幼なじみはいつも緑のたぬきを食べていた

御剣ひかる

僕は赤いきつね、彼女は緑のたぬき

 クリぼっちって言葉、十年ぐらい前に流行ってたんだっけな。


 そんなことを思い出しながら僕はアパートの部屋で赤いきつねのこしのあるうどんをすすった。土曜日の朝をだらだら過ごしてからの、ちょっと遅い昼ご飯だ。


 あの頃、十年前は、そんな言葉があるんだ、ふーん、ぐらいにしか思ってなかった。

 友達と冬休みだーって騒いで、プレゼントをもらうのが楽しみなイベントで、って感じだっけなぁ。


 今、僕は地元を離れて一人暮らしの、ぱっとしない大学生だ。クリスマスの今日もボッチ飯。友達はいるけどみんなカノジョと過ごすんだってさ。


 周りの友達はリア充ばっかりなのに僕はずっとおひとりさまだ。

 積極的に女の子と仲良くなるような行動を起こしてないからなんだろうけど。


 んー、でも、ゼミ友に合コンに誘われても場の盛り上げ役ぐらいにしかなれないんだよね。

 ノリはいいし一緒にいて楽しいけど、カレにするにはちょっと違う、なんて、体のいい断り文句でフラれること数度で、そういう方面に関することは心がぽっきり折れちゃったんだ。


 一人の方が気楽でいいや、ってこの時期に言ってもただの強がりにしか聞こえないのも悲しい。


 ああぁ、おあげに染みたつゆがうまい……。


 思考が暗くなるのもよくない。


 そうそう、赤いきつねっていったら緑のたぬきとセットだよね。

 僕にも、二つのセットを一緒に食べる相手がいたんだ。小学校低学年ぐらいまでは。


 実家の近所に同い年の幼なじみがいて、親同士も仲がいいもんだから、互いの家を行き来してた。土曜日のお昼にはどっちかの家に行ってお昼ご飯も一緒に食べてたっけな。

 その時によく出されたのが、この赤いきつねと緑のたぬきだった。


 彼女とは味の好みが結構違うらしく、どっちがどっちを食べるって喧嘩にならず、僕は赤いきつねを、彼女は緑のたぬきを選んでいた。


 たまに交換してみたけど、やっぱり好みは変わらなかった。


 学年があがるほどに彼女との交流は少なくなっていって、高校になるころにはもうほとんど疎遠だった。

 でも母親同士は相変わらず仲良くて。聞きもしないのに彼女の近況だけは知っている。


 そーいや、彼女にもカレシができたって、おせっかいなかーさんがわざわざメッセージ送ってきたのは今年の夏だった。


 別に女の子として好きとか全然なかったのに、ちょっとショックだった。ライバルに先を越された感じ? 取り残された感じ? で数日は呆然としてた。


 今頃カレシと仲良くやってんだろうな。初めてのクリスマスできゃっきゃ言ってるのが想像できる。


 あぁあ、なんか余計むなしくなってきた。

 早く食べちゃって、ネットでラノベの続きでも読もう。動画見るのもいいな。


 気を取り直して箸でうどんをすくった時。


 ピーンポーン。


 ちょっとマヌケで間延びしたチャイムが鳴った。


 誰か来た? 誰だ? 思い当たる人なんていない。

 新聞か何かの勧誘か?


 無視するか? と考えたら、まるでおまえの考えは読めているぞっていわんばかりにもう一回鳴った。


 のっそり立ち上がって、ドアに向かう。


「はい」

「あっくん、……わたし、美優みゆ


 めっちゃ聞き覚えのある声だけどまさかこのタイミングで?


 ドアを開けると、間違いじゃない、地元で初カレとリア充してるはずの幼馴染だ。


 地元を離れる時に一応見送りに来た彼女と最後に会ったのは今年の春。違うのは服装ぐらいか。冬用のあったかそうなダウンを着てるけど、顔が、今にも泣きだしそうだ。


 戸惑ってる僕の横をすり抜けて彼女はさっさと部屋に上がってく。

 慌てて追いかけて、でもなんて声かけていいのか判らなくて。

 彼女の後ろに立ったまま、どうしようかって思ってたら。


「フラれちゃった」


 ぽつんと一言。


「そっか」


 それしか言えない。情けない。

 あれこれ聞いたって僕にできることなんてない。


「赤いきつねだ」


 視線を落とした彼女の目に、ちょうど食べかけのカップ麺が入ったのだろう。

 彼女がふふっと笑った。


「変わらないねー、あっくん」


 くるんとこっちを見た彼女は、泣き笑いしてた。


「そういうみーちゃんもまだ緑のたぬき派?」

「もー、みーちゃんって言わないでよ。小さい子みたいでちょっと恥ずかしい」


 涙が薄れて笑顔が増えた。


「しょーがないっしょ。なんか今更別の呼び方なんてできないよ。僕が気恥ずかしい」

「あっくんの恥ずかしさなんてこの際関係ないよ」

「ひでー」


 あははっと笑う。

 昔、仲良く遊んでたころってこんな感じで気軽に話してたよな。

 なんか、時を超えたみたいに以前のまま。


「腹減ってない?」

「あんまり、って思ってたけどうどん見たらすいてきちゃった」

「じゃ、思い出の品を出しますか」


 言って、台所から緑のたぬきを持ってくる。


「なんであるの? あっくんあんまりそっち食べないよね」

「セールで安かったからセットで買ってきた」


 またあははっと笑う。


 お湯が沸いてカップに注ぐまで、僕達は近況報告をした。

 すっごく久しぶりにリラックスして人と話している気がする。

 大学の友達とは、どこかちょっと遠慮があるっていうか、まだそこまで親しくなってない感じだし。


 合間に食べる赤いきつね。

 ちょっと伸びかけちゃってるけどそれでも美味しいのはきっと、彼女の存在のおかげもあるんだろうな。


「みーちゃん、帰りは?」

「夕方の特急に乗れば余裕」

「それじゃ、食べ終わったら独り身同士でどっか出かけるかー」

「言い方ー」


 くすくす笑う彼女に、ちょっと意地悪しちゃえ。


「じゃあどんな言い方がいいの? 僕らもリア充になろう、ってか?」


 にやっと笑ってやる。


 なに馬鹿いってんのー、って大笑いされると思ってたら。


 みーちゃん、ふふってなんか大人な感じの笑みを浮かべた。


「あっくんが本気なら考えてあげてもいいよ?」


 うわっ、何その上から目線。

 でも憎たらしいよりも、可愛いって思ってしまった。


 幼なじみから一歩、抜け出しちゃっていいのかな。

 僕はぽっと熱くなるのをごまかすために、カップを手に取った。


「さー、早く食べて早く出かけよ」

「そだね」


 赤いきつねは、幸せの味がした。



(了)

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