サイカイ

  終わりは突然やって来た。グラウンドの照明が一斉にパッと点灯されて、LEDライトが目に突き刺さって、目がくらむ。目が慣れてきて、ライトの方を見ると、たくさんの人が立ち並んでいた。その中の一人の男が拡声器を使って話し始めた。

 

「君たちは何をしでかしたかわかっているのか?外出禁止令がだされている

上に、学校に無断で侵入して、どんちゃん騒ぎをしているとは何事だ!ここにいる全員を不法侵入の現行犯で逮捕する。逃げようとなど決して考えないように、お前らは完全に包囲されている。無駄な抵抗はやめて、おとなしくしなさい」近所の誰かが通報したのだろか?始まって一時間もたたないうちに警察が横やりをいれにきた。外出禁止令がでているので暇なのか、警察署にいる警察全員が来ているようにも見える。


「みんな、大人しくしてて、ここは私が話をつけてくる。あんな奴らは鼻くそ以下よ。心配しないで、きっとうまくいくから」そう言うと春ちゃんは、警察がいるほうへ向かって歩き出した。


 春ちゃんは一歩一歩ゆっくりと警察との距離を縮めていった。人差し指を一本だけ突き立てて天に向かって指さし、さっき大声で唄ったせいで、ガラガラになった声で話叫んだ。


「ここから先は一歩も通さないからね」自信ありげに春ちゃんは言い放った。人差し指はまだ天を指さしている。


「警察を舐めているのか?」男が拡声器を使って言い返す。


 天に指さされていた人差し指が、90度振り下ろされ、拡声器を持っている男を指さした。そしてその人差し指を自分の鼻腔へと突っこんだ。


「私が今何をしているかわかる?鼻くそをほじっているの。ただの鼻くそなんかじゃないからね。黄色い鼻水もたっぷりとついた特別な鼻くそよ。少しでも近づいてみなさい、これを投げつけるからね!」クソ87が流行りだす以前なら、こんなことでびびってしまう警察ではなかったが、この春ちゃんの異常な行動には心底しんそこ震えあがってしまった。黄色い鼻水がたっぷりと付着した鼻くそ。そんなものには近づきたくない。もし少しでも触れてしまい、クソ87に感染したら大変なことになる。同じ警察署内でもつい最近、一人の警部補が勤務中に鼻くそをほじっていたのが発覚し懲戒免職ちょうかいめんしょくとなっている。現場一帯は騒然そうぜんとなった。


「おいっ、誰かあの狂った女を捕まえてこい」拡声器男が威張いばって命令するが、誰も動かない。拡声器男は自分の威厳いげんを保つために、腰にぶら下げている、警察権力の象徴しょうちょうである拳銃に手を伸ばし、それを震えている右手で春ちゃんに向かってかまえた。


「君がやっている行為はテロ特別措置法におけるテロ攻撃に該当がいとうする行為だ。少しでも動くと撃つぞ。早くその指を鼻の穴からだして、地面に伏せろ!これ以上近づけば発砲もやむを得ない」それらしい理由をこじつけて、春ちゃんを説得しようとするが、春ちゃんは言うことを聞かない。それどころか、この修羅場しゅらばを見ていたゆみたちも、春ちゃんと同じように人差し指を鼻腔に突っこんで、春ちゃんのそばに駆け寄ってきた。


 ズキューン。銃声は鼓膜こまくに突き刺さるような激しい音がした。拡声器男は震えを抑えようと思い、右手に力をいれた。すると震えはより一層激しくなり、あろうことか高校生に向かって発砲してしまった。あまりの出来事にみな、腰を抜かして地面に伏せたが、春ちゃん一人だけ立ったままが、口で何かをボソボソつぶやいている。耳を澄ますと、さっきまで唄っていたあの唄のようであった。


 ゆみが地面から頭を上げ、春ちゃんのほうを見ると、あろうことか彼女の左胸のあたりが真っ赤になっており、銃弾は女神の胸にちゃんと命中していた。春ちゃんはゆみに向かってほほ笑むと、ひざから最初にくずれ、そしてそのまま顔面から地面に倒れた。


 ゆみには時間が止まったように思えた。体を動かそうとしても全然動かない。


「時間を止めました。少しあなたと話がしたくて」聞き覚えのある声が聞こえる。よく見るとそこにはあの時、墓場で出会った死神がいた。


「死神っ!あんたまさか、春ちゃんを連れに来たの?」どうやら口だけは動くようであった。


「そうです。これだけは私にはどうすることもできません。ここ最近は秒刻みで仕事をしていて、あなたのお友達が大変な目にあうことを事前にお知らせすることができませんでした。それにあなたは私を一度もお呼びにならなかった」


「だって、あんたの言ったことが本当に起こるとは思わなかったし、あの日のことも幻覚だと思っていたわ。今こうしてあんたと再開するまではね。あんた死神でしょ?どうにかなんないの?」


「それも全てあなた次第です。私も一応死神ですので、できる限りのお手伝いはします」死神はそう言うと、ゆみのそばにやって来て、何かがはいったビニール袋をゆみに渡した。


「このビニール袋の中に入っているものは後で役に立ちますので、是非お使いください。バカは死んでも治らないと言いますが、それは違いますよ。バカは死んで死神になって、少しはましになるが正しいです。私はずっと考えていました。どうして死神になってしまったのかを。そして、あなたと出会ったあの日に気がついたのです。私は死神になる前は、荒井という名の若者だったことに。私が中国からメールをあなたに送った日のことです。あのメールを送った直後に私は自らの命を絶ちました。自分のバカさ加減と、外国で生活するという重圧に耐えかねて。どうして私が死神に選ばれたかまでは、神のみぞ知ることなのでわからないですが、きっと私に死というものを通して、生きるということがどれだけとおといかを学ばせる機会を与えてくれたのでしょう。死神になって時空を超越ちょうえつした存在になった私は過去、現在、未来を自由に行き来し、それはもう本当にたくさんの死に直面してきました。覚めることのない悪夢をずっと渡り歩いている感覚です。一時期は本当に死にりつかれて、必死になって死を集めましたが、何も満たされませんでした。生きている人間のその神秘的な姿に、何度も嫉妬しっとしたこともあります。たくさんの死を集めれば生き返ることができるかもしれないと思ったこともありますが、自分の犯した最大の過ちは、二度と取り返しのつかないものだったことを、死んだこの身をもって実感しました。この世で一番生に執着しゅうちゃくしているのが生きている人間ではなく、死んでいる死神だから不思議ですよね。恥ずかしい話ですが、死神の中には悪い奴がいて、人間をそそのかして、いろいろと悪事を働く輩もいます。死に魅了みりょうされ、生きているうちから死神のようになっている人間もたくさんいます。そういうたぐいの人間は、死を恐怖としてたくみに利用し、死をまるで商品を扱うかのようにもてあそんでいます。まさに死の商人です。死神がお手上げするぐらいに、死に貢献こうけんしています。死に没頭ぼっとうするあまり、生きていることを忘れて、死の商人の言いなりになってしまっている人間もたくさんいます。あなたもそれは十分に経験してきたので、お判りだと思います。しかし、最終的にはそれも全てその人間次第なのです。人間には精神性が生まれた時からそなわっています。その精神性をちゃんと使うことができれば、くだらないたくらみを見抜くことぐらい簡単なことです。ここに集まっているみなさんがそれを一番理解しているはずです。しかし、悪い輩はその精神性を汚すことが得意で、今の世の中は顕著けんちょにその傾向けいこうが見受けられます。情報をいいように操作そうさして、精神力の弱まった人間を、死という恐怖をちらつかせて操ることなど朝飯前。一切の精神性を排除はいじょした社会を、死の商人たちは築き上げようとしています。そんな、死の商人が恐れるのが、精神性を取り戻した人や、あなたたちのような純粋無垢じゅんすいむくな若い人々です。若い人間は生きることに必死で、死をまったく直視ちょくししていません。恐れを知らぬ人間ほど恐ろしいものはありません。さっきの春さんを見て何か感じませんでしたか?ここに集まっているあなたの友達からも、特別な思いが伝わっているのではないですか?そういう人々には死の商人がどんなにがんばって宣伝をうっても、聴く耳を持ちません。鼻くそをどんなに怖いものにしようとも、それは所詮しょせんはただの鼻くそでしかない、それでいいんです。さいはとうの昔に投げら、人間一人一人の手ににゆだねられた。話が長くなりましたが、私はただあなたとテキーラみたいな熱いキスをして、私があなたを強く抱くことができたのに、それができないのが心の底から悔しくて、死んでいるのに死にきれない思いがするのです」


「何言っているのか全然わかんない。それに私は荒井君からメールをもらった後も、電話で話したよ。あれは一体どこの誰だったの?」


 死神がにこっと笑った。


「あの電話の相手は私です。つまり、死神になった荒井。ただあなたに心配されることが嫌だったのと、クソ87という茶番に気がついてほしかったのです。それでは、あまり時間もないので、始めましょう」そう言うと、死神がぼそぼそつぶやき始めて、死神の周りがもやもやっとし始めた。


「私が持つ全ての力を使って、時空間に切れ目をいれます。あなたはただその切れ目にお入りください」死神の周りのもやもやが黒くなり、死神がどんどん薄くなってくる。ゆみの体は自由を取り戻し、動けるようになった。


「あんたはいったいどうなるの?それにこの切れ目の向こうにはなにがあるっていうのよ?」何が何だかわからなくなってしまったゆみが死神に問いかける。


「どうか私を信じてください」その言葉を残し死神は完全に消えた。そこには黒い切れ目だけが残っている。その切れ目も最初は死神ぐらいの大きさがあったが、どんどん縮んでいる。


「あーもう全然わかんない!」ゆみは切れ目に飛びこんだ。

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