【始まり③】吸血鬼様の非常食~不愉快、ここに極まれり~


 緊迫した道路において、中核にいる俺の立ち位置はかなり悪い。

 背後には異種族である吸血鬼が、正面には仲間(敵)がいる。

 挟まれているが実はそこまで問題ではない。

 立ち位置が悪いというと言うのも、確実に吸血鬼の間合いにいる事だ。

 逃げようものなら、人類最強でも首を切られるのは必然であり絶対。

 あくまで人類最強だ。世界最強ではない。

 人間には負けないと言うだけだ。

 だがどちらにしろ、あのデコボココンビは邪魔だな……さっさと退場してもらおう……。


「それで? 弾の籠ってない拳銃を向けて、どうするってんだよ……」

「「ヒィッ!」」


 道路に転がる銃弾が23発、手の平にあるのは二人が持っている拳銃の最後の弾。

 合計24発分の弾が俺の足元にある。

 ちなみに全て受け止めた。今、手の平がビリビリとした痛みがある。

 しかし痛いのは手ではなく、腕だ。受け止めるのに音速を超える速さで動かしたからな。


「死にたくなきゃ、さっさと帰れ。あっ、だけど上層部とかには報告するなよ」

「ヒッ、ヒィィィィ……」

「待ってくれよ、兄ちゃぁぁん!」


 兄ちゃん⁉ その体格の差はなんだよ! 兄弟の割に血の繋がりを感じねぇなっ!

 高身長の兄が車にそそくさと乗り込み、それを追うようにして助手席に乗る弟。


「お、お、お、覚えてろよ裏切り者!」


 車がその場で無理やり回転し、車が背中を向ける。窓から捨てるセリフもモブの域を出ないな……。

 さてと、後は……。


「吸血鬼様! 私目を、見逃していただけないでしょうかっ!」


 180度回転し、回転ざまに膝と頭、手を地に伏せる。

 これしか生きる術がない。

 俺にはプライドが全くないし、生きるためならなんだってする。

だからこその誠心誠意で土下座、だっ!


「吸血鬼様……ふふ、悪くは無いわね……」


 上機嫌な言葉を言いつつ、足音が段々と大きくなっていく。


「それにいいわね……その踏みやすそうな頭も……っ!」


 へ? 今なんて――。


「痛いっ! 何を……あーイタイイタイイタイっ! やめてぇ!」

「そうよ、良いわ。ふふふ。ほら、もっと喚きなさい」


 この女っ! 俺の頭を踏んでやがる! いったぁぁ! 潰されるぅぅ!


「痛い、ヤメテ……」

「あら、あなたから頭を下げたんじゃない。踏んで欲しかったんじゃないの?」

「んなわけあるかぁ!」


 頭を潰す足を浮かそうと、両手を使い全力で持ち上げるがビクともしない。

 やはり異種族。人間の力ではどうしようも出来ない……俺、このまま死ぬのかなぁ……。

 全てを悟り抵抗する身体から力が抜ける。


「おっと、いけない」

「…………殺さないのか?」


 頭を地面に伏せる力が無くなる。見上げる視界には、見下げる吸血鬼の目。

後頭部と顔面の痛みがヒリヒリと内に響く。


「殺さないわよ…………まだ」

「へ? ……!」


 言葉の意味を理解した瞬間、恐怖と言う名の鳥肌が全身を襲う。

 まだ……まだ、殺さない……てことは……。


「いずれ殺す、と?」

「大正解~。そんなあなたには私の非常食になる権利を挙げる♡ 美奈、捕まえなさい」

「はい、お嬢様」

「え――いっ!」


 さっきまでなかった声と共に、現れる気配。

 背後を向くが、時すでに遅し。コンマ一秒の瞬間に俺の背中を取った女性は、俺に鉄の首輪を取り付け反応で崩れた身体を抑え込む。

 仰向けになった視界に映るのは、メイド姿の巨乳な女性。

 こんな状況でも、露出はしていないが膨らみのある胸元に目が行ってしまう。


「あのーどちら様で……」

「うるさい」


 たった一言で俺の口が塞がれた。

 塞がれたのは口だけではない、身体の自由も塞がれた。

 身体を押さえつける手は、お腹をへこませ身体が起きるのを防ぐ。


「さっさと手錠と足枷をしなさい。人類最強をナメテかかると返り討ちに遭うわよ」

「はい、承知しました」


 手際よくかつ迅速に付けられた枷は、身体の自由を奪う。

 何故付けているのか分からない首輪に、手錠、鉄球の付いた足枷。俺は罪人にでもなったのだろうか……。

 仰向けになって、視界が雲海となった空だけが見える中一人の女性か顔を出す。


「それで、これから俺はどうなるんだ?」

「私の非常食になるのよ。光栄に思いなさい、人間のゴミクズ」

「人間のゴミクズとは、また辛辣な……」

「あなたにはそのぐらいがお似合いよ」

「あっそぉかよ……非常食になるって事は俺、食べられるのか? そもそも吸血鬼は、人を食べる事を必要としてるのか?」

「必要ないわよ」

「じゃあ何で俺を、非常食なんて呼び方をするんだよ!」

「面白いから?」

「面白いからって、そんな物騒な呼び方をしないでくないか! 不愉快だ!」


 ゴミのように見下げる吸血鬼は、随分と機嫌がいいのか頬が上がり嬉しそうな表情を見せる。


「さっ、帰りましょっか。美奈」

「はい」

「ちょっと、俺の質問答えてくれないか? スルーしないでくれ! これからどうなるんだよぉ!!!」


 俺の言葉が空気となり、見事に掻き消された。

 ここまで来ると流石に諦めがつく。俺は死を待つ牛や豚、家畜と同義だろう。

 いや、家畜以下か……俺は家畜のように、死ぬことで有意義な物にはならない。

 こんな考え方が生まれるなんて悲しくなってきたな。

 もう寝てしまおう。夢なら覚めてくれるだろう。


 ***


 まぁ、夢じゃないんですけどね……。

 夢だ、夢だ、と寝ては起きる事を30回ぐらいは繰り返した。一向に夢から覚めない。

 一般人が現実を受け止めるには、十分な時間だ。

 無論、俺は分かってるしこの生活にも慣れ……たのか? 不愉快だ。

 手錠と足枷、首輪で自由を奪われ、吸血鬼が学校に行っている間、家で一日中待機。

 とことん虐められた後は少量の食事で、就寝。(どうやって虐められてるかは、ご想像におまかせする)

 まさに……


 【不愉快極まりない!】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

吸血鬼様の非常食 くろねこ @656532kuro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ