第5話 待ち焦がれていた春が
母が亡くなってからもう三十年もたつというのに、あの頃のことが昨日のことのように思い出され、久しぶりに涙を流すことができた。荒井浜に行くたびに心から愛した人の記憶が蘇り、新発田の街を車で走らせるたびに子供の頃のことや母とのことが自然と浮かんでくる。懐かしい歌を聴くたびに過去の記憶が蘇るように、土地もおなじように記憶を呼び起こす、自然界の録画機器なのかもしれない。
ベッドで横になっていると、私の愛猫であるミャーが私のおなかのうえに乗ってきた。遊んで欲しいのか、甘えたような鳴き声で、ニャアニャアと鳴く。そんなミャーと出会ったのは、十二年まえのこと。故郷で墓参りをしたあと、荒井浜近くの駐車場でしばらく休んでいたときだった。どこからかミャーミャーと、どこか物寂しげな猫の鳴き声が車の下から聞こえてきたのだ。外にでてみると、よろよろと倒れそうな子猫がでてきて、私の足にしがみつき、そのままぼくの肩まで登ってきて、そのまま離れないまま眠ってしまった。近くに人家はない。捨て猫なのだろうか。私は母の命日に出会った子猫になにかしら強い縁を感じ、一緒に暮らすことにしたのだ。結婚をせず、子供もいない私にとって、ミャーは子供のような存在になっていった。
「ミャー。おまえは年をとっても皺がみえなくていいな」
そう話しかけると、ミャーは私の顔をぺろりとなめた。猫の舌のざらざら感が心地よく感じられた。
私はベッドから起き出し、そのままミャーと部屋の窓から外をみていた。栗色の空がしだいに青みをましてきていた。待ちこがれていた春が、もうすぐ、もうすぐにもやってくる。
ミャーを抱きあげると、どこからか潮の香りがしてきたような気がした。
(了)
碧き香り 星谷光洋 @iroha13
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