新聞一面記事 その2
この記事にはまだ続きがある。
☆
もう少し書く事をお許し頂きたい。
あ、その前に一つ書いておかなければならない事がある。健太が記者達に向かってしきりに言っていた。
「ヒデさんマサさんチームが素晴らしい金メダルに輝いたんだから、そっちを新聞に大きく取り上げて下さいよ」と。
気遣いの出来る少年だ。申し訳ないけれど、この新聞の一面は君達の記事にさせて頂く事にした。その変わりと言ってはなんだが、沢村選手達の事はスポーツ欄にたっぷりと載せているので、皆様には是非そちらもご覧頂きたい。
沢山の取材者に囲まれて、少年は丁寧に受け答えをしていた。私は隅の方でそれを聞いていた。
時々、ちょっと失礼じゃないかって思えるような質問が飛んだ。
隣で黙って聞いていた少女はその度にきつい眼差しを向けていた。
私はハッとした。
三年前の目が脳裏に蘇った。
今から三年前。
我々報道者が織田奈々恵を取材に行った時の事だ。今回のオリンピック、女子1500m で日本記録を更新し、日本人過去最高の五位に入賞した選手だ。
奈々恵は小さい頃から陸上界のヒロインだったが、中二の後半から中三にかけては一番苦しんでいた時期の筈だ。中学生最後の全中大会で惨敗した奈々恵を観て、我々のグループの一人が「織田奈々恵も終わったな」と言った時だった。我々の近くでレースを観ていた少女が立ち上がって私達に言葉を投げ捨てた。
「ナナエは終わってなんていません」と。その時、松葉杖を突いていた彼女は、急いでその場を離れた。
私はその時、今にも溢れそうな涙を必死に堪えている少女の目に心を貫かれた。
それが私の新聞記者としてのターニングポイントとなった。
お金を稼ぐ為に、生活する為に仕方なく始めた新聞記者という仕事。上司に言われるがままに、結果ばかりを追っていた報道にここで区切りをつけた。
もっと大切な、見えない真髄に迫って報道する事を心掛けるようになった。そこから私はこの仕事が好きになり、誇りを持って仕事に取り組むようになった。少し病んでいた心も元気を取り戻していった。
あの少女の目が今、ここにある。私は確信した。この少女はあの時の少女だと。それが今回の健太の伴走者である小野菜津枝。
私は昨日の予選を観て、二人が何故あんな走りが出来るのか不思議で仕方なく、ずっと考えていた。
二人の正体を垣間見て、なるほどと思った。何となくこの二人なら出来る事だと思えた。
偶然なのだろうか、必然なのだろうか。私にとって大切なこの少女と、謎に包まれたこの少年の記事を私が書き、こうして掲載させて頂ける事はこの上ない喜びである。
私は物書きとして最後に書かせてほしい。
【生きていく中で、取り返しのつかない失敗をしてしまう事もあるだろう。それでも、その失敗に負けなければ、人は成長出来るという事を、私は君達から学んでいる。
出来る事なら、この少年の話を直接聞いてみたいと思う。そして伝えたい。
障害という物は目立ってしまう物ではあるが、それはその人の中のほんの一部分であると私は思う。
結果という物も目立ってしまう物ではあるが、それはその戦いの中のほんの一部分であると私は思う。
だから、健太、大丈夫だよ。】
☆
健太と菜津枝が絆に結ばれて走っている写真が、新聞にいくつか掲載されていた。
フォッリアで春斗が食い入るようにその新聞を見ている。
春斗は見逃さなかった。
二人を結ぶ絆に、あのネックレスが結び付けられているのを。
ナツがナナエに貰ったと言っていたあのネックレス。
「フォリアのお店、ルイさん、ハルトくんと出逢えた素敵な力を感じる」と言っていたあのネックレスだ。
胸が熱くなり、目を閉じた。
それからケンタ、お前はまだまだ人の心の見方が甘いようだな。だいぶいい線いってるとは思うけど。
『何も残せなかった、何も返せなかったって思わなくていい』どころじゃないよ。
僕らは君が思っている以上に、ものすごく感動しているんだよ。君達が残してくれた物、返してくれた物に。
こんなに素敵な記事を書く事が出来る人ってどんな人なんだろう? と春斗は思った。
もう一度よく見ると、記事の最後に記されていた文字だけがルーペで拡大したように浮かび上がった。
(峰山健一郎)
峰山? ‥‥‥
その文字は一瞬で曇りガラスで隔てられた。
パツッという弾かれるような乾いた音がして、健という字が涙に溺れた。
そうだったのか。
良かったな。君達が帰国したらフォッリアで五人で打ち上げだ。
この新聞記事を見たら二人はいったいどんな顔をするんだろう?
「ケンタ、お前の本当の居場所に帰る前に、必ずここに戻っておいで。必ず‥‥‥
ケンタ、ナツ。お前達、最っ高だな! 」
完
見えない地上の伴走者 風羽 @Fuko-K
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