変わる未来と変わらずあり続けた未来

令月 なびき

変わる未来と変わらずあり続けた未来

 ぼくはこっちに来てまだ日が浅い。

 でも、すでに大事な友人がたくさんできたんだ。


 この週末もみんなで集まって遊んでるんだけど、その中のひとり、ユカさんと2人きりで話す時間があって。


「……そう言えば、ユウくんは普段、ゴハンとかどうしてるの?」


「一人暮らしだし、外食が多いかな」


 ぼくの答えを聞いて、ユカさんは少しはにかみながらこんなことを言い出した。


「私も一人暮らしだから、自炊もするけどつい外で済ませることも多くて。だったら、あの、もしよければなんだけど、今度一緒にゴハン行かない? 一人で食べても味気ないし」


 ぼくはうれしすぎて逆に「う、うん」としか言えず、代わりに音が出るくらい首を何度も縦に振った。


「よかった。じゃあまた来週末にね」


 ユカさんも楽しそうに笑ってくれている。


 

 そんな楽しい時間はすぐに過ぎ去っていく。もう夕方だ。でも、ありがたいことに帰り道はユカさんと同じ方向だから、もう少しだけ一緒にいられる。みんなと別れて2人で歩いていると、彼女はスーパーの前で立ち止まった。


「あの、帰る前にちょっとだけ買い物してもいい?」


 ぼくもついでに買い物をする。2人それぞれカゴに物を入れながら進むと、インスタント食品の陳列棚が目に入った。


「一人暮らしの味方だよね」


 ユカさんはそう言いながら棚の商品を眺めている。

 

 こっちに引っ越してから全く意識してなかったけど、ボクも棚を見渡して初めて気付いた。


「あれ? 赤いきつねや緑のたぬきはあるのに、白いオコジョが置いてないね」


 ユカさんは不思議そうな顔をしている。


「え、白い……なに? 白い力もちうどんならそこにあるよ?」


 聞き返されて、ぼくは言わなくてもいいことをつい言ってしまった。


「白いオコジョと焦げ茶のウリ坊だよ。赤いきつねと緑のたぬきの姉妹品で……」


 そこでボクは気付いた。慌ててごまかす。


「あ、なんでもない。ごめん、忘れて。それよりほら、買い物があるんでしょ」


 ユカさんはとても不思議そうな顔をしている。ぼくが必死になって何とか話をそらすと、ユカさんは野菜コーナーに向かってくれた。ふう。ぼくは一息つき、こっそり端末を取り出して確認してみる。



 ……やっぱりそうだ。


「しまったなあ、白いオコジョと焦げ茶のウリ坊の発売はもう少し先の未来か」


 来週末が楽しみすぎて、ついガードが緩くなったみたいだ。


 ボクは時間旅行者。好奇心からこの過去の世界に来たけど、未来から来たことは秘密にしておかないとね。



 ……しかし、まだこの時代には売ってないのか。あれも美味しいんだけどな。


 ボクは赤いきつねと緑のたぬきを買い込む。頭の中ではそれらにお湯を注ぎこむイメージが流れる。

 

 うん、美味しそうだ。


 でも、折角なら今の時代では食べられない他の2種類も食べたくなった。食べたいときに食べられないのはつらい。



 ボクは未来にある実家へ帰ることにする。


「ユカさん、ちょっと用事を思い出してさ。明日から2~3日、実家に帰ってくるよ。あ、週末には戻ってるから」


 ユカさんは興味津々で聞いてくる。


「あ、そう言えばユウくんの実家ってどこ?」


「え、あの、それは……」


 いつもならうまく対応できる質問なのに、今日はさっきから気持ちの上下が激しすぎて、ついしどろもどろになってしまった。それに、大事な人に対して嘘はつきたくない。


 その間もユカさんのツッコミが的確にぼくを捉える。


「さっきから変だよ。ねえ、何か隠してる? 白いオコジョって何? 焦げ茶ってことは焦がし風味なの? 答えてよユウくん。……え、すっごい汗。どうしたの大丈夫?」


 ボクは目がぐるぐる回りだした。


 

   ◇



「……というのがきっかけでお父さんとお母さんは付き合いだして、結婚にまでこぎつけたんだよ」


 そう語るぼくを見て、まだ幼い子供たちが笑っている。


「お父さん、その話は去年も聞いたよ。赤いきつねや緑のたぬきを食べるとき、決まってその話するんだから」


 今、ユカさんと出会ったときから100年後の未来にいる。ユカさんも、そしてぼくとユカさんの子供たちも。


 今日は大晦日だ。年越しそばとして緑のたぬきを食べるのが我が家の慣例になっている。そのとき、昔話を、ぼくにとっては数年前の話だけど、100年の時間を隔てた昔話をするのがぼくの癖だ。



「ねえ、ユカさん聞いてるの?」


 ぼくは奥さんとなったユカさんに話題を向ける。   

 あの時、ぼくの勘違いがなかったらこの未来はなかったのかな。目の前にいるユカさんを見て、不思議な感じがする。



 そのとき、除夜の鐘が鳴った。


 その音を聞きながら、ユカさんは手に持っていた緑のたぬきをテーブルに置くと呟いた。

 

「未来に来て、色々と変わってることが多くてびっくりするけど、この世界にも除夜の鐘の風習が続いてるのって素敵ね。あと、……未来でもあの頃と全く変わることのないこの味わい。すごい」



 除夜の鐘が全て鳴り終わった時、ユカさんはぼくのほうに体を向けると、急にかしこまってこう言った。


「明けましておめでとう。これからも変わらずよろしくね。ユウくん」

 

 いつの間にか深夜0時を過ぎていた。

 ぼくもあいさつを返す。


 今年もまた良い年になりそうだ。

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