南は真理奈と
愛憎の
しかしその胸中がすぐさま、どす黒い煩悶へと移り変わっていくのが、面会室のアクリル板越しに接見中の弁護士である私にもわかった。
「僕はこの手で亜季を自分のものにしたはずなのに、彼女はどうして僕から離れていったんだろう。ねえ、真理奈さん。君はずっと僕の恋人でいてくれるよね? 僕のことを忘れたりしないよね?」
切実な視線を投げかけてくる彼を前に、私は大きく鼻からため息をついて、それから諭しにかかった。
「南さん、あなたと木下亜季さんの間に起きたことのあらましはわかりました。まず、大事なことを言っておきますね。
亜季さんは――あなたがストーカー行為を行った女性は、あなたがナイフで刺したために亡くなりました」
「えっ、亜季が……?」
「ストーカー被害に悩まされていたとはいえ、限界まで冷たい彼氏として振る舞うことを強要し、あなたの気持ちを踏みにじった被害者にも少しの落ち度は認められますから、情状酌量の余地はあります。公判の争点はそこになるでしょうね」
思っていたとおり、そんな言葉は彼にとってなんの足しにもならないようだった。
期日まで時間的にそれほど余裕がない。
うつろなようすの彼の眼をとらえて、私は大切なことを畳みかけていく。
「あと、私はあなたの恋人ではありません。弁護人です。下の名前で真理奈さんと呼んでもらうことは、別に構わないですけどね。
あなたが裁判に向き合うようすが見られないから、先日は『とりあえず私に付き合って』と言いましたが、あなたの裁判の主役はあなたですよ」
混乱をきわめる彼に次々と現実を突きつける私は、客観的に見たら鬼でしかないだろう。
相手が重い罪を犯していようと、忘却した負の記憶を強制的に取り戻させるのは、いつだって残酷なことだ。
けれども、次に放つ一言で、私は彼の救世主となる。そんな予感があった。
「南さんは最初に、『僕はこれからどんな僕でいたらいいかな』と私に尋ねましたね? お答えします。今後、あなたは自分が犯した殺人の罪を、一生をかけて償わなければなりません。命を奪ってしまった亜季さんのことを、日夜を問わず考えに考えてもらいます」
南被告がはっと顔を上げた。
付きまとってくる彼を「冷たい彼氏」にすることで懐柔しようとした彼女は失敗したが、私ならきっとうまくやれるだろう。
彼女を殺したことを都合よく忘れ、「冷たい人」に成り下がった彼を、私は今、弁護士として
「あなたはもう、冷たい人であることは許されなくなりました」
切り替わった彼の表情を見て私は、私たちが今やっとスタートラインに立ったことを知った。
冷たい彼の手懐け方 布原夏芽 @natsume_nunohara
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