第10話 「I LOVE YOU」

 自然と目覚めた。

 何も思い出せない。これっぽちも。

 無事に帰って来られたのだなとは思った。


 眼鏡を外し、スマホに繫いだ。それから3時間、映画を見ているようだった。眼鏡は映像、音響とも申し分なかった。上出来だ。店長ありがとう。尾崎は2.5hを歌いきった。投げキッスが様になる日本人って尾崎以外いるかな?前列では女の子が失神して倒れている。かっこ良すぎ。

 20曲は超えている。20曲とも5万人が熱唱できるって凄いなあ。最高だよ、尾崎。

 アンコールが「Oh my little girl」と「I Love you」で幕を閉じたが「尾崎! 尾崎!」のアンコールは鳴り止まなかった。


 あと一つ尾崎からのプレゼントがあるもんね。こっちが本番だといってたし。胸の高まりは尾崎と同じくらいだ。

 

「荒木くんでしょ?」「はい、奥様ですね」「私を呼んでくれてありがとう」「いえ、すいませんお忙しいのに」「何が忙しいものですか死んでいるのに(笑)」「奥様、全くお変わりないですね」「若くして亡くなったからね、あれから40年くらい経つけど荒木くんすぐわかった、不思議ね」「そうですね」「ご結婚はしているのでしょ?」「はい。でもギャンブルにはまり、借金作って別居しています」「そう。それはいけないわね」「……」「でも、あなたはいい人です。本来の生真面目さは小学生から変わっていない。もう一度やり直しなさい。新聞配達してでも借金は返しなさい。そして奥様の元に戻りなさい」「はい」「約束ですよ。でもこの記憶は消去されると聞いてます、忘れないように……」

 と奥様は言うと私を抱きしめ襟元に長い間キスをした。そして「これは残るでしょ。負けそうになったらこれを見て負けないで、逃げないで!」


 あわててスマホを投げ捨て鏡を見た。奥様のキスマ―クが白シャツの襟元にくっきり残っていた。

「最高だよ。なにもかもが満たされた気持ちだ」スマホをたぐり寄せると3時間を過ぎ、みんなが嬉しそうに帰っていくシ―ンが流れていた。

 

 この金のなる木をいかに高く売るかを考えていた。同じ映像が配信される可能性もあり、焦っていた。それで30分間を5話にわたって動画配信することにして編集作業を急いだ。みんながみたいものを流すんだ。負い目を感じる必要はないんだ。


 まず奥様のシ―ンを切った。あとを5当分した。そこで固まった。「尾崎、これ見てどう思うだろう」「奥様、こんなんでお金儲けして喜ぶかな」「僕は1回見たからそれで満足しなくちゃな……欲望に切りはない」カ―テンレールに掛けているキスマーク入りのシャツを見て「正しくありたい、これ以上のものが必要か?」と自分に問うた。



 奥様のシ―ンは30分間のDVDにして赤石家に匿名で送付した。


 尾崎豊のコンサートはデータをネットで息子さんに匿名で送信した。


 そしてこれらのマスターデータは灰皿に入れた。


「一本のタバコ吸い終わるまでどれだけ時を無駄できるか、賭けよう♪……」


 一本のタバコを3時間のデ―タ、いや、金のなる木の上でもみ消した。



                 おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

子守唄を歌って 嶋 徹 @t02190219

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ