲーム画面に向き合う。
「ええー……なんかあれじゃね、ふと浮かんだりとか、夢に見たりとか、思い出したらドキドキしたりとか?あとはすぐ会いたくなるとか。」
「ポエマーかよ。」
「引くなよ。」
「え、私に対してそうお思いになっていらっしゃるんですか?」
「なんで敬語……まぁ、うん。」
「ロマンチストかよ!」
「引くなよ!」
だからモテへんのやな……と呟きながら実咲が容赦なく攻撃を繰り出す。ゲーム共々クリティカルヒットである。モテないことなどとっくに知ってるわ!あんたはそのポエマーと付き合ってますけど!といえば好きではないと返ってくるのは目に見えてる。わざわざ自分の地雷を踏みたくはないので言わない。
「いやぁオッケーオッケー分かった。じゃあまだ惚れてないわ。」
「わぁ率直にありがとうございます。」
ゲームが終わってコントローラーを置いてからも、机のお菓子をつまみながら話題は続く。ちなみに勿論、ゲームには負けた。
「なんつーか、誠也のことを優先したい気持ちはあるよ?でもまずドキドキはしないわ。ないわ。」
「ないわ言うなよ。でもそっかぁ、ドキドキしないのかぁ……なんか兄妹愛みたいな感じ?」
「んー……」
そろそろ夕食の準備するかと立ち上がって、ふと昼間のバッキンガムの、じゃねぇや友人の言葉を思い出して苦笑する。
「そーいえばさぁ。今日山崎に、実咲と俺って恋人っていうよりも兄妹に見えるんだよなって言われたわ。」
厳密には違うがまぁ細かいことは気にしない。正直なんかもう、こいつとこのまま、なぁなぁな感じで、ずっと一緒にいるんじゃないか?って気もする。それでもいっか。だって兄妹、つまり家族愛よ?恋すっ飛ばして愛だもん、すごいじゃないか。
「まぁ、諦めずに頑張ってドキドキ探すわ。いつでもかかってこいよ。」
「なんじゃそりゃ。」
「ほら、惚れさせてよ、早く。」
ま、そうはいっても。明日からも俺は、惚れさせてやるってこの笑顔をまた追っかけるんだろうけどさ。なぁ、今すぐとは言わないから。
ほらこっち向いてよ、実咲。
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