閑話
カタリナさんがヤりたいこと(前編)
「……え? ポーカーを教えてほしい?」
「ええ」
カタリナがこくりと頷いた。
突然そんなことを言われたのは、依頼を終えてから「反省会」という名の胸中デレ地獄を味わった後だった。
はっきり言って、意外だった。
カタリナは俺が賭けポーカーをしているのを知っているし、たまにパーティメンバーとやっているのを見ている。
だから俺がポーカーに強いのは知っているはずだけれど、教えてだなんて言われたのは、はじめてだ。
「どういう風の吹き回しだよ。まさか、賭けポーカーでもやるのか?」
「そんなわけないでしょ。昨日、金熊亭でリルーに会って、ポーカー勝負を挑まれたのよ」
「リルーとポーカー勝負?」
そういえば、と昨日のことを思い出す。
金熊亭に行ったときにリルーとばったり会って、カタリナとなにやら話し込んでたけど……そんなことになっていたのか。
というか──。
「お前、やったこともないのにポーカー勝負を受けたのかよ」
「し、仕方ないでしょ。あの女から逃げるのが嫌だったのよ」
少しだけ気まずそうにしているのは、無謀な勝負を受けてしまったとカタリナ自身が反省しているからだろうか。
冒険者をやっている人間でポーカーができる者は多い。
依頼の後、一杯酒をひかっけながらやる娯楽といえばポーカーというのが定番だからだ。
ヴィセミルでよくやられているポーカーは、手札の2枚とテーブルの上に出される5枚で役を作る「ウォルトン・ホールデム」だ。
ウォルトンという地域で最初にプレイされたことからそう名付けられている。
リルーが挑んできたというポーカーもそれだろう。
彼女とも何度かポーカーをやったことがあるけど、明らかに「知っている」感じだった。
どう転んでも、やったこともない素人が勝てる相手じゃない。
しかし、自分の不得意分野で勝負をするなんてカタリナらしくない。何か理由があるのだろうか?
(前からみんなとポーカーをやりたいなって思ってたし、ピュイくんに教えてもらうチャンスかなって思ったんだもん……)
だもんってなんだよお前。
そのクールな表情で乙女発言するなよ。ギャップ萌えで死んでしまうだろ。
「しゃーない。リルーと勝負するんなら、基本的なことを教えてやるよ」
「……え? ほんと!? やった!」
それはそれは、わかりやすく目を輝かせるカタリナ。
しかし、すぐにハッと我に返った。
「あ……えと、こほん」
そして、咳払いをひとつはさんでちょこんと頭を下げる。
「あ、ありがとう。助かるわ」
「い、いや別にいいけど」
そこまで喜んでもらえるなら、教える側としても冥利に尽きるというか。
しかし、モロに顔に出すなんて、相当ポーカーをやりたかったんだな。
いつも「そんなくだらないカードゲームに熱を上げて子供みたい」みたいな冷めたこと言ってたから誘わなかったけど、そこまで興味があるなら声をかければよかった。
「今日は何も用意してないから無理だけど、明日の依頼が終わってから軽くレクチャー会をやるか」
「わかったわ。ありがとう」
そう約束をして、俺たちはギルドを出て皆が待っている金熊亭へと向かった。
***
次の日の夕刻、俺は依頼が終わってから一旦自宅に戻って、ポーカーに使う道具を持って金熊亭に向かった。
トランプはガーランドも持っているけれど、「チップ」と呼ばれる金の代わりに使うコイン型の板は俺しか持ってない。
ポーカーをやるには、このチップが必要不可欠なのだ。
俺が金熊亭に到着したときには、なにやらモニカたちがポーカーの話で盛り上がっていた。
「でも、カタリナさんがポーカーをやりたいなんて、なんだか嬉しいですね。てっきりギャンブル系のゲームは嫌いなんだと思ってました。何かきっかけがあったんですか?」
「え? ま、まぁ、冒険者だし、ポーカーくらいはできないとね?」
ちらりとこちらを見るカタリナ。
リルーとの勝負の件は秘密にしているようだ。まぁ、ルールも知らないのに勝負することになったなんて言いにくいんだろうけど。
「そうなんですね〜。わたしやサティちゃんもポーカーはできるんで、わからないことがあったら何でも聞いてくださいね」
「ありがとう。そうするわ」
うちのメンバーも例に漏れず、ウォルトン・ホールデムができる。
強さの順番で言えば、俺が一番強くて、サティ、ガーランド、モニカの順だ。
サティが意外と強かったのには驚いた。
脳筋ガーランドと天然系モニカは──まぁ、お察しだけど。
「ちなみに、ウォルトン・ホールデムのルールはどこまで知ってるんだ?」
とりあえずエールで軽く乾杯してから、カタリナに尋ねた。
「ええっと、最初に配られた2枚とテーブルに出される5枚から役を作るっていうのと、役の種類くらいかな」
「役の強い順は?」
「なんとなく。一番強いのがロイヤルストレートフラッシュで、一番弱いのがワンペアよね?」
「だいたい合ってるけど、一番弱いのは『ハイカード』っていう、何の役にもなってないやつだ。細かいルールは実際にやりながら解説したほうが早いから、カタリナは見ててくれ。わからないところがあったら俺に質問していいから」
「わかったわ」
「んじゃ、手持ち3000点、1BBが200点でサクっとやるか」
俺はポーチから小さいケースを取り出した。
ポーカーチップが入ってる専用のケースだ。
そこから3000点分を取り出して、全員に配る。
「悪いけどカタリナがカードを配ってくれ。俺がボタンでガーランドがスモールブラインド、サティがビックブラインドで、モニカがアンダーザブレードな」
「なんでわたしがアンブレなんですかっ!?」
「別にいいだろ。金を賭けてるわけじゃないんだし」
「……ねぇ、その変な単語は何なの?」
早速カタリナが質問してきた。
「席位置のことだ。ポーカーは最初に配られるカードも重要だけど、席位置もすごく重要なんだ。順番が後ろのほうが色々と得られる情報があるからな。ちなみにアンダーザブレードはプリフロップ……つまり、一番はじめのターンで最初に行動しないといけない席位置で一番キツい。刃を突きつけられてるくらいヤバいからそう呼ばれてる」
「……? どうして席位置が後ろだと情報が得られるわけ?」
「そこらへんは口で説明するよりも実際に見たほうが早い。とりあえずはじめようぜ」
多分、最初に行動するモニカが良いサンプルになるはずだし。
「じゃあ、行きますね」
そう言ってモニカは、俺の予想通りテーブルに200点のコインを出した。
「はい、ストップ」
俺は早速ゲームを止める。
「例えば、今モニカがコールしただろ?」
「コール?」
「賭け金を上乗せせずにゲームに参加すること。このゲームは200点で参加できるんだけど、これだけでモニカの手持ちカードがどんなものかだいたい分かる」
「え、ホントに?」
ぎょっと目を見張るカタリナ。
(もしかして、魔術を使ってるとかじゃないわよね?)
魔法じゃなくてスキルで心の声が聞けるけど、もちろん使ってない。
というか、素直に驚いてくれてなんだか嬉しいな。
俺はカタリナに尋ねる。
「カードの中で一番強いのは何だか知ってるか?」
「もちろんよ。エースでしょ?」
「そう。一番強いのがエースで弱いカードが2だ。てことは、最初に2枚配られた状態で一番強いのは『エースのペア』だってのはわかるよな?」
「そうね。ペアの中では最強ね」
「じゃあ、例えばエースのペアが来た場合、カタリナなら賭け金を上乗せする? それとも上乗せせずにはじめる?」
「上乗せするわ。だって、勝てる確率が高いし」
「だよな? でも、モニカは上乗せしなかった」
「……あ」
そこでカタリナはハッと息を飲んだ。
「……つまり、賭け金を上乗せしなかったモニカのカードは強くない?」
「そ。可能性が高いってこと」
「なるほど」
「そ、そうとも言えないですよ? 実はすごぉく強いかもしれないですし」
モニカが余裕ぶってニヤリと笑ってみせたが、その笑顔は明らかに引きつっていた。
モニカは感情がすぐ顔にでるので実にわかりやすい。
「じゃあ、ゲームを続けるぞ」
気を取り直して再開。
モニカがコールしたので、次は「ボタン」の俺の番だ。
俺の手札はハートのキングとハートのジャック。
かなり強いカードだったので、賭け金3倍の600ポイントを上乗せした。
「ぐむ……フォールドだ」
すると、ガーランドが降り──。
「わ、わたしもおります」
サティも降りた。
「わたしはコールします!」
モニカが場に600点分のチップを置く。
これで俺とモニカの一対一の勝負、ヘッズアップだ。
「カタリナ、場にカードを3枚だしてくれ」
「わかったわ」
ディーラーのカタリナが場に出した3枚は、スペードのキング、ハートの6、クラブのジャック。この時点でキングとジャックの「ツーペア」ができたので、かなり俺に有利な展開だ。
「……チェックです」
「俺はベットするぞ」
モニカが賭け金を上乗せしなかったので、ポット額の倍を上乗せした。
モニカの顔が歪む。
「……うぐぐ。ピュイさん、絶対強いペアができてるじゃないですか」
「さぁ、どうだろうな?」
「負けませんよ! わたしだって強いカードなんですから! さらに上乗せ! 倍にリレイズです!」
「あ、そう。じゃあ、さらに倍を上乗せするわ」
「うぎゃっ!」
ほぼ全額に近い上乗せ。
一気に額が膨れ上がり、リスクが跳ね上がる。
ここで勝てば手持ちが大きくプラスになるが、負ければ一気に破産に近づく。
「無理です……おります……」
流石に無理だと判断したのか、モニカが降りた。
というわけで、俺の勝ち。
「質問があるのだけれど」
チップを集めているとカタリナが手を挙げた。
「今、ピュイくんが強気の上乗せをしたのは、モニカの手札が弱くて自分の手札が強かったから……よね?」
「そうだな。モニカのカードが弱いと最初に判断したし、場に出たカードが俺に有利だったからな」
「でも、初手でモニカがウソをついてる可能性もあるわよね? 強い手札なのに弱く見せてるかもしれないし。なのにあそこで強気に出るのは危険じゃない?」
「その可能性はある。相手がウソを多様する上級者なら警戒すべきだけど……生憎、モニカは何も考えてないタイプだからな」
「言い方! 直感に頼ってる天才タイプと言ってください!」
すかさずモニカがツッコんでくる。
「天才は弱いカードで参加したりしないし、ブラフを使うにしてもコールで参加したりしねぇよ」
「うぐっ」
再びモニカの顔が歪んだ。
モニカは思いつきでプレイするので実にわかりやすいのだ。
いわゆる、どんなカードでもゲームに参加して、強気に攻めてくる「ルーズ・アグレッシブタイプ」だ。
「なるほど。相手のタイプで色々と考えを変える必要があるのね」
どうやらカタリナは、俺とモニカの会話で理解できたらしい。
俺は深く頷いた。
「ポーカーっていうのは、シンプルに見えて色々と考えないといけないゲームなんだ。でも、いきなり全部覚えるのは無理だから、最初は『やっちゃいけないこと』をやらなければゲームになると思う」
「やっちゃいけないこと?」
「そう。まずは、さっきモニカがやった『賭け金を上乗せせずにコールで参加する』ことだ」
ちらっとモニカを見たら、ギョッと目を丸くした。
「コールで参加すると、自分に不利な情報を与えることになるし、仮に後半に強い役ができたとしても得られるチップが少なくなる。メリットがない悪手だ。弱い手だったら迷わず降りたほうが良い。てか、これは前に教えたよなモニカ?」
「はい、教えていただきました」
モニカがしゅんとしょぼくれる。
こいつにも何度かポーカーを教えているんだけど、全然アドバイスどおりにやろうとしない。
俺はカタリナに視線を戻して続ける。
「あと、やっちゃいけないのは『ブラフ』だな。ほかにもいくつかあるけど、まずそのふたつをやらずにプレイしてみるといい」
「ええと、ブラフって何?」
「広義で言えば『相手を降ろすこと』ことだけど、わかりやすく言えば『手持ちが弱いカードなのに強く見せたること』だな。ブラフは思いつきでやってもバレてしまって、無駄に手持ちのチップを減らすことになる。モニカが失敗したみたいに」
モニカも弱い手で参加せずに素直に降りていれば、数千点の損害を出さずにすんだはずなのだ。
「……なるほど。つまり、やるなら最初から『自分のカードは強いですよ』って主張しないといけないってわけね」
「そ、そういうこと」
さらっと言ったカタリナに驚いてしまった。
まさか今の説明でブラフの概念を理解したのか?
俺も未だにブラフは苦手な分野なのに、ひとことで理解するなんて凄すぎだろ。
前から思ってたけど、カタリナは地頭が良いんだな。
それからカタリナは俺に教えてもらったことを咀嚼するようにブツブツと何かをひとりごちながらウンウンと何度もうなずく。
「んじゃ、とりあえずカタリナも1回やってみるか?」
「え?」
「実際にやったら、もっと理解度は深まると思うし」
「……そうね。お願いするわ」
しばし考えて、カタリナはこくりと深く頷く。
そうして、ディーラーをガーランドに変わってもらい、俺たちはゲームを続けた。
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というわけで、本編で書きたかったけどプロットの都合上書けなかったポーカー回です。
たま〜に短編をあげようと思うので、事前に知りたい方は作者フォローをお願いします。
※作中造語について
「ウォルトン・ホールデム」の中身は「テキサス・ホールデム」ですが、この世界にアメリカのテキサス州はないので名称を変えています。
また、「アンダー・ザ・ブレード」も、元々は「アンダー・ザ・ガン」ですが、銃が存在しないので変えています。ご了承ください。
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