ちゃんとした反抗期

 クソ87が全世界に広まるのにたいして時間はかからなかった。インターネットがその役割を十分すぎるほど発揮し、ありとあらゆる情報が目まぐるしくアップデートされ、誰も網羅もうらしきれないほどの情報がウェブ上を行き交った。

 荒井君が鼻くそを飛ばしているいシーンも動画共有サイトに上げられていたが、だれもそれがホラーコメディー映画の為に撮影されたモノだとは知らなかった。ただ、噂だけが独り歩きして、日増しにその影響力を増した。結局のところ、きっかけなんてどうでもよかったのかもしれない。既成事実をでっちあげて、理由は後付け。かつてないほどの強大な影響力のある大手メディアと国民をコントロールしている政府が手を組めば、人間を月にまで送れる時代だ。鼻くその存在意義を再定義するぐらい朝飯前だろう。

 ある人が中国が極秘に開発した細菌兵器だと言えば、またある人は、自然界が人間の限りない暴挙ぼうきょに対する報復だとも言った。おのおの人がもっともらしいことを言い、各個人がそれぞににそれを受け入れた。どこにも行くことのできない人々は、刺激的な情報を求め情報の海に溺れた。

 その中で唯一人、この史上最大の茶番を事前に聞かされていたゆみは、やるせない毎日を送っていた。オンラインで行われるようになった授業は全く頭に入らず、もしもあの時、私が墓石を止めなければ、こんなことにならなかったのでは?という考えが四六時中、頭の中で渦巻いていた。


 気分転換を兼ねて、散歩に出てみても、すれ違う人はみな一様にマスクを着用しており、表情が全く読めない。普段当たり前に交わしていた挨拶あいさつも、公衆衛生の観点から、交わさないようにと国から通達されている。たとえ挨拶されても、マスクが口を覆っているので、何を言っているか聞き取りずらいし、こちらが挨拶すれば、相手側がゆみの吐いた息を恐れて後ずさりするのがひしひしと伝わってくる。ひどい人になると、前から歩いている人間を見かけると、反対側に渡ったり、電柱の陰に隠れたりする。

 どの店に入ろうとしても、クソ87テストと称される、屈辱くつじょく的行為を強制される。スマホのアプリに登録されたマイナンバーを使って入りたい店に、入店申請を送信すると、店の前に置かれている自動販売機に似た装置の取り出し口のロックが解除され、プラスチック検査棒を受け取ることができる、プラスチックを鼻に突っこんでかき回し、その装置に設置された8K高感度カメラにかざして、少しでも鼻くそがついていたら、その場で入店拒否が言い渡された上に、保健所に報告され、強制的にダウンロードされた追跡アプリに10日間の自宅待機の通知が送られてくる。

 この前までは当たり前だった光景が全てなくなり、目の前に広がるっているのは、受け入れがたい現実のみ。

 親にも、これは全て仕組まれた茶番なのと説明し、せめて家の中ではマスクを取るようにと訴えても、全く聞く耳を持ってもらえず、うとまられているのがマスク越しに伝わってくる。重荷が日を重ねるごとにどんどん積み重なってくる。楽しみにしていた修学旅行も文化際も中止になった。いいことなんて、一つもない。いつもはきれいに夜空に浮かぶお月様でさえ不気味に見えた。


 そんな時に、春ちゃんからメールが届いた。


 ゆみ元気してる?なんかあんたが言っていたことがほんとになっちゃったね。こんなクソみたいな思いをするために生まれてきたんじゃないっていう気分になんない?チョー楽しみにしていた修学旅行まで中止になるとか、まじでありえない。ほんと鼻くそに人生で一番大事な時期をうばわれるなんて情けないよね。

 これじゃあさ、まるで戦前の日本で生活してるみたいなんだけど。大人はみんな大本営発表なんか信じてさ、長いものには巻かれろってこと?ふざけんじゃないわよ!騙すほうもそりゃ悪いけどね、それに騙されているのを知りながら、何も疑いもせずに騙されているほうがもっと悪質よ!今は21世紀だっつーのに。まったく日本はあの悲劇から何も学んでいないんじゃない?死んだじーちゃんに申し訳がたたないよ。

 愚痴をいいだしたらキリがないからここまでにして、本題に入るね。私ね、かなり暇だから、いろんな学年の人と連絡取り合っていて、そいつらもみんな大体私と同じ考えなんだよね。イライラして壁や床をがんがんなぐっているらしいの。学校は休校になってるけど、私たちの青春の日々は終わらせたくないから、三学期改め、反抗期を始めよーぜってなったの(笑)本当の意味での反抗・反逆だからさ、一度みんなで集まろうって話になっているんだけど、その時にさ、修学旅行で企画されていたフォークダンスをやろうって思っているの。地味なんだけど、絶対面白いと思うから、いい曲選んで、あんたもおいでよ。場所は学校のグラウンドに今日の夜九時に集合ね。


 春ちゃんのメッセージに共感したゆみは泣きそうになった。嬉しくて嬉しくて、何度もメールを読み返した。私一人じゃないんだ!静かな怒りを内に秘めた仲間が多くいることに、生まれてきてよかったとさえ感じた。真っ暗闇の中に一筋の光が差した。


 

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