朝日に感謝を
軍人の1日は朝が早い。それは一般兵はもちろんのことだが、彼らの上に立つ僕たち幹部も例外ではなくて。
目覚ましに起こされるまでもなく、長年の習慣で一定の時刻になると自然に目を覚ます。
ほら、今日だって。しみついた習慣というものはなかなか抜けてくれない。まぁそのおかげで遅刻する心配もないのだから、別段気にする必要は無いのだけれども。
カーテンを開けて見えた窓の向こう、頼りなくこちらをうかがう朝日に向かって「おはよう」と言いながら体を伸ばす。
「う~ん。今日の業務はなんだったっけ」
まだ夜の黒と混ざり合うようにして顔を出す太陽を見ながら割り振られた予定を思い出そうとするが、眠りから覚めて間のない頭は働いてくれない。太陽はしっかりと仕事を果たしてくれいているというのに、どうしたって僕の頭はこんなにも怠惰なの? なんてね。
ゆっくりと昇る日を見やる。
誰もでに当たり前にやって来るその朝日。
けれど、僕はそれがどれだけありがたいことかをよく知っている。明日の朝日が当たり前に訪れるものではないことかを、理解している。
命というものは存外あっけなくて。小さな鉛玉1つで、ちょっとした事故で、なんてことない殺意で、ふいに振るわれる鉄の刃で、簡単に奪うことができるのだ。
知っているからこそ、奪ったという経験があるからこそ、奪う事で自分たちの明日を得た僕たちは忘れてはならないのだ。なによりも軽い、なによりも重い『命』を。
「今日もよろしくね」
いつの間にか日課として日々のルーティンに組み込まれていた太陽への挨拶を今日も口にする。別に太陽自身に届いているだなんて微塵も思っていないけれど、それでも僕の、僕らの背負うべきものを忘れないために。
「……着替えよっと」
くるりと窓に背を向けてクローゼットに近寄る。常であれば朝食を摂ったあと自室に戻って来るため、朝食時は軽装でダイニングに赴くのだが、さきほど思い出した予定だと今日はハードスケジュールの予定だ。ちょっとしたタイムロスも極力減らしたい。
ということで、いつものラフなシャツとスラックスではなく、幹部としての僕であるために仕事着に身を包む。
実は幹部1人1人デザインの違う、幹部専用の完全オーダーメイドの軍服を建国後しばらくジークに贈られているのだが、アレを仕事着として身に着けている者は誰もいない。決してデザインが悪いとかではなく、ただ、なんというか。アレは特別な服という認識が強くて、皆なかなか袖を通せないのだと思う。実際、僕もそうだし。
よって幹部たちは仕事着として各々が自由な服装をしている。
フォルカーはちょっとよれたスーツを着崩して、クルトはベストにループタイを巻き、ロドルフは武器を仕込むポケットがたくさんある改造パーカーを纏い、ウィルバートはカッターシャツに白衣を羽織、ハリマンはシャツと白衣というシンプルな身なり。皆して自由な格好をしてるでしょ?
多分、この軍で普段から軍人らしい服装をしているのは僕とカイ、それからジークフリートだけだと思う。
カイは折襟のジャケットにベルトを締めた、まるでお手本のような着こなし。ジークは開襟のジャケットにカイとお揃いのベルトを締め、飾緒と装飾を散りばめたコートを肩に揺らし威厳と風格を体現していて。
僕はといえば、軍人にしては貧相な体を隠したくて、オーバーコートのようなデザインの服で体格をごまかすようにしている。ちょっと昔に顔や体のことで舐めてかかられたことがあったから、少しでも何とかなればいいな、と。でもあまり意味がなくて「女男」なんて言葉を何度も耳にした。まぁ、そんなことを言うやつには、そのたびに制裁という名の拳で対抗してきたのだけれど。
ズボンに足を通し、薄手のシャツを身に着けコートで体を覆い隠す。仕上げに腰のあたりに細かな刺繍の施されたサッシュベルトを巻き付けて。
「うん、今日も完璧!」
クローゼット横の姿見の前でくるりと一周すると、僕の動きに合わせてベルトの余りがふわりと揺れた。風が吹くたびにゆらゆらと揺れるベルトは「鬱陶しい」とカイに苦言を呈され、「緊急時とか危険じゃない?」とフォルカーにも首を傾げられたが、僕は仕事着にはこれだと譲らなかった。なぜかって?
ここだけの話なんだけど、町に繰り出したら時々、揺れるベルトに子供や小動物が寄ってくることがある。その様子がどうも可愛くて。やめられないんだよね~。
さて、ブーツの紐も結べたことだし、そろそろダイニングに向かおうかな。護身用の小さなナイフと小銃をしまい込みながら思案する。確か今日の当番はクルトだったっけ。
じゃあ安心だ。彼の作る料理は幹部たちにことごとく酷評を受けているが、包丁の握り方も知らない僕からすれば作れるだけで凄いし、クルトは僕とは違ってキッチンを爆破させたりはしないから。うん、一安心。
加えて彼の淹れるコーヒーや紅茶は、マイスターを名乗れるくらいに美味しい。もう毎日クルトに淹れてもらいたいくらいには彼の腕前に惚れ込んでいる。
「さて、と」
髪も整えたことだし、準備は万端。
ガチャリ
扉のノブを回して廊下へ飛び出る。まだ皆は部屋にいるようだが、一足先にダイニングに向かおうか。
カツ、カツ
長い廊下と、どこまでも続いているのではと疑いたくなるほど多い階段を行ったり来たりして、ようやくダイニングが見えてきた。仮にも軍人のため基礎体力はあるのだが、それでも朝一番のこの長距離移動は辛いものがある。しかし、これだけ広いと敵が入り込んできても一筋縄では目標にたどり着くことができない、という利点もあるため泣き言ばかり言っていられないのだけれども。
カツ、カツ、トンッ
大きな両開きの扉の前で足を止める。扉越しにいい匂いがふわりと鼻腔を擽り、ついつい鼻歌を歌ってしまいそうになる。
「いい匂いだなぁ」
くふくふと笑いながら扉のノブに手をかけた。
ガチャリ
「おはよう」
すでにダイニングに集まっていた幹部たちに挨拶をする。さて、今日も慌ただしい一日の始まりだ。
自由の国の日常は 幽宮影人 @nki
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