限りなくゼロに近い神様

らきむぼん/間間闇

限りなくゼロに近い神様

 限りなく0に近い神様

 THE G0D


 占無回

 URANASHI KAI



 針葉樹の森と地平線まで広がる湿原、冷たい風、乾いた土、そして――禁足地。それだけが彼らの住む場所だった。

 私はこの世界を訪れてから、まずその民族と思いのほか自由に言葉を交わせていることに驚いていた。彼らは文字を持たない。狩りとごく簡単な農業、決して立ち入ってはならない「禁足地」に棲む神。それだけが彼らの文化だ。

「お姉さんはどこから来たの?」

「私は……」

 どう答えようかと迷って、結局、嘘のような本当のことを言った。

「遠いところよ」

「ふーん」

 少年はそれ以上尋ねてこなかった。話を聞くと彼は別の集落の生まれだそうだ。

「俺、兄ちゃんたちみたいに狩りが上手くないんだ。だからいつも獲物を持って帰るのは父さんだよ」

 そう言って寂しそうな顔をした。

 私たちは少しだけ言葉を交わして別れた。私がまたここへ来ることを告げると、少年はとても喜んでくれた。それから私のことをずっと覚えていてくれると言った。私も彼をとても気に入ったから、彼が忘れてしまったとしても必ずまた会いに来るつもりだと答えた。

 それから一週間ほどして、私は再び禁足地に足を運んだ。今度は一人で来た。彼に会うためではない。ここに何があるのか確かめるためだ。

 禁足地は相変わらず静まり返っていた。冷たく澄み切った空気の中に微かな獣臭さが漂っている気がする。それは禁足地のどこかにあるという泉の水が原因らしかった。禁足地にはいくつかの湖や沼があり、そこには不思議なことに、かつて水底に沈んだはずの魚たちが棲んでいるのだという。

 しばらく歩いていくうちに、奥の方から何か物音が聞こえてきた。少年だった。

「またこんなところまで来たの?」

 少年は汚れた体を少しだけ手のひらで拭いながら言った。

「気になるからね。この土地に何があるのか」

「長老に聞いたらいい」

 長老とは、この土地の最年長者だ。だが、彼らは基本的にはこの土地、禁足地のことは何も教えてくれない。口にすることも憚られるような、恐怖の対象がここにはあるのだ。

「君以外はここに近づかないよ。誰もここのことは話してくれない」

 少年は困ったように頭を掻いて、それから少し躊躇うようにして口を開いた。

 彼が言うには「禁足地に入ると死ぬ」らしい。昔、この地に住んでいた部族の男が一人、森の中で死んでいたという。男は猟師だった。遺体は近くの村まで運ばれて埋葬されたのだが、数日後、森の奥から男の悲鳴のような声を聞いた村人がいた。驚いて駆けつけてみると、男の妻が地面に穴を掘り返しながら泣いていたのだという。

 その女は、掘り返した遺体を抱きしめ慟哭した。しばらくして、彼女は森の奥地へと消えていった。数日して、彼女もまた森で死んでいるのを発見された。

 死因は不明だったが、彼女の体からは奇妙な形をした火傷の痕のようなものが発見されたという。そして、それこそがこの地に伝わる禁忌の正体なのではないかと囁かれた。

 以来、この地に近づく者はいなくなった。

 少年の話を聞いている間にも、私は自分の中の好奇心が膨らんでくるのを感じていた。禁足地に入ることを禁じる理由はわかったけれど、なぜ彼らが「そこに神がいる」と口を揃えて言っているのか、その理由を知りたかった。

「君は怖くないの?」

 私が問いかけると、少年は不思議そうに私の顔を見た。

「だって、お姉さんだって怖くないでしょ」

「私は、外から来たから」

「……神様なんて嘘っぱちだよ。お姉さんもそう思うでしょ?」

「……そうかもね。ねえ、神様はどこにいるの?」

「俺、兄ちゃんにも父さんにも嫌われているんだ。本当の子供じゃないから。拾われた子供だから。神様を信じないから」

 少年は私の問いには答えずに続ける。

「ずっと前、神様にお願いしに行ったんだ。でも意味がなかった」

 彼の顔を見ると、目だけが笑っていなかった。

「俺は神様の正体を知ってるから、殺してくれなかった」


 翌日も私は禁足地を歩いた。

 昨日と同じように、獣たちの気配を感じ取りながら歩く。

 やがて、小さな池のほとりに出た。水面が凍っていて、陽光を受けてキラキラと輝いている。私はその美しさに見惚れていた。

 ふいに背後から視線を感じた。振り返っても、何もいない。ただ木々と草花が風に揺れるだけだ。気を取り直して歩き出そうとした時、視界の端にちらりと白いものが映った。

 私は急いでそちらへ向かった。

 枯れ木の間からそっと覗くと、真っ白なものが見える。私は思わず生唾を飲み込んでから近づいていった。

 それは人の骨のように見えた。雪のように白く滑らかな曲線を描く骨格、そこから伸びる細長い肢。肋骨にあたる部分だけは少し大きく見えるものの、全体的に見ればとても華奢だ。

 神の棲家に近付いている。私はそう感じていた。


 私は、研究者だった。

 かつては次世代エネルギーの研究室にいたが、そこで行われた研修旅行の最中に、この場所に辿り着いてしまった。あまりに自然に迷い込んだので、最初はすぐに元の場所に戻れると確信していた。しかし、帰り路を捜索しながら森を数日遭難するうちに、仲間が次々と体調を崩していき、ついにはまともに動けるのは自分だけになった。大学から救援はない。スマートフォンはただの小さな薄い板と化した。それでもこの電源すらも入らないテクノロジーの残滓に、私は淡く希望を託している。誰かが途切れたGPSを追って、私を元の世界に連れ戻しに来てくれるのではないか。こうして、この世のものとは思えないほど美しい景色を見ても、私は無機質な人工物に囲われていたい。

 私たちは、少なくとも「ここ」を知らない。

 研修旅行先はこんなにも広大な自然の最中にはなかったし。文明の未発達な民族が暮らす土地ではなかった。明らかにここは、別の世界だ。私はうっすらと気づいていた。ここが過去なのではないか。あるいは並行世界か。なんでもいい。私たちは異世界に迷い込んだのか、タイムスリップしたのか、とにかく元の世界には戻れないのだ、と。

 そして、もう私しか生き残りはいない。


 彼らが信じる「神様」が、本当に人格を持った超越者であるなんて、まさか思ってもいない。私は、彼らの神がただの石ころや大木であっても構わない。今は、好奇心に全てを任せて、この現実を忘れたかった。

 禁足地の奥深くに進むにつれて、寒さが増していくようだった。風の吹く方向に歩みを進める。そして、私は森と湿地と湖を越えて、山肌の露出した「行き止まり」に行き着く。山肌の岩石を左手に、私は先に先に進む。もう、民族の集落には戻れないかもしれない。少年にも会えないかもしれない。それでもなぜか私は歩みを止められなかった。

 しばらくすると、岩石の壁は緩やかにカーブしていき、前方に別の山肌が見えた。

 私は岩の壁と壁の合間の切れ目に足を踏み入れつつあった。

 その時、私は何かを踏んだ。

 靴の裏でジャリと音がして、慌てて足元を見る。そこには、人間の頭蓋骨が落ちていた。血の気が引いて、全身の毛穴が開くような感覚に襲われた。

 この先に進めば、私もこうなるかもしれない。

 それでも足を進めた。きっともう戻れない。それでも、私は神に会うことにした。


 やがて、目の前に大きな洞窟が現れた。中は暗い。深く深く続いていそうなそれは、祭壇の入り口のように装飾されていた。洞窟の入り口がポッカリと口を開けるその上の岸壁には、黄色い塗料で何か記号のようなものが描かれていた。

 私は、膝から崩れ落ちた。

「あああああああ⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 そうか。そうだったのか。

 私はその記号が意味するものに至った。

「ここはどこかの“オンカロ”だ」

 オンカロ――放射性廃棄物の最終処分のためにフィンランドに造られた、巨大な保管施設。一〇万年の封印を前提に建造されたその施設に、私たち研究チームは研修に来ていたのだ。

 私の目の前には、洞窟が口を開けて待っていた。その上の岸壁には、大きく「放射能のハザードシンボル」が描かれていた。

「私が来たのは過去でも並行世界でもない、未来だ⋯⋯」

「それが“神様”だよ」

 ふいに後ろから声をかけられた。振り返ると、あの少年がいた。彼は大きな瞳でこちらを見つめていた。私は呆然と呟くしかなかった。

「そっか」

 ――君は。

「うん」

 少年は嬉しそうな、でも絶望に満ちた顔をして笑った。

 針葉樹の森と地平線まで広がる湿原、冷たい風、乾いた土、そして――禁足地。それだけが私たちの住む場所だった。







あとがき


この小説は、ミステリ研究会「シャカミス」による覆面競作企画にて「宗教」というお題で書いた短編です。

2022年作で、AIのべりすと(https://ai-novel.com/)という人間の書いた文章から続きの文章を生成するAIを相方に書いたちょっと変わった作品。当時のAIでは物語の舵取りはあまりできなかったので、かなり手を入れていますが、AIっぽい部分もあえて残しています。

この企画は覆面だったため、AIとの共作であったことはサプライズでした。今となっては人間の作品と極めてテイストの似た完成品を出すことが可能なAIですが、この当時は最先端のAIのべりすとでも限界があった記憶があります。無限に物語を伸ばすには向いていたのですがオチが作れなかったですね⋯⋯。

読んでいただいた方はわかると思いますが、主人公が自分の正体を明かす辺りからはかなりAIの執筆をガイドする役割に徹しました。幸いオンカロのくだりに持っていくことは決めていたので、やんわりそっちにいくように(笑)


さて、一応言っておきますが、内輪のネタなので正体を隠してAIを使いましたが、これを読んでいる皆さんは自分が書いたと偽ってAIの文章を作品として出さない方がいいでしょう。やるならOKな場所で、OKな範囲で、そして正体を明かしましょうね。

私も説明なしにAIにライティングさせた小説は投稿しないつもりです。


それでは、またどこかで。



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