さびれた探偵事務所を営む冴えない中年探偵の元に舞い込む奇妙な依頼。
序盤は探偵物語や濱マイクシリーズのような探偵物小説かと思いきやどうにも様子がおかしい。×が並ぶ謎の貸ビル。その最上階にある肉屋やクリーニング屋。賽の河原の冥土カフェ。人が詰まるサンドバッグのボクシングジム……
スプラッタでホラーな事柄さえも淡々と描写されサイケデリックをも思わせる狂気の世界は酒を飲みすぎた主人公の幻覚なのか、それともドラッグによる迷妄か、誰かの夢の世界か悩むうちに突如現実に引き戻されていく。
でもそれもまた幻想かもしれない。
虚構と現実の道を危うく間違えそうになる怪奇ミステリー。
序盤はまるで夢を見ているように否応もなく、
しかし先を見ずにはいられない力技でぐいぐい私を引っ張っていきます。
長い長い夢、目が覚めても覚醒しているのか不安になるような、不思議な陸続きと断絶で謎解きが始まります。
何度も戻り、進み、足元がようやく固くなって、ああこれが私が今いる世界とつながっているのかと感じるところに物語はちゃんと落ち着きを見ます。あの夢がしっかり着陸するの、すごい。
でも本当の夢ではないから、私はまた夢に戻って夢に溺れて気持ち良い。
夢と表現するとなんだかほわほわしているようですが、
この夢は乗って後悔のない暴走ジェットコースターです。
クリエイターにとって、誰かや何かの作品になぞらえて評されるのは、あまり本意ではないと思われます。しかし、それでもこう言わざる得ませんでした。
なにせ、分かり難い! でも、面白い!
はっきり言って、お子様お断りの硬派な世界観です。
多少のエログロもありますが、この作品の魅力は何と言っても「不条理」です。
あまり引き出しの多い人間ではなく恐縮ですが、自分はこの作品を読んで、昔観た映画の『マルホランド・ドライブ』を彷彿としてしまいました。
それに類する作品を観たことがあって、そういった「不条理さ」に魅せられた経験があるかたなら、間違いなく本作も気に入ると思います。
とにかく直近の描写からは全く説明の付かない不気味な不条理さが次々に襲って来るのです。
中にはそれで置いてけぼりに感じるかたも、いらっしゃるかもしれませんが、自分の場合は「うぉー、これどうやって収束するんだー!?」という膨らむ想像と、高揚感に身を任せる麻薬のような体験がとてもツボにハマりました。
こういう大人な作品を読みたかった。
同じようなかた、絶対いるでしょ? 是非この作品を読みましょう。
そして一緒に頭を悩ませましょう。
探偵のサカイのもとに舞い込んだのは奇妙な調査依頼だった。自分の女だと思っていたユミがルミと名乗り、サカイ自身の捜索を依頼したのだ。何かのイタズラかと思うサカイだったが、しばらく帰っていなかった自分のアパートで、自分そっくりな死体を発見し……。
三途の川で石を積み、メイドにその石を崩される冥途カフェを皮切りに、いかがわしい肉を売る精肉店、全裸になって暴れる爺さんなど、作者ならではの退廃的な世界観を示す描写が光る。
その中で、比較的まともに見える探偵・サカイだが、本当にまともなのか。
謎が謎を呼び、その謎を退廃的かつ変質的な物語が上塗りしていく。事件の全貌と探偵の過去はどう関わるのか。ハードボイルドにして猟奇性が暴走を続けるサスペンスミステリー。