後編

 

「まただんまりか。

 答えられないのは、貴様自身、彼ら彼女らの作品に金を出す気はないからであろう」

「そんなこと……!!」

「星やハートをつける手間程度なら良くても、それを超える対価を払う気はない。金は勿論、脳みそや時間さえもな。

 だから貴様は、ろくに感想もレビューも書きはしないのだ。

 自分より明らかに優れた作品の為に、頭や時間を使うのは嫌だから。

 他人の作品の方が自分よりよほど優れていると、認めるのが嫌だから!

 だからろくに、他者の作品を読みさえもしない。ジャンルが違う、長編は読む時間がない。そんな幼稚な言い訳をしながら、他人の作品を丹念に読み込む努力すらも怠る。

 しかも、それが優れた作品であるにも関わらず――

 改行が少ないから読みにくい、三点リーダーの使い方が違う、出だしがイマイチだから読みたくない、展開が遅い……

 しまいには、俺の話の方がよっぽどマシじゃねぇかなどとさらに言い訳を重ねてその作品を卑下し忌避する!

 それが中年男の惨めな嫉妬にすぎぬと、認める気さえもない!!

 そんなクズに、誰が対価を払う!?」


 俺の胸倉を掴み上げると。

 ヤミは思いきり、壁の反対側にある押し入れへ俺を投げ飛ばした。

 薄い襖がぶち破れ、中に積み上げられていた本やDVDが俺になだれ落ちてくる。

 その上に落ちてくるのは、大きく伸びたヤミの影。

 手にした斧の先端が、ギラリと煌めく。


「貴様が何故本気を出そうとしないか、教えてやろう。

 貴様が何故、長年温めてきたストーリーに取り組もうとせず、その場限りの稚拙な思いつきを元にゴミを書き散らし続け、小説と呼ぶのもおこがましい恥知らずな作品としてネットに上げているか」

「ち……違う!

 俺の作品は全部、精魂こめて書いて……っ」


 俺の喉元を思いきり絞め上げ、反論すら許さないヤミ。


「本気を出して、それが箸にも棒にも引っかからず、ネットの片隅で塵と化すのが怖いからだ。

 長い年月をかけてプロットを考え続け、設定を練り込み、世界観を作り込んだつもりでも。

 それが誰にも受け入れられなかったら、全てただのカスだからなぁ!!」


 怒声と共に、俺を床に叩きつける。

 その右手にはいつの間にか――

 切断された猪の首が掴まれていた。

 彼女がいつも喰らっている(と俺が設定した)猪の首。切断面からぼたぼたと血が滴り落ちて止まらない。


「そんな貴様が! そのトシまで何ひとつ成しえなかった、クズの貴様が!!

 常に全力で賞に立ち向かい、ひたむきに執筆を続ける年若い人間共に、勝てるはずがなかろう!!」


 猪の首を、容赦なくずぼりと俺の頭に被せるヤミ。

 俺の全身が真っ赤に染まった。


「さぁ。今ある作品に、応募出来るだけの賞タグをつけるのだ。

 応募要項を満たさないというのなら、満たせるだけの作品を今から書け。

 これは、貴様が現実を見る為に必要なこと。

 貴様自身、分かっているはずだ――全ての作品がことごとく一次で落選するだろうとな。

 だから貴様はいつも躊躇う、公募を。そして惜しむ、作品に賞タグをつける程度の手間を!」


 嫌だ。嫌だよ。

 俺は今のままでいい、賞なんか取らなくったっていい、書籍化なんて必要ない。

 少ないながらも作品を読み合えるだけの仲間がいて、その中で認め合うだけで――

 それの、何が不満なんだよ? お前は!?


 そう反論しようとした俺の背中を、斧が容赦なく斜めに切り裂いていく。


「甘えるな。

 貴様のような糞袋こそ、何百回でも一次落選の絶望を繰り返せ!

 貴様の作品など、どれほど書いたところでただのゴミ、カス、塵芥に過ぎない。

 その現実、嫌という程思い知るがいい!!」


 無理矢理被せられた猪の頭は、血で俺の頭にべっとりと貼りついて離れない。

 そのままヤミは猪ごと俺の頭をむんずと掴んで持ち上げ、無理矢理パソコンの前に座らせた。


 身体中が痛い。全身から迸る血が止まらない。

 だけどヤミは延々と、俺を殴り、切り裂き続けるだろう。

 ――俺が、自作に賞タグをつけない限り。



 激痛に震える手で。

 俺は、最新作の作品情報ページを開き、『web小説MAX賞』のタグをつけた。

 タグをつけた瞬間、俺の目にじわりと熱いものが浮かぶ。

 こんなの、俺の本意じゃないのに……こんなの……



 それでもヤミは斧を俺の首から下げない。


「他にも、応募出来る賞はあるだろう?

『あろう』だけでなく『カケヨメ』も、今大規模なコンテストを開催しているじゃないか」


 俺の耳元で、血の気が引くほど冷たく囁くヤミ。

『カケヨメ』も『あろう』と同じ、web小説サイトだ。そこでも今ちょうどコンテストが

 ……吐きそうだ。


「で、でもこれ、一次が読者選考なんだぜ?

 そんなもの、登録して半年の俺なんかが通るわけが……っ!」


 ヤミの斧が、俺の首にさらに食い込んだ。


「いるのだろう? 貴様の作品を読んでくれる仲間とやらが。

 貴様の作品でも読んでくれる、ありがたい読者がな」

「で、でも俺、『カケヨメ』の方じゃそこまで交流は……

 それに、ちょっとやそっと読者増やしたくらいじゃ、とても読者選考なんて」

「だったら今から増やせばいい。

『あろう』でやっているように、仲間を『カケヨメ』でも増やせばいいだけの話だ」

「だからその程度じゃ……」

「愚か者が!

 読者選考を突破した人間は、『その程度』じゃすまぬ努力を常日頃しているからこそ突破出来たのだ! 読者を増やすだけでなく、賞の傾向、分析、対策!!

 そのような猛者たちに勝つには、貴様も尋常ならざる努力をせねばならんと、何故分からぬ!?」



 それからたっぷり30分。

 俺はヤミに殴られ、蹴飛ばされ、斬られ。

 人間としての尊厳を徹底的に踏みにじられた挙句に――

 気づいたら作品を、『カケヨメ』のコンテストにも応募していた。

 ちなみに重複応募にならないよう、『web小説MAX賞』とは別の作品だ。

 ――ヤミに消えてほしいあまり、重複不可の賞で重複応募してしまったことがあり。

 その時は内臓抉られたからな。スケジュールも何も考えず、苦痛から逃れる為だけにタグをつけるからだと。



 俺がそこまでやって、やっと満足したのか。

 ようやくヤミは、部屋から姿を消した。

 天を裂くような高笑いを残して。


「あは、あは、アハハハハハハハハハハ!

 これで良い。これで貴様は数か月後、絶望の現実に打ち震えることになる!

 貴様があれだけ馬鹿にしていた『あろう』小説においてですら、自分は無能の極致なのだとな!

 そして、たまたま選考委員の目に留まらなかっただけだの、ジャンルが流行じゃないから落ちただけだの、いつまでも愚鈍な言い訳を続けるがいい。

 いずれ貴様は、底辺『あろう』アニメと鼻で笑っていたあの作品やこの作品に、ひれ伏して土下座する運命よ!! アーッハッハッハッハッハッハ!!!」



 同時に、頭に被さった猪も、斬られた傷も、床一面を汚した血も、一切が消えていく。

 ただ、心を踏みにじられた痛みだけは、決して消えない。

 俺の顔を汚す、大量の涙と鼻水も。




 ――この恐るべき妖怪は、数日もしないうちにまた姿を現すのだ。

 俺が小説賞のサイトを、うっかり目撃してしまうたびに。

 こういうわけだから許してほしい。俺の作品にいくつもの賞タグがついているのは、決して俺の本意じゃ――



 本 意  じゃ  



 な    





 幼稚で曖昧な嘘ばかりを吐き続ける恥さらしが

 怠惰な妄想に浸り己の鍛錬を怠った末に

 死臭を放つ腐り果てた脳髄までも食い潰されたいか

 ならば望み通りに 全てを




 Fin

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小説賞サイトを見ると、俺の背後にはドS美少女妖怪が湧いて出る。 kayako @kayako001

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