お姉ちゃんと食べる赤いきつねと緑のたぬきは極上の味わい

桃もちみいか(天音葵葉)

姉妹のハレの日

 私はキッチンに立った。

 赤いきつねと緑のたぬきに、ケトルに沸かした熱々のお湯を注ぐ。

 じわじわっとスープの粉末にお湯をかけると、早くもお出汁の良い香りが立って、食欲をそそる。

 湯気がすでに、美味しそうな演出をしている。

 これは私とお姉ちゃんとで分けて食べるんだ。


 私の鼻がグスンと鳴る。

 風邪じゃない、花粉症でもないから。

 涙がひとしずくテーブルに落ちて、私は慌ててゴシゴシと目の下を指でぬぐった。

 駄目じゃない、私。

 ちゃんと笑顔でいようと思ったのに。

 明日はお姉ちゃんのお祝い、ハレの日、結婚式なんだから。

 笑顔で見送ろうって決めたじゃない。


 私とお姉ちゃんは両親が亡くなってからというもの、姉妹二人で寄り添ってがんばって生きてきた。

 年の離れたお姉ちゃんが私の親代わりになってくれた。

 そりゃあ私だって出来る限り家事をやったりしたけど、なんでも器用にこなしちゃうお姉ちゃんには敵わない。


 お姉ちゃんは私の憧れ。


 時には頑張り過ぎちゃうお姉ちゃんは私のために無理をして、風邪をこじらせてしまうことがあった。

 そういう日は、お姉ちゃんにはちゃんと休んでほしくて。


 ――思い出すのは、あの日。

 小学生の私は妙に張り切って、お姉ちゃんの看病をしたっけ。

 お姉ちゃんの役に立ちたくて。


 私はエプロンをつけて、気合を入れた。

 掃除にお洗濯に洗いもの、お姉ちゃんみたいには手際よくは出来なかったけど、私なりに一所懸命やったんだ。

 でもね、一人で慣れないことをしたものだから、情けないけどへとへとに疲れちゃって。

 もう、私には晩ご飯を作る体力も気力もなかった。

 シュンとする私にお姉ちゃんは「ありがとう、偉いね」って褒めてくれたの。


「キッチンの棚に赤いきつねと緑のたぬきがあるから、今夜はどっちか好きな方を食べたらいいよ」


 私は、赤いきつねか緑のたぬきにするか、どっちを食べるか決められなくて。

 お姉ちゃんとはんぶんこしたの。

 すっごく美味しかったな〜。


 それからことあるごとに、私達姉妹は赤いきつねと緑のたぬきを食べた。


 毎年の年越し、私が初めて彼氏ができた時も失恋した日も、私はお姉ちゃんと一緒に赤いきつねと緑のたぬきをはんぶんこずつにして食べたんだ。

 小さなテーブルについて、お姉ちゃんと出来立て熱々をフーフーしながら食べると、嬉しさは二倍、失恋の悲しさは半分になった。


『ミキちゃんとアキちゃん、いつまでも仲良くね』


 ママ、心配しなくても、お姉ちゃんと仲良くしているよ。

 私達、喧嘩なんかしたことないもん。安心してね。

 まあ、お姉ちゃんが我慢してくれてたのかもだけど……。


 お姉ちゃんは「アキも一緒に住もうよ」って言ってくれたけど、旦那さんとお姉ちゃんのお邪魔になんかなりたくないよ。

 私は春から花の女子大生になるから、うん、大丈夫。

 大学に行けるのは、頑張って働いて私の面倒をずっと見てくれたお姉ちゃんのおかげだよね。

 それにさ〜、お姉ちゃんの新居、ここのアパートから目と鼻の先じゃん。

 うふふ、どんだけ過保護なのよ。

 旦那さんにシスコンって言われてない?


 結婚式、楽しみだよ。

 すっごく、楽しみだよ。

 あ〜、やばいな。お姉ちゃんの花嫁姿を見たら、涙が止まんなくなっちゃうかも。

 今までありがとう、お姉ちゃん。

 これからもたまに頼っていい?

 でも、なるべく迷惑とか心配とかかけないようにするからね。

 お姉ちゃんもなんかあったら、たまには私のことも頼ってよね。


「お姉ちゃ〜ん、赤いきつねと緑のたぬき、出来たよ」

「は〜い」


 お姉ちゃん、おめでとう。



       おしまい


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お姉ちゃんと食べる赤いきつねと緑のたぬきは極上の味わい 桃もちみいか(天音葵葉) @MOMOMOCHIHARE

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