【始まり②】人類最強の男~それでも痛いものは痛い~

 現代に住まう怪物。人型の異種族。

 人の身体に模すことができ、別種族としての力を隠して現代に順応している。

 一説によれば、大昔から語り継がれている怪物たちは実在していてそれが時代と共に変異していった結果と論じている者もいるらしい。

 そして、この真実を知って生きている者はごく少数だ。

 ほとんどの人類は、偽りの現代に生きている。これは紛れもない事実であり、約2300年の間に覆る事は無かった現状だ。

 そして俺は知っている。知っていて誰かに教える事をしない。

 もしこの情報が明るみになれば、人類は絶滅の死路を辿るだろう。

 人は自分にない物を持つ者を嫌う。排除したがる。

 だが異種族の力は人類の科学力、武力では制圧できない程に強大だ。

 それ故に、人類は異種族たちを敵に回せない。いや回してはいけないのだ。


 ***


「……ここは平和的に解決しないか?」


和解を求め、車を踏みつけにする異種族に放つ。


「あら、犯罪者なのに随分と覚悟の無い発言ね。無理やり犯罪に加担させられてたのしら?」

「あっいや俺は別に、無理やりにじゃなくて俺の意思でやってたから……あっ!」


 やっべぇ! つい拒否してしまったっ!

 もしかしたら見逃してくれたかもしれないのに! とんだ失態だ。


「そう……それじゃあ、さっさと死になさい」


 力の籠った言葉と同時に、放たれる殺意と衝撃波。

 やはり実物だ。殺される。

 そう悟って、身体を右に乗り出す。


「っ! クソったれー!」


 何かしらの力が働き、爆弾が地中で爆発する音と共に、俺の全身が吹き飛ばされる。

 天地が上下交互に入れ替わる。身体の制御を失った俺は、ただひたすらにこの現状を耐えるしかなかった。

 身体にかかる勢いが収まる事で制御を取り戻し、コンクリートの地面に勢いを殺して着地。

 着地することでの方向感覚の欠如。視界がグルグル回り、そちらが上か下か分からない。

 決して気持ち悪い訳では無いが……。


「不愉快だ……」


 歪んだ視界が戻るにつれて、世界が元に戻っていく。

 さっきまでいたワゴン車の場所だけ、黄色い土煙が立ち煙幕の様になっている。


「何で土煙が発つんだよ、コンクリートだぞ……いや、異種族であれば出来なくはないか」


 コンクリートで補装された道路。土煙が発つ様なものは無い。

 となれば、コンクリート下の地面にまで攻撃が届いていた事になる。


「あなた。人間じゃないわね……あの動きに反応するなんて、人間には出来ないもの……」

「俺は正真正銘の人間だ。お前と同類でもなければ同種でもねぇよ」


 土煙を壁に話を交わすこの状況は壁越しに話している気がして、どこに話せばいいのか分からなくなる。


「ふぅん……私の存在を知っている上、ただの人間だって言わない当たり何かあるのかしら?」


 ご名答……。

 あの攻撃は、ただの人間なら回避行動をしたとしても避けられない。

 だが俺は避けれる。なんせ特別制の人間だからな……。


「普通じゃないんだよ、俺は……!」


 土煙が横に切り裂かれた様に吹き飛ばされ、現れる異形の姿。

 吹き飛ばした風は、全身の隙間を縫うように抜けていく。

 冷気の乗った風と彼女の微笑みは、身体を縮ませる。


「ふふ……じゃああなた一体何者? 異種族でないなら改造人間? それとも人造人間?」

「だから俺は人間だ。……ただ少し特別なだけで」

「特別? ……あぁ、もしかして三澤功一?」

「ああそうだよ。裏の世界じゃ俺は、有名人だな」

「なるほど……噂に聞く人類最強の男……」

「その二つ名で、呼ばないでくれないか! 恥ずかしいからやめてくれ!」


 身体中が熱くなる。外からではなく内から。

 俺だってこんな恥ずかしい二つ名、名乗りたくないんだよ……。

 あー恥ずかしい、恥ずかしい。


「人類最強……」

「だから呼ぶんじゃねぇよ!」


 口元に手を置き、そっぽを向く彼女。

 声とトーンからしても、重みの無い軽石の様な言葉。

 こんな子供にからかわれるなんて……不愉快だ。


「ふふ……ん?」


 遠目で風景写真の様な場面だが、彼女の頬を上げているのが分かる。

 異種族でありながら、人間社会に順応しているのが見て取れる。

 ただやはり異種族。背中に付ける翼とコンクリートの悲惨な現場は、俺に現実を見せる。

 そんな彼女の暖かな顔が一気に冷めあがる。

 見つめる先は俺ではない。俺の背後。

 それに釣られて俺も、後ろへと身体を向ける。


「あーもうそんな時間になったのか……」


 黒塗りで、ガラスにも黒く染め上げたワゴン車がライトをこちらに向けている。

 光が近づきにつれて、俺は目を細め腕で影を作る。

 目の前に止まる車はライトを消さず、その場に立ち尽くす。


「…………ライト消せよ!」


 決して熱くはない光は、俺の視界だけに害を及ぼす。


「お前……裏切ったな……」

「はぁ?」


 車の運転席と助手席から、低身長な男と高身長な男のデコボココンビが飛び出す。

 低身長なデブと高身長なガリ……理想的なデコボコ具合だな……。

 出て来るなり黒色を纏った拳銃を俺目掛け構えて、殺意をむき出しにしている。


「あ……いや、ちょっと待って! これは、アイツがやったんだよ!」

「そういう言い訳は、要らねぇんだよ!」

「そうだ、そうだ!」


 子デブの奴、何だよ「そうだ、そうだ」って……子供か!

 それより、とんでもない勘違いが起きたな……。

 現状を見れば、俺と彼女が他の仲間を殺したみたいに見えるのかねぇ。

 俺、逆に殺され欠けてるんですが……なんて不愉快な勘違い……。


「よくもやりやがったなぁ! シねぇぇぇ!」


火薬が爆発し押し出される銃弾は、炎を纏って俺の目の前にやってくる。

こういう場面で人は『目にも止まらぬ速さ』といい表す事が出来るのだろうが、俺は違う。

俺には、螺旋を描きながら回転をする銃弾が、宙を浮いているように見えている。

俺にとっては、音速を超える速度で放たれる銃弾の軌道どころか、銃弾その物が見える。

その気になれば光以上の速さで動くことが出来る俺にとって銃弾は、ただの石ころ同然だ。

 だが……。


 「銃弾取るのって、以外に疲れるからやめてくれない?」


 全身に響く爆発音が抜ける。

 正面にかざした右手の人差し指と中指の隙間に、煙を立てながら挟まる銃弾があった。


「へぇ……銃弾を素手で受け止めるなんて、本当に人間なのかしら……」

「正真正銘の人間だよっ!」


 俺は人と人の間に生まれた人間。そして人類最強の男。

【三澤功一】

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