モエル・タンストフロガ

 フォークダンスなぞ踊ったことなんてなかったが、今はとにかくがむしゃらに踊りたかった。土砂降どしゃぶりの中で踊り狂っている夢を何度か見たことある。水が空から大量に押し寄せ、滝のすぐそばで昼寝をしている感じで、激しい轟音ごうおんが聞こえる。一度タヒチの女性が激しいドラムの音に乗りながら体全体で軽快に踊っているのを、何かの映画で見たことがあって、その影響かもしれない。今もたまにその踊りの真似事をしていた。踊るならこれしかないと思い、曲をプレーヤーに入れた。

 

 家からこっそりと出かけるのは意外なほどに簡単であった。いつも夜の七時ごろに夕飯を食べ終え、それ以後は自分の部屋にこもりっきりになるし、両親はクソ87の影響で最近から、ゆみと距離を取るようになっていた。今日は疲れたから、早く寝るとだけ伝え、部屋に戻るふりをして、堂々と玄関から外へと飛び出した。


 外出禁止のお陰で外の世界は信じられないほどに静まりかえり、静寂せいじゃくの中で真冬の冷たさだけがより一層際立った。雲一つない夜空には星がきらめき、んだ空気を吸いこむと、真冬の冷たさが全身に行き渡り、ゆみの体はひゅっと引き締まった。体を温めるために、ゆみはもくもくと立ち昇る白い息を蒸気機関車のように吐きながら、秘密の集合場所へ駆け出した。


 目的地に到着すると、意外にもたくさんの人がいたのに驚かされた。久しぶりにみる人の群れ、見覚えのある顔、聞き覚えのある声、これだけでものすごく嬉しくなった。長い時間孤独にさいなまれていたので、人が持つ暖かい気持ちがそばにいるだけでじんじんと伝わってくる。夜の暗さの中でもそれぞれの目には希望の炎が宿っていてキラキラ輝き、ゆみがここまでに無事にたどり着いたことを優しく迎えてくれた。


「ゆみ!!」春ちゃんがゆみを見つけて駆け寄ってきた。


「春ちゃん!!」ゆみは何かを言おうとしたが、全然言葉にならなかった。荒井君に告白した時とは違うまた別の熱を持った感情が、言葉による抽象ちゅうしょう的表現をさまたげ、ただもうボロボロと涙をこぼすことでしかでしか表現できない。春ちゃんも顔をぐしゃぐしゃにして泣きながら、ゆみとしっかり抱き合って、お互いの無事を確認しあった。


「寂しかったね。こんな若くにこんなつらい経験をするとは考えもしなかったよ。ティーンエイジャーからフレンドを引き離すなんて残酷ざんこくすぎるよ。私たちには他には何もないんだからさ」気持ちを落ち着かせた春ちゃんが優しく耳元でささやいた。


「あーっ!!フォークダンスの曲の入ったプレーヤーを家に置いてきちゃった」急にはっと我にかえったゆみが叫んだ。


「大丈夫よ。私がギター持ってきているから、デジタルじゃない、ライブ・アンド・ダイアレクト(生直撃)な唄をお届けするから!」春ちゃんがゆみに負けぬ大声で叫んだ。


「その前に、ほらあんたもくぅーっと一杯やんなさい!体が温まるから」春ちゃんは銀色に輝く小さな筒水すいとうをゆみに手渡した。


 ゆみはそれを受け取ると、何も考えずに飲んでみた。生まれて初めて飲むテキーラは炎を液体にしたような味がした。喉元のどもとを過ぎると燃えるような熱さは少しは収まったが、体がほんの少しで奥の方からカーっとなった。


「よーしじゃあ、そろそろ火を着火していいよー」春ちゃんが誰にともなく叫ぶと、10メートルぐらい先のほうで、小さな炎が生まれて、それが勢いよく大きくなる。先に集まっていたキャンプ部の男子がどこからか拾ってき、木製のタンス、木製のフロ、れ木でキャンプファイヤーを組んでいた。その後ろのほうにはふんどし姿の和太鼓部の生徒がピラミッド型に太鼓の列を作って準備していて、その横にはギターを手にした春ちゃんが、神話に登場する女神のウィクタリーアのように神々こうごうしく立っていた。


 ゆっくりと和太鼓がリズムを刻み始めると、ギターを手にした春ちゃんがカタリだした。

 「今日はリベリオン(反逆)・ナイト来てくれて本当にありがとう。私はこの曲が大好きでずっと練習してきて、ラブソング的な歌詞も素晴らしいけど、私はまだこんな熱い恋をしたことがないから、少し違和感いわかんがあったの。そんなウブな乙女おとめの貴重な時間を、ありとあらゆる手を使って奪おうとする奴らが登場したことによって、この歌詞が生まれました。無理言って、外出制限がかけられている昼間に、粗大ごみ回収場所から、木製のタンスと木製のフロの移動を、喜んで引き受けてくれた、柔道部と相撲部。この焚火たきびを組んでくれたキャンプ部。私の演奏にジャムしてくれる和太鼓部。そして、親の目をかいくぐって集まってくれたみんな、こんなにやるせない気持ちって一体どこに持ってゆけばいいの?子どもだと思って、ずっとめられて意見を聞いてもらえられず、狂ったサイコパス達が、私たちの善意ぜんい悪用あくようして地獄じごくを一瞬にして作り上げたわ。でも、私たち一人ひとりに宿やどる炎は、そんな地獄を真っ白に焼き尽くすぐらい燃えたぎっているの。その証拠しょうこに、私の髪に最近から急に信じられないぐらい白髪しらががたくさん生えてきたの。最初は、えーっもう老化?って考えたけど、これは私の怒りの炎が体の中でだけでは抑えられなくなって、白化現象として現れたと言っても過言ではないぐらいにブチ切れてるからだと思うの。だから、この歌を真っ白になるまで唄うから、みんなも好きに踊ってね!」春ちゃんは飲んだら、普段以上に饒舌じょうぜつになるらしい、ユーモアと怒りがうまくバランスをとって言葉に表現されていた。炎に照らされているし、着ているドレスも真っ白、ほんとに彼女に女神が憑依ひょういしたみたいで、れするほど妖艶ようえんであった。


 骨までとけるような テキーラみたいなキスをして

 夜空も燃え上がる 激しいダンスを踊りましょ

 

 私 遠い 夢は 待てなかった

 

 最後はもっと私をみて 燃えつくすように

 さよなら ずっと 忘れないわ 今夜の焚火のこと


 焚火は燃え上がり スクールのグラウンドで燃え上がる

 きらきら思い出が いつしか終わって消えるまで


 あなたのかげ わたしだけのものよ

 

 最後はもっとタイトに抱いて 息もできぬほど

 このままずっと 太鼓よ鳴れ この世であなた一人


 踊る生徒 燃えるタンスとフロが


 リベリオン(反逆)・ナイト ずっとあきらめないで

 燃えつくすように

 これから ずっと忘れないわ 今夜の焚火のこと


 サイコ(異常者ども)は もっと焼いて焼いて 息もできぬほど

 さよなら ずっと永遠とわに消えて

 われらの明日あすのため


 リベリオン(反逆)・ナイト ずっとあきらめないで

 燃えつくすように

 これから ずっと忘れないわ 今夜の焚火のこと


 重厚じゅうこうな太鼓の音が重なり合って、大地にコダマする。それが春ちゃんの叫びのような唄と融合ゆうごうして、何かを真摯しんげきに祈るオマジナイに聞こえた。

 フォークダンスというよりどんちゃんさわぎ的な盆踊ぼんおどりが始まった。照れながら手と手を取り合って踊るカップルたち、どうしていいかわからず腕立てを始めた体育会系の男子、リズムに合わせてアルプス一万尺を上手にこなす女子、両手をつないで焚火をかこむように円を描くやつら、意味はわからないけど必死に何かを表現しようとして、不思議な踊りを踊るちょっとかわったヤツ、ブレイクダンスで決めてくる荒くれもの。

 ゆみも全身を震わせてタヒチアンのように精一杯踊った。荒井君がこの場にいて、一緒に踊り、きつくタイトに抱いて、テキーラみたいに熱いキスをしてくれたら、そんなかないもしない悲しい雑念ざつねんを、渾身こんしんのステップで思いっきり踏みつけた。春ちゃんがこめた思いがリリックにうまく表現されて耳にスーッと流れこむ、全身が爆発的に熱くなって、この唄が続く間、誰もが真っ白になるまで踊り狂った。


 

  


 

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