吸血鬼様の非常食

くろねこ

【始まり】 吸血鬼様との出会い~地獄への序章(プロローグ)です~

鳥のさえずりが耳を擽る。

 日焼けをしていないテーブルは白肌のように色を出し、テーブルクロスが引かれている。

 器に盛り付けられたスープやパンは、装飾品のように飾られ鎮座する。

 俺はテーブルに着くが、用意された食事には手を出さない。

 いや、出せない。

 向かいには誰も座っていない椅子と、目の前にある食事と同じものが並べられている。

 その後ろで黒と白のみを使って作り上げた給仕服で身を包む女性がいる。

 現代とは掛け離れた給仕服は、ヒラヒラとした白い布をスカートなど部分的に付けて一つの衣装を完成させている。

 これは一目見ればメイドのコスプレだとも思うが違う。彼女はその服を着こなし、本物のメイドとして質素な内装を背景に視界の左側に立ち尽くす。

 目を合わせなくても分かる。ゴミを見るような細目で睨みつけていることが……。


「おはよう美奈(みな)。それと……誰かしら?」

「おい! 名前ぐらい覚えてくよ!」

「あなたの名前なんて忘れたわ」

「記憶力ニワトリかよ……」


 リビングに入ってきた少女は開口一番に美奈と呼んでいるメイドに挨拶を交わすが、俺への挨拶がこの茶番である。

 ショートヘアの黒髪を揺らし、赤いスカートと赤いリボンを結んだ白い制服で身を包む。

顔立ちは14歳と言ったところだろう。小柄な身体で貧相な胸元が、成長の限界を物語っている。

最近の若い子は、成長がいいと聞くがそうでもないらしい……残念だ。


「何? 殺されたいの?」

「何言ってるんだ? 殺されたくないからここにいるんだろ……」

「だったら、私の胸元を見ながら『これ以上成長しないのかぁ』って顔をしないで」

「凄いなお前、人の心を読めるのか?」


 怒りの眼差しを向けながら、美奈が引いた椅子に座る。


「あなたの顔を見れば、一目瞭然でしょう……。その顔は素直だもの」

「左様ですか……」


 少女は後ろで立ち尽くすメイドに、俺には見せない顔を向ける。


「いただくわ……」


 その言葉にメイドは頭を下げる。

 ここに来て幾度となく見た光景。


「なぁ食事にするのはいいけど……俺の手錠を外してからにしてくれないか?」


 そう、俺には手錠が掛かっている。

 だが手錠だけではない。首には鉄の首輪に、重さ600キロある錘が付いた足枷が身体を縛っている。

 俺はペットなのだろうか……人間以下じゃねぇか! 俺の人権を返せ!


「黙れ……お嬢様に命令をするな……。人間以下のゴミ……」


 メイド美奈のかなり攻撃的な発言は、俺の急所を突く。

 胸がある女性に、メイド服で罵られる……もはやこれはご褒美だな……。

 メイドこと美奈さん。この少女の専属メイドさんで料理、家事、家の管理からなんでもできるスーパーメイドさんだ。

 顔と服を脱いだ時に予想される体系から、二十代後半と言ったところだろう。茶色い髪を後ろで一つにまとめ上げた髪に、清楚でクールな顔立ちと男が夢を見た程の大きい胸元、そしてメイド服! 男の理想、いや俺の理想を体現したかのようなルックスはいい目の保養になる。


「私のメイドをなんて目で見てるのかしら……本当に殺すわよ」

「す、すみません……」


 少女はパンを取り、一口サイズにちぎって口に入れる。

 そんな光景を、時計の針が動く音と共に見ている。


「……なぁ。て、手錠」

「私の食事が終わるまで、そこで大人しくしてなさい……。我慢出来たらご飯をあげる」

「なっ! …………知ってるか? みんなで一緒に食べたほうが、ご飯はさらに美味しくなるんだぞ」

「ふふ……それは私には関係のない話ね。空腹のあなたが、私が食事をしている所を見てお腹を鳴らす。これ以上にご飯が美味しくなるスパイスは無いわ……」

「っ…………この鬼畜……」


 満足そうな表情を見せる少女の顔は、テーブルに並べられた朝食を優雅に食べる。

 その食事は、わざと遅く食べているようにも見える。

 不愉快……実に不愉快だ……。

 俺がこんな状況になったのは一ヵ月前の夜。

 それから俺は、こんな状況を強いられることになってしまった。


 ***


 揺られる車内でハンドルを握り、アクセルを適度に踏む。

 流れていく家々からは光が漏れ、暗闇を彩る。

 道路を進む車を動かしているのは18歳三澤(みさわ)功一(こういち)こと俺。ちなみに無免許。

 犯罪。悪人。そう思われても別に痛くも痒くもない。

 事実として悪人であり、犯罪集団に所属しているのだから。

 法律を守る常識なんて、とっくの昔に焼却炉で燃やした。

 そんな俺の今の仕事は、この黒塗りワゴン車の運転だ。

 これで何をするのかと言うと、一言でいえば人攫い。

 もう一言付け足すのであれば、人攫いをしたのち人身売買をする。

 この行為は、一般的にはファンタジー的な商売、昔の文化、今は無い物と考える人が多いだろう。

 だが、社会の裏側では事実として行われている。

 俺はこの世界のタブーに触れている。意図的に。


『おい新人、スピード落とせ。あそこにいる奴を攫うぞ』


 インカムから耳に入る言葉に、ブレーキに足を置く。

 歩道のない道路に、車を避ける様に歩く人影。

 その人影が見えると、付けていたヘッドライトをロービームからハイビームへと切り替える。

 するとさっきまで道路しか照らされていなかった光が、視界の全てを照らす。

 これによりはっきりと現れる人の姿。それ以外に周りには人はいない。

 鞄を肩にかけて、膝下まである赤いスカートを揺らす女性。

黒く短い髪は暗闇では一切気づかなかったが、光を当たればよく見える。

 近所の学生服を着ている女性は車に気が付いたのか、住宅の玄関前を少し入り、車を避けようとしている。


『新人! 寄せろ!』

「っ!」


 その指示と同時に、家と道路を分ける壁ギリギリにハンドルを切って寄せる。

 スピードが落ちているため中途半場に先端だけが寄るが、問題ないだろう。

 ある程度寄せる事が出来ればあとは——大人の手で引きずり込むだけだ。

 扉が開いた事を伝え、危険を警告するブザーが数秒なった。


『早く走らせろ!』


 インカムから聞こえてくるのはさっきの声と、服が擦れる音。

 その声がアクセルを踏ませる。

 だが強くは踏まない。早すぎて慌てている様に見える車は不自然でしかない。

 その違和感を与えないために、平常運転をする。

 犯罪者のくせに、安全運転……何とも躍動感のない事だ。

 まぁ、悪事を働くスリルはあるけども……。

 住宅街を抜け、山道に入る。

 この後、仲間と合流する予定だ。その合流場所に向かう。

 合流場所は、まず人が来ないであろう山道の道中。

 道の途中で車が通れるように左側に寄せる。


「ふぅ……予定より早く着いたな」


 スマホに表示された雲海の地に青い空を背景に、10時30分の表示。

 予定では11時に仲間がこちらに来ると聞いている。

 30分早く着いてしまった訳だ。

 運転席で背もたれに体重を掛けて、スマホでSNSを見る。


「……不愉快だな」


 止まっているはずの車が揺れる。

 揺れるたびにスマホの画面の残像が見えて、まともに画面が見えない。

 後ろで何が起こっているのかは分からない。

 車内の前方座席と後方座席の間で、鉄製の黒い壁が姿と音を遮断する。

 この壁があることで回りから姿を見られない。

 これが人攫いに大きなメリットを与えているのは事実としてあるが、デメリットもある。

 全てを遮断する壁は、仲間との連絡手段を不便にしているのは耳に入っているインカムが物語っている。


「こんなに揺らして、何してるんだよ……」


 背後の黒い背景の先には、どのような光景が広がっているのか……。

 どうしても人攫いをしている犯罪集団だからこそ、いやらしい想像をしてしまうのは俺だけではないはずだ。

 事実、後ろではそういった事をしているのだろう。


 ――バァゥゥ!


 背後からの衝撃と共にやってくる破裂音は、銃声と言うより運動会で使う音だけのピストルの様だ。

 人と言うのは、唐突の爆音に反応して音のする方に目が行くものだ。

 無論、俺も人間だ。見える事のない後部座席へと目を移す。


「ゑッ⁉」


 身体が凍る様に固まる。

 何もないと思っていた場所。黒い壁で塞がれた背後には一本の手が突き出ていた。

 ただの手ではない事は見ただけで分かる。

光が反射する白い爪に、女性の手か、子供の手の様に細い腕。


「…………」


 俺に情報を整理しろと言わんばかりに、時間が止まる。

 この現状をどう把握しろと……。

 鉄の壁を貫き、微動だにしない手。

 しかし何を思ったのか、その手はこちらを掴もうと伸びる。


「ィッ! ちょっ、何なんだよ!」


 とっさにシートベルトを外し、車外に飛び出す。

 得体も知れない物が襲う事がどれほどの恐怖なのか、今この瞬間知った。

 本当の恐怖とは無知である事だ。

 月夜の空を背景に、ワゴン車が置かれている。

 飛び出した事で体制を崩したのか、いつの間にかコンクリートに尻餅をついていた。


 ――ギギギィ……ガシャァッ!


 影に食われた月に見とれていた不思議な時間の中、車に立ち尽くす女性が月明りによって姿を見せる。

 コウモリの様な翼を広げ、ショートカットの白い髪を風が撫でる。

 ファッションなのか、水が跳ねたような黒い模様を浮かべた制服が揺れる。

 その上、黒い模様が滴る。


「あなたも仲間と一緒のところに、連れていてあげる……」


 赤く鋭い目は、俺の身体を震え上がらせる。

大昔における伝説上の怪物。不死身の身体を持ち、人類を遥かに超えた力を持つ種族。

                【吸血鬼】

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