カタリナさんがヤりたいこと(後編)

 カタリナが参加して、10ゲームほどやった。


 俺が教えたことを忠実に守ってプレイしたカタリナは、8戦目にして手札を見せあって勝敗を決する「ショウダウン」で勝利を収めてポットゲットした。


「……なんとなく理解できた気がする」


 カタリナは勝利して得たチップをまじまじと眺めながら、嬉しそうに続けた。


「ねぇ、次はわたしとピュイくんで何かを賭けて本気でやらない?」


「……は?」


 突然の申し出に、あっけに取られてしまった。


「だってほら……ピュイくんに勝てたら、自信にもなるじゃない?」


「勘弁しろよ。メンバーから金を巻き上げるなんて真似はしたくないぞ」


「どうしてあなたが勝つ前提なのよ。ピュイくんからお金をせしめたくないから、お金以外のものでお願いします」


 売り文句に買い文句。


 というか、その自信はどこから来てるんだよ。


 こちとら、ポーカーは7年近くやってんだぞ?


 ポーカーで食ってるような連中とまではいかないけど、ヴィセミルでもそこそこ強い自信はある。


「では、シンプルに負けたほうがなんでもひとつ言うことを聞く……というのはどうだ?」


 そう提案してきたのは、カードを切っているガーランドだった。


 また妙な話になってきた。


 いや、冒険者たるもの、勝負事に報酬は必要だけどさ。


「それでいいわ」


 即答するカタリナ。


「お、おい、マジで言ってるのか? てか、なんでもってなんだよ?」


「なんでもは、なんでもよ。(べ、別にエッチなやつでもいいんだからね?)」


「……っ!?」


 ふぁ!?


 エッチなやつでも良い、だと!?


 なにそれ?


 いやいや、なにそれ!?


 カタリナから金を巻き上げるのはゴメンだが、そういうことなら話は変わってくるじゃないか。


 カタリナにエッチなお願い、できちゃうの!?


 俺が「毎朝裸エプロンで迎えに来て」とか言ったら、マジでしてくれるわけ!?


「……どうして鼻の下が伸びてるのかしら?」


「はっ」


 いかんいかん。


 カタリナの裸エプロンを想像しただけで、下半身に血液が集中してしまった。


 俺は咳払いをして、邪な考えを振り払う。


「まぁ、常識の範囲内で……ってことなら、いいぞ」


「わかったわ(エッチなやつは、常識の範囲内よね?)」


「……」


 思わず胡乱な視線を投げつけてしまった。


 エッチなことにこだわりますねあなた。


 範囲内かどうかは本人の常識次第だと思うけど、万が一、俺に勝ったらカタリナは何をお願いするんだろう。


 それはそれで、すごく気になるんですけど。


「それでは、カードを配るぞ?」


「……え?」


 つい色々と妄想を膨らませてしまった俺は、ガーランドの言葉ではっと我に返った。


「カタリナとの勝負をやるのだろう?」


「あ、ああ。頼む」


 あまり乗り気ではないけど、カタリナがやりたいというのなら仕方がない。


 ガーランドが俺とカタリナの前に2枚づつカードを配る。


 俺のカードはクラブの8とダイヤの8だった。


 8という数字自体は弱い部類のカードだけど、ペアになっているのは相当強い。


 フロップの段階で8が出ればスリーカードだし、運が良ければフルハウスも狙える。


「じゃあ、わたしからね」


 そう言って、カタリナは600点のチップを場に出した。


 最初から強気のベットだ。


 これは強いハンドを引いたか?


 少なくともエースを持っていると考えて良さそうだ。となると問題はもう一枚のカード……キッカーが問題だが、こちらも強い可能性がある。


 エース・10以上か、もしくは10のペア以上。


 しかし、ブラフの可能性もある。


 ブラフは使うなと教えたが、俺のひとことでブラフの概念を理解していたし、警戒するべきかもしれない。


「コールだ」


 俺は降りずに場に600点のチップを出す。


 これが一発勝負じゃなければ、ブラフかどうか確かめる意味合いでリレイズしたいところだけど、ここは無難な手で行く。


 続けてガーランドが場に3枚のカードを出す。


 出たのはスペードの8、ダイヤのジャック、ハートの4。


 スリーカード完成。


 これは運がいいぞ。


「1200点のベットだ」


 俺は場に出ているチップと同額をベットした。


 コールした後でベットするのは一般的には「ドンクベット」という悪手だが、ここはあえて使わせてもらう。


 これで俺のカードが強いということをかなり主張できたはず。


 もしカタリナのカードが弱かったら降りて試合終了。


 だったのだが──。


「オールインよ」


 カタリナは一瞬の躊躇もなく、手持ちのチップ全額を賭けてきた。


 流石にビビってしまった。


 ここでオールインって、強気すぎる。


 まさか、かなり強い役ができたのか?


 しかし、場に出たのは俺に有利すぎるカードだ。


 スリーカードの俺に勝てる役はストレート、フラッシュ、フルハウスあたりだ。


 しかし、場の3枚は同じマークでもないし、連番になってもいないからフラッシュやストレートを警戒する必要もない。


 それに、ペアでもないからフルハウスもありえない。


 仮にカタリナがエースのペアを持っていたとしても、俺が勝っている。


 俺のカードが確実に勝っている「ナッツ」状態だ。


 ここは、カタリナのオールインに乗るべきだ。


 俺は手持ちのチップを数えながら、ふとカタリナを見る。


 しかし、これは完全に悪手だったな。アドバイスするために、どんなことを考えているか心の声を聞いてみるか。


(……ピュイくん、降りて。お願い)


 じっと俺を見ているカタリナは、すがるような声でそう囁いていた。


(降りてくれたら……裸エプロンでも、なんでもしてあげあるから!)


「……っ!?」


 さすがに動揺を隠すことができなかった。


 いやお前、心の中でそんなことを言うのはずるいだろ!


 てか、なんで俺が裸エプロンに期待してるの知ってるんだよ!?


 まさか読心スキル持ちかと、またしても不安になった俺は「カタリナさんの裸エプロン萌え〜」と心の中で連呼してみたが、華麗に無視されて(朝ごはんも作ってあげるから!)とオプションを追加されただけだった。


 裸エプロンで朝ごはん。


 なんと魅力的な提案か。


 そこまで言うのなら、ここはカタリナに自信を持たせるためにも負けてやるべきじゃないか……と思ったが、すんでのところでとどまった。


 いいや、勝負に甘えなど必要ない。


 ここでブラフは危険だということを身を持って教えてやることが、カタリナにとってプラスになるはず。


 心を鬼にして、カタリナの降りてコールを無視するべき。


 俺は手元にならんでいるソレを手にして、テーブルに叩きつけた。


 全額のチップ──ではなく、2枚の手札を。


「お、降りる」


 すみません。


 カタリナの裸エプロンには勝てませんでした。


「やった……勝った! ピュイくんに勝ったわ!」


 俺の心の葛藤を知るよしもないカタリナが、嬉しそうに両手を掲げる。


 そんな彼女を恨めしく見る俺。


「お前にはポーカーで勝てる気がしないよ……」


「え? どういうこと?」


 カタリナがキョトンとした顔で俺を見る。


 実際、俺が降りたところでカタリナが裸エプロンをしてくれるわけはないのだけれど、何度やっても降りてしまう自信がある。


 こいつとは、絶対に賭けポーカーをしてはいけない。


「しかしすごいな。真剣勝負でピュイに勝つとは」


「ほ、本当ですよ。凄いですカタリナさん」


 関心するガーランドとサティ。


「ま、まぁ、初心者にしては、なかなかやるほうじゃないですかね?」


 そして、引きつった笑みを浮かべるモニカ。


「当然でしょ。わたしはカタリナ・フォン・クレールよ」


 カタリナが自信満々に答える。


 負けた手前、あまり口にしたくないんだけど、モニカ並みのモロバレブラフだったからな?


 そんなカタリナが嬉しそうに俺に言う。


「じゃあ、報酬を頂こうかしら?」


「……は?」


「は? じゃないわよ。負けたらなんでも言うことを聞くって決めたでしょ?」


「……」


 いたたまれない気持ちになってしまった。


 まぁ、実際はこうなるよな。


 裸エプロンしてあげるって言ったのは、心の中だけだし。


 あんな誘いに乗ってしまうなんて、俺のバカ野郎。


「わかったよ。なんでも言え」


 そう答えると、カタリナはすっと息を吸ってから、おもむろに答えた。


「これから週に1回、オフの日にポーカーを教えてくれる?」


「え」


 その場にいる全員が同時に同じ声をあげた。


 聞き間違いかと思った俺は、恐る恐るカタリナに尋ねた。


「今、ポーカーを教えてって言ったか?」


「そ、そうよ。こんなふうに、わたしに教えなさい」


 なんていうか、意外だった。「エッチなやつでもいい」って言ってたから、もっとヤバいのを想像していたのだが。


 例えば、毎晩添い寝してほしいとか、頭をナデナデしてほしいとか。


「そ、そんなことでいいのか?」


「だから、良いって言ってるでしょ」


 少し恥ずかしそうにカタリナがまくしたてる。


(だって、レクチャーしてくれるってことは、毎週プライベートでもピュイくんに会えるってことでしょ? それって控えめに言って、最高すぎるでしょ)


 その心の声に、どきっとしてしまった。


 確かに、そういう理由があれば毎週オフの日にカタリナと会える大義名分を得ることになる。


 周りの目を気にせず、堂々と会える。


 それは、なんていうか──俺にとっても願ったり叶ったりなお願いだ。


「ちょ、ちょっと、なにニヤニヤしてるのよ?」


「あ、いや。べ、別になにも……」


 俺は慌ててジョッキを手に取ると、エールを喉に流し込んだ。


 にやけてしまった表情と一緒に。




 後日談……というわけじゃないけれど、カタリナはリルーとのポーカー勝負にボロ負けしたらしい。


 俺に勝ったブラフを使ったが、あっさり読まれて一発で持ち点をすべて持っていかれたとか。


 うん。やっぱり心を鬼にして、ブラフの危険性を教えてやるべきだった。


 ま、そこんところは毎週のレクチャー会で、じっくり教えてやるか。




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ここまでお読みいただきありがとうございます。

この閑話は、時系列でいうと第8話の後の話ですが、少しでもニヤニヤしていただけたら嬉しい限りです。


それでは、また。


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パーティの美人女剣士が塩対応なんですが、読心スキルで俺にだけデレているのがまるわかりなんです 邑上主水 @murakami_mondo

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