おみやげ
気がつくとゆみは見覚えのある墓場にいて、今にも地面に落ちてしまいそうな墓石を受け止めていた。それは驚くほど軽くて、自分の力以上の力が働いているような気がした。今までか誰か違う人と話していたような気がしたが、それどころではなかった。とりあえず、その墓石を元に戻すと、
「塔矢なかなかやるじゃん」聞き覚えのある声がする。
「荒井君!?何してるのこんなとこで?いつ中国から帰ってきたの?」ゆみは自分の目が信じられなかった。
「お前が俺を呼び出したんだよ。もう忘れたの?それに俺はいつ中国にいったんだよ?今日のお前はほんとどーかしてんな。どっかに行っていたのはお前のほうだよ。どこに行ってたんだよ?急に学校来なくなって心配してたんだぜ。それに何そのビニール袋?さっきまでそんなもん持ってなかったのにさ、お前手品もできるのか?」荒井君が笑っている。
「へぇっ?」ゆみは身に覚えのないビニール袋をぶら下げていた。そして、誰かにこのビニール袋をもらったことがゆっくりと思い出された。死神だ!そうだ、私は切れ目に飛びこんだんだ。あっ確か、この日は確か墓場で荒井君に告白しようとした日だ。それじゃあ、私は切れ目を使って過去に戻ってきたってこと?荒井君も中国に行ってないみたいだし。ってことは、春ちゃんはまだ生きてるってこと?
「春ちゃんは?」荒井君に聞いてみた。
「あいつならさっき相撲部と柔道部の奴らと一緒に、ゴミ捨て場からタンスとフロをグラウンドに運んでるとこを見かけたけど。今夜のタヒチアン・ナイトの焚火で景気よく燃やすんだとさ。あいつもほんとよくやるよね。俺も今夜は楽しみにしてっから、お前のタヒチアンダンス!みんな噂してたんだぜ、お前は学校さぼって、タヒチでダンスの修行をしてるって」春ちゃんは生きている。死んでいない!相撲部と柔道部をこき使って、タンスとフロをグラウンドに運んでいるって、一体どういうこと?それに私がタヒチアン・ダンスを踊る?あの日の出来事がぎゅっと今日一日に凝縮されたみたい。それじゃあクソ87は?
「クソ87はどうなったの?」
「クソ87?何それ?」
「みんな鼻くそで大騒ぎしてなかった?世界中でさ、都市封鎖したり、外出禁止になったり」
「お前さー、今日はほんとにどうにかしてんな?鼻くそぐらいでそんなこと大惨事にはならないよ。時差ボケでもしてるんじゃねーのか」
死神がうまくやってくれたってこと?きっとそうだ。そうじゃないと、説明がつかない。あっ!違うんだ。クソ87はこの時まだ始まっていないっこと?そうならどうにかして荒井君が中国に行くのを止めなきゃ。でも一体どうやって...ゆみは死神からもらったビニール袋のことを思い出した。あっ!もしかしたら、この中身は、
「荒井君、私ね、タヒチからの帰りにちょっとだけ中国でトランジットがあって時間があったからさ、これを荒井君にお土産にと思って持ってきたの」ゆみは荒井君にビニール袋を手渡した。荒井君がビニール袋を受け取って、中のモノを取り出した。それはステンレススチールでできた近未来からやってきた弁当箱のようであった。中心にあったボタンを押すと、プシューっと音がして蓋が取れ、あたりにはエキゾチックな匂いが広がった。
「荒井君、マーボ豆腐好きでしょ?だから私ね、
「おー、すげーっ!俺がマーボ豆腐好きってことがよくわかったな。誰にも話したことなかったのに。まぁいいや。それにしても、すごいな、まだ熱々で出来立てみたいだ。すげーなこの弁当箱。冷める前に食っちまおーっと」荒井君はマーボ豆腐を添えつけられていたレンゲを使って口にいれた瞬間に、とても気まずそうな顔をした。
「無理して食べないでいいからね」ゆみが嬉しそうにそう言うと、荒井君は走って茂みの方へと行って、口に合ったモノを全てぶちまけた。
「これはあり得ないって、こんな辛いモノをあっちの人間はうまいと言うのか?ちょっと俺には無理だ。さっきまで学校辞めて中国に行こうと考えてたんだけど、甘かったわ。いやー、でもほんと良かった本場の味を知ることができて!ありがとな」ヒーハーヒーハーしながら荒井君が言った。
「あのさ荒井君、今日はなんで私がここに荒井君のことを呼び出したかわかる?」もしも、今日があの日であるなら、ゆみは荒井君に告白しようとしていたことを思い出した。
「大体は見当がつくけど、ちょっと待ってくれないか。俺も自分の気持ちを整理したいんだ。この続きは今夜のタヒチアン・ナイトでな!」そう言うと、荒井君はどこかへ言ってしまった。ゆみは思いを伝えることができなかったが、全然気になどしなかった。荒井君の中国行きを止めることができたし、春ちゃんだってまだ生きてるから。春ちゃんに無性に会いたくなったので、学校に向かった。
春ちゃんはグラウンドの真ん中で男子たちと焚火を組んでいた、かなり大きな焚火になりそうだ。不思議なことにタンスとフロが焚火の中央にドーンと置いてある。ゆみを見つけた春ちゃんが笑顔で近づいてきて、ゆみの両手を優しく包みこむように握った。
「おかえり、ゆみ。大変だったけど、あんたよくやったわ」全てを理解しているような口調で春ちゃんが言った。
「春ちゃんには全てわかっているの?」
「私ねとっても不思議な夢を見たの。この場所でタンスとフロが景気良く燃えていてね、みんな本当に楽しそうに踊っていたの、私が唄う唄と一緒に。まるで本当に起こっているようだった。その夢の中で私は死んじゃうんだけど、あんたが助けてくれたの。だからほら、私がここにこうやっているでしょ。お礼の意味もこめてさ、あの夜の焚火をここで再現するの。ちゃんと学校側の許可も取ってあるし、警察が来て、私を撃ったりなんかしないから」春ちゃんが全てを見抜いているようなウィンクをした。
一度うちに帰って着替えたゆみは、暗くなってから学校に戻ってきた。ごうごうと燃える焚火の横で、荒井君が何かをしている。
「何しているの?」
「お前のためにマーボ豆腐作って来たから、それを温めているんだ。ほら食べてみろ」受け取ったマーボ豆腐はとてもおいしかった。ほどよい辛さで、脂っこくない、日本風味のマーボ豆腐。嬉しさが胸いっぱいに広がった時、春ちゃんの唄が始まった。
「荒井君、一緒に踊ろう!」二人は手を取りあって、ごうごうとタンスとフロが燃える焚火に近づいていった。
モエル・タンストフロガ 財前 さとみ @zaizensatomi
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