第2話 つけられている?

 穏やかな風が吹く快晴の中、満開の桜の下を歩く。

 これは私にとって、1年で一番幸せな時間。

 平凡な会社員生活の中で、私の楽しみは移ろいゆく季節ごとの花や景色を愛で、写メで自撮りをし、それを家の壁に飾ること。


 一番好きな季節は春。

 私は毎年、桜が咲いた週末は桜の名所をできるだけ訪れる。

 今日は土曜日で明日も休み。暑くも寒くもない快適な気温、雲一つ無い快晴。肝心の桜が満開。そして穏やかな少しの風。

 このような条件が重なった日は心の底から「生きていて良かった!!」と思う。

 ちょっと大げさかな。


 私は自分で言うのも何だけと、ごく普通の平凡なOL。

 中堅の事務用品卸の会社で、契約社員として働いて三年目になる。

 短大を卒業し、リース会社に新卒として入社したが、ノルマがあり、2年で体を壊してやめた。

 その後、半年くらい千葉県内の実家で休養して、アルバイトを間に挟んで、今の会社に契約社員として入社した。


 給料は高くは無いが、贅沢をしなければ、都内で独り暮らしをして、僅かだけど貯金をできるだけの金額は貰っている。

 今年で27歳になるが、交際相手もおらず、自分のために時間を使える今に、まあ満足している。


 映画を見るのも趣味の一つ。

 気になる映画があると、必ず見に行く。

 恋愛映画、アニメ、SF、ジャンルは拘らないが、サスペンス、ホラーは苦手である。

 俳優は最近人気の小柳悦郎とか、杉野夏彦が、まあ好きだ。

 大ファンと言うほどではないが、出演するドラマは必ず録画している。


 春の穏やかな気候と桜を満喫したその日の夜、パソコンで桜を背景に撮った、自撮りの写真を眺めていた。

 個人でやっているSNSにアップするのだ。

 誰かが見るわけでも無く、ただの自己満足。

 自分の日記のようなもの。

 なかなか良く撮れている。

 私、写真映り悪くないわ。

 自分で言うのもなんだけど。

 そう思いながら写真を見ていたら、背景に独りの男性が映り込んでいる写真があった。

 私はその部分をマウスをクリックして拡大した。

 あれ?

 違和感を感じた。

 この男性の写真をどこかで見た気がする。

 その男性は長身で、Tシャツとジーンズをはいており、サングラスをかけている。

 モデルのようなスタイルであり、それで印象に残っていた。


 私は、過去の写真を見直した。

 2月に撮った渋谷のイルミネーションの前で、自撮りした写真が目がとまった。

 カップルだらけの中で、空いた隙を狙って、自撮りした写真だ。

 その写真の中に似た人物が写り込んでいた。

 拡大すると、手に持っている鞄が同じものに見え、時計も特徴的なもので、わかりずらかったが、やはり同じものに見える。 


 私は他の写真も見た。

 よく見ると、他の写真の中にもその男性らしき人物が映り込んでいるものがあった。

 私は、背筋に寒気を感じた。

 こんな偶然ってある?

 私は狙われている?

 誰に?

 心当たりはない。

 誰かに恨みを買った記憶も無い。

 写真に映り込んでいるのは、今年の1月からの写真、五枚だった。

 それ以前には映っていない。

 どういうことだろう。

 まさか、心霊写真?

 気味が悪い。

 私はその晩、ドアに鍵をかけ、普段しないチェーンをして寝た。


 翌日からも私は誰かついてきている人がいないか、時々振り返った。

 だが、特についてきている人も、私を監視している人も見当たらなかった。

 彼と私の接点は五枚の写真だけ。

 偶然、趣味嗜好が一緒で、たまたま同じ日の同じ時間に、同じ場所にいた。

 そう思うことにした。


 その次の週末、土曜日に千葉県の実家に帰省し、日曜日は帰りがてら映画を見に行った。

 気をつけて見たが、誰もついてきている様子はない。

 やはり気のせいだったのかな。


 それから約一ヶ月が立った土曜日、私は急に初夏の海が見たくなり、海に行くことにした。

 そして鎌倉から江ノ島電鉄に乗って、ふと隣の車両を見た。

 例の彼がいた。


 彼はサングラス越しに私と目が合うと、さっと反らした。

 間違いない。

 私をつけている。

 何で?何で私なの?

 誰かと間違えているのではないかしら。

 私には全く思い当たる節が無い。


 私は予定を変更して、途中で降りず、終点の藤沢まで行くことにした。

 そして、藤沢で一度降りて、また逆方向に乗った。

 彼も同じようについてきた。

 怖い。

 このまま警察に駆け込もうかと思ったが、何の証拠も無いし、別に危害を加えられたわけでも無い。

 もっとも危害を加えられてからでは手遅れだけど。


 私は鎌倉駅で降りた。

 彼も少し離れて、ついてきた。

 どうしよう。

 私は決心した。

 きっと誰かと私を間違えているに違いない。

 はっきりさせよう。

 私は鎌倉駅の真ん前で急に彼の方に向き直った。

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