小説賞サイトを見ると、俺の背後にはドS美少女妖怪が湧いて出る。
kayako
前編
あぁ。また目にしてしまった――
俺のPCには今、映ってはならないものが映っている。
それは、「web小説MAX賞」。
国内最大のweb小説サイト「小説家であろう」主催の賞。その公式サイトだ。
募集要項を目で追っていくと――
やはり、作品に「web小説MAX賞」のタグをつければ応募可能、とある。
あぁ。俺は思わず呻く。
あいつが出てきてしまう。
俺が一番恐れるあいつが――
そう思った時にはもう、その気配は背中に忍び寄っていた。
「何をしている。
さっさと応募するのだ」
恐る恐る、俺は振り返る。
やはり、そこにいたのは――
腰まで血のように流れる紅の髪。簾のように垂れ下がった前髪の奥から、銀色の釣り目が俺を真っすぐに睨みつける。
ノースリーブの黒ドレスに同色の甲冑を着け、背中には銀色に輝く巨大斧。
ドレスのスリットから覗く白い太ももは、とても眩しい――
彼女は、俺が書いた小説『小鬼と妖女と牝狐~双子の人柱として転生しましたがどうやら貧乏くじ引いた姉だったようです~』に登場するヒロイン、ヤミだ。
何故小説のキャラが部屋に現れたのかって? 俺が聞きたいよ。
とにかく、俺がさっきみたいな小説賞サイトを見つけるたびに――
彼女は出現する。そして。
「こ、今回は、スルーするよ」
「何故だ」
「だって俺、『あろう』に登録してまだ半年だし。
こんな大それた賞に応募するのなんて、まだ早――」
ドカッ
言い終わらないうちに、俺の腹をヤミの太ももが直撃する。
強烈な蹴りにより、俺は思いっきり壁まで吹っ飛ばされた。
薄い壁が砕けるかという衝撃と共にぐったり倒れる俺に、容赦なくヤミは踏み込んでくる。
「まだ早いだと?
貴様、自分の年齢がいくつか分かっているのか」
「さ、……35、です……」
「年1回の公募に、あと何回応募出来るか分かっているか」
「そ、そんなの……別に今じゃなくても、いくらでも時間は」
「まさか貴様、自分の寿命が無限とでも思っているのではなかろうな。
応募できるチャンスは、貴様の年齢から考えてあと30回もないかも知れんのだぞ」
「さ、30回もあれば……」
「100人に1人が通るかどうかも分からぬ一次選考に、30回挑戦して突破出来る確率はいくらだ? 貴様のそのろくでもない、文章の体すら成しておらぬ文字のゴミが。
どうにかその低確率を突破したところで、さらに厳しい二次選考に最終選考が待っているのが現実なんだぞ!!」
これから30年も書き続け、ろくな成果を上げられず、65になってもまだ小説サイトに公募を続ける自分……
うぅ、考えたくない。
そんな俺の前髪を、ヤミは容赦なく引っ張り上げる。
「い、痛い、痛い、痛てててて! は、禿げるぅ!!」
「30回『もあれば』じゃない。30回『しかない』のだ、それを分かれ!!」
「それでも、それでもぉ!
別に今、この賞に応募しなくても、他の賞なんていくらでもあるじゃないか」
「そうやってまた貴様は、現実から逃げるつもりか!」
ヤミは爛々と輝く銀の目で、俺をカッと睨みつけた。
「応募要項に合致した作品なら、あるだろう?
さぁ。その作品にとっとと賞タグをつけるのだ……
さぁ。さぁ、さぁ、さぁ!!」
ぶちぶちと、俺の前髪がひきちぎられる音が聞こえる。
それでも俺は、震え声で何とか抵抗を試みた。
「嫌……嫌だよ!
だってあの賞は、今流行りの異世界ファンタジーしか入賞出来ないんだ。それは過去の入賞作品見てたって分かるだろ!?
俺が書いてるのは現代ファンタジーとか現代ドラマとか、とにかく異世界は関係ないものばっかなんだ。こんな賞に応募なんて……ぐっ!?」
髪を握られているのとは反対側の拳で、腹を殴られた。
「またそうやって、ろくでもない言い訳ばかり……
ならば、異世界ファンタジーを書けばいいだけの話だ」
「そんなの、今からじゃ無……ぐぼはぁっ!?」
「私に貴様の頭の中が読めないとでも思っているのか。
貴様は書こうと思っているはずだ。それこそ今流行りの異世界転生ファンタジーを!」
駄目だ。
こいつには頭も心も全部見透かされている。言い訳なんかヤミには無意味だ。
そう分かっていても、俺は口答えしてしまう。
「でもあれは、まだプロットの段階で止まってて、治癒術の設定とかがこみいりすぎてどうしようかって、そんな状態で見切り発車なんて俺には……げぼはぁっ!!?」
次は容赦なく頬を張られた。
平手ではなく、拳で。
「そうやって言い訳に言い訳を重ね、現実から目を背けようとする!
だから貴様は駄目なのだぁああぁ!」
今度は本棚まで吹っ飛ばされた俺。
そして始まる。
いつもの、ヤミの説教が。
「何故いつまでも現実から逃げ続ける?
絵も描けない、歌も歌えない、楽器もろくに弾けない、ゲーム実況が出来るわけでもない、yout×beに自らを晒す度胸もない。
創造の仕事に憧れながら、アニメーターやシナリオライターどころか、創造に関わる業種に就職すら出来なかった。否、出来なかったんじゃない、やらなかった。自分が無能と言われるのが嫌だったから!
そして、金を稼ぐ為だけに就いた仕事も、ろくに大成せずクビになり。
30代半ばで未だ独身の派遣社員。それが貴様の現実だ」
あぁ……その通りだ、ヤミ。
全くその言葉通りの駄目男だよ、俺は。
「何をするにもダメダメだった自分だけど、もしかしたら小説なら、とびきりの才能があるかも知れない。
広大なネットで小説を書けば、誰かが俺の才能を掘り出し、称賛してくれるかも知れない。
どうせ貴様はそう思って、小説を書き始めたのだろう!」
その通りだけど――畜生。
こいつをこんな極端な暴力ヒロインに書いた覚えはないのに。
「しかし多くの人間どもが、貴様と同じことを考える。
何故なら小説とは、字が読み書き出来るなら誰でも書けるものだからだ。
そして絵や音楽と違い、才能の有無が分かりにくい。
だから誰もが勘違いする。自分も他人も気づかなかった凄まじい才能が、自分の小説には眠っているのではないかと。
もしかしたら自分に「だけ」は、誰もを魅了する煌びやかな文才があるのではないかと――
『あろう』のトップページを見るがいい。そう思い込んで作品を書き続ける人間の数が見えるはずだ!!」
ヤミは背中の斧を取り出し、真っすぐ俺の顎にその刃を向けた。
斧の先端で、無理矢理頭を上げさせられる俺。
口からやっと出てくる、せめてもの抵抗の言葉は。
「違う……
俺は、別にそんな大それた野望なんか、ないよ。
賞も書籍化もいらない。俺の作品を気に入ってくれた人たちがいれば……
例えそれが少数でも、好きだって言ってくれれば、それで」
それでもヤミは俺を許さない。
今度は頭頂部の髪を思いきり引っ張り上げながら、俺の顎に刃を突きつける。
「それは全て、星やハートや評価、ブクマにフォローを、貴様が送った作者からのものだろう?
彼ら彼女らが本当に貴様の作品を好きだと、何故言える」
「俺とあの人たちが相互評価し合ってるだけだって言いたいのかよ?
そんなわけないだろ。あの人たちは純粋に、俺の作品を……!」
俺の首筋に食い込んだ刃に、さらに力が籠められた。
銀の瞳がさらに吊り上がる。
「だったら、例えば貴様が作品を出版したとして。
それを確実に購入すると言える者は、その中にどれほどいるんだ?」
「待てよ。俺だけならまだしも、俺の作品を好きだと言ってくれる人たちまで馬鹿にするのは、さすがに許せな……っ!!」
「質問に答えろ。
数百円という対価を支払っても、貴様の作品を購入したいという者は何人いる!?」
分からない。
答えられない。
黙ってしまった俺の心を、ヤミの言葉はさらに容赦なく踏みにじってくる。
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