第3話 意外な人
「私に何かご用ですか?」
私は思い切って声をかけた。
その男性は驚いたようで、しばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「日野杉奈津子さんですか。」
彼は私の名前を言った。
私の名前を知っている。
やっぱり彼は私のことを知っていて、私を付けていたのだ。
「そうですが。何かご用でしょうか。」
「僕の事がわかりますか?」
彼はサングラスを外した。
誰だろう。すごく格好いい。
俳優の杉野夏彦に似ている。
いや、似ているというか、本人にしか思えなかった。
「杉野夏彦といいます。」
何で有名俳優の杉野夏彦が私を付けているの?
私は思いついた。ドッキリか。何かのテレビ番組の撮影か?
私は辺りにテレビ撮影のクルーがいないか見渡したが、それらしい人たちは見かけなかった。
「僕の事がわかんない?」
もちろん知っている。
有名俳優の杉野夏彦だ。
「久しぶりだね。なっちゃん。」
彼は口を開いた。
なっちゃん?
確かに小学生、中学生時代、親しい友達からはそう呼ばれていた。
「ごめんなさい。もしかすると俳優の杉野夏彦さんですか?」
「そうです。知っていてくれたなら嬉しいな。」
「なぜ私の名前を知っているんですか。」
「覚えていない? まあ、そうだよね。すごく昔の事だからね。」
私は混乱した。私のことを有名なイケメン俳優、杉野夏彦が知っている。
私が杉野夏彦を知っているのであれば話はわかるが、その逆である。
「ちょっとどこかでお茶でも飲まない?このままサングラス外していると、多分気付かれちゃうんだよね。」
確かに周りの通行人が私たちを遠巻きに見ている。
その中には「あの人、杉野夏彦じゃない?」と小声で連れと話している若い女性もいた。
確かに道の真ん中で、気付かれたらまずいだろう。
杉野夏彦がタクシーを止めた。
「早く、乗って。」
私は促されるまま、タクシーに乗った。
大丈夫かな、私。
どこか遠くへ連れて行かれたりして…。
「ごめんね、突然。でもあのままでは、取り囲まれるのが時間の問題だから。時間は大丈夫?」
「は、はい、大丈夫です…。」確かに予定はない。予定はないが、私はどこに連れて行かれるのだろう。
「ここから20分くらいのところに、以前ドラマの撮影で行った喫茶店があるので、そこでいい?」
「はい、おまかせします。」
私は今の自分が置かれた状況が良く飲み込めないまま、そう答えた。
やがてその喫茶店に到着した。
確かにマスターと顔なじみのようで、一番奥の席に通された。
「驚かしてごめんね。びっくりしたでしょう。」
私は頷いた。
「あのー。」私は思い切って尋ねた。
「私、杉野さんとどこかでお会いしたのでしょうか。
正直なところ、心当たりがありません。
誰かとお間違いになっていませんか。」
「そうか、まあそうだよね。その様子じゃ、僕との約束も覚えてないよね。」
約束?、私が?、杉野夏彦と?
私は記憶をたぐり寄せた。
全く思い当たりがない。どこかでお金でも借りたのだろうか。
「もう、20年前になるんだね。」
20年前?その頃の私はまだ小学1年生だ。
「覚えていないかな。僕の本名。田中良明。」
田中良明、どこかで聞いた気がする。
どこかで。はるか昔。
「小学校1年生の時、同じクラスで、二学期の途中から席が隣だったの覚えていない?」
そうだ。確かにそういう名前の男の子がいた気がする。
私は少し思い出した。
席が隣で結構仲良かった。
彼が杉野夏彦になったのか。
でも、なぜ私のことをつけ回すようなことをするのだろうか。
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