第36話 エンディング
再び、俺に触れられる人物が一人もいない空間に戻ってきた。
要するに、あのゲーム部屋だ。
「例のゲームを起動したわけでもないのにこっちに戻ってくるなんて、何が起こったんだ?」
ディスプレイの方を見ると、いつもの自称幼馴染、
「エンディングが更新されたので、新しいエンディングを見せるためですね。はぁ、そんなに私のチョコは要りませんか、そうですか」
エンディングが変わったということは……。
観客席側を見ると、自称娘が三人とも立っていた。
しかし、二人は今にも消えそうになっていて、後ろの壁が透過して見えている。
声が震えている。
「お父様、攻略おめでとうございます。自分の母親予想を間違えてしまうなんて、菫、一生の不覚です。思えば菫はお父様に迷惑を掛けっぱなしで……」
「馬鹿。どんな終わりを迎えても俺は生き返る予定だったんだから、そのついでのゲームに迷惑もクソもねぇよ。それに、菫の情報のおかげで桃山にアプローチできて、今回の流れが生まれたんだ。アレがなければ、誰も生き返れないままだったかもしれない。お前はよくやったよ」
菫が声を押し殺しながら涙を流し始めると、反対側から
肩を竦めながら、
「父さん。裏垢女子はパパ活女子に負けず劣らず尖っていて扱いにくいから注意してね」
「女子なんて全員扱いにくいだろ」
「パパも随分扱いにくかったけどね。何かあるとすぐ興奮するし、そのくせ体力ないし。てか、家に整髪剤の一つもないってありえなかったんですけど。最初の方はバイト代がメンズ化粧品に溶けていったし。でも、あんなのは死なないと経験できないことだったから、いい思い出になったけど」
そういやこいつら俺がこっちでゲームをしている間、俺の身体を使って色々してたんだよな。
おかげで助かったこともあるが、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。
パソコンやスマホのデータを見られたことは言うまでもないが、あまり学校に行ってなかったやつが途中からいきなりオシャレに目覚めて真面目に通い出した構図になっているのも大概だ。
「
「外見に気を遣ってない父さんが原因だと思うけど?」
「そこはもういいや。お前も、大岡部先輩の情報ありがとな。まさかあんなヤバい人だとは思わなかったけど」
釈茶が隣を見ながら挑発するような声音で、
「そうね、誰かさんの母親は性癖が捻じ曲がっていたわね」
菫が顔を上げ、釈茶の上着を掴んだ。
「あなたの母親こそ、前座に使われて子どものように泣いていましたよね」
どうやら、大岡部先輩と菫、
見事に全員が予想を外していたことになる。
そんなやつらでいがみ合っても無益な争い以外の何にもならない。
「最後ぐらいは仲良くやれって。ま、二人ともありがとな」
腕組みしていた釈茶が菫を抱き寄せ、上着を引っ張っていた菫も大人しく従った。
「こっちこそ、いい思い出になったわ。父さん」
「とても楽しい思い出になりました。感謝します、お父様。釈茶さんと、もちろん、結二さんにも」
今まで少し距離を置いていた結二が駆け寄って二人を抱きしめる。
「私も、とっても楽しかった。最終的には私が全部持って行ったような感じになっているけど、みんながいなければこうはならなかったし、最終的に誰が選ばれてもおかしくなかったよ」
菫が結二の目元の涙を指で掬い取りながら、
「だからといって、菫たちの分まで、等と気負わないことですね。結二さんは結二さんの人生を送らなければならない」
釈茶が結二の頭を撫でながら同意する。
「だね。ま、生き返った時には忘れてそうな話だけど」
不意に、
「あっ、二人とも……」
抱き着いていた結二の腕が空を切った。
俺たちが目を離した刹那に消えてしまったらしい。
だが、悲しみに暮れる必要はない。二人が明るい別れの空気を創り出していたからだ。
「結局残ったのはお前か」
目元を赤くしながらそっぽ向いた。
「悪い?」
「いや、あの展開からどうしてこんな結果になったのかと思ってな。吉川が墓場まで俺を引っ張っていこうとしていた執念や握力からこの結果が出たのは分かるが、なら他の二人のルートも割と妥当なんじゃないかと」
結二が考え込んでいると、別の方向から声がした。
「それは神的な幼馴染の私が説明しましょう。吉川さんに対する推測は当たっています。大岡部さんのルートに入らなかったのは契約を意識させ過ぎたのが良くなかったですね。桃山さんのルートに入らなかった原因は単純にあなたの踏み込み不足です」
「あの夜に抱かなかったから、だって。パパ、ダッサ~。まあ、パパがチキンで助かったわけだけど」
文句の一つでも言おうかと思っていたが、どうやら結二と話せる時間もそろそろ限界らしく、結二の身体が徐々に透明度を増していた。
「あ、そういやお前、吉川の好感度が最初から謎に高かった理由を知っていて、口止めもしたんだろ?」
否定も肯定もせずに瞬きしている結二を見ながら、
「その理由、教えてくれないか? 気になって半日ぐらいしか寝れない」
「パパ、鈍感なところがあるから教えてあげてもいいけど」
「けど?」
「エンディングが変わるから嫌。もうこれほとんど答え言っちゃったようなものだけど、ま、エンディングの方が早いでしょ」
エンディングが変わるってことは、俺が吉川を全力で振るってことなのだろうが、そんな要素あるか?
前のクリスマスの時は取れ高のために振ろうとしたけど、今回は別にそういう事情はない。
裏垢女子お断り的なポリシーを掲げているわけでもないし……等と考えていると、陽津辺が苦笑しながら言葉を差し挟んだ。
「未だに分かってなさそうな顔をしてますね。仕方ないですから、エンディングに入りましょう」
今までの主要なシーンのCGを振り返る映像に合わせて、全て「陽津辺
同時に流れている微妙にそれっぽい歌も当然、作詞作曲、歌唱演奏など全て陽津辺有葉が担当している。
出会い、夏の合宿、ビンタされた回、修学旅行、バレンタイン、ホワイトデー後のカフェ。
今考えても普通これだけで結婚・出産までいくか疑問だ。
しかし、元から異様に好感度が高い理由を探すなと言われているし心当たりも特にないので無理矢理自分を納得させながらエンディングの映像を見送る。
「束の間の、親子水入らずの時間をお楽しみください」
と言い残して陽津辺も消えていった。
ゲーム部屋と観客席を隔てていた透明の壁も消え、結二が抱き着いてきた。
部屋の壁や床が火に炙られた紙のようにじわじわと消えていっており、文字通りの束の間ぐらいしか残されていない。
密着したまま、
「次に目覚めた時には全部忘れているかもしれないけど、私を選んでくれてありがとう、パパ!」
「ああ、俺もお前たちがいたからデケェ父親ヅラしていられた。そんで、お前らの指示やヒントのおかげでこのゲームを面白く攻略・実況できた。ありがとう。生まれて来てくれて」
陰キャの俺が一生使わなさそうな言葉ベストテンに入っていた言葉が自然と出てきた。
いつものように視界の全てが白一面に塗り替えられたものの、今までのような目に刺さる強烈さはなかった。
消えつつある体温や感触、香りなどの余韻に浸っていたが、数秒の後には俺の意識と共に全て消え去った。
§ § §
蒸し暑さに目が覚めた。
今日は確か登校日だったな。忘れるところだった。
スケジュール表を見ていると、何か別の、もっと重大なものを忘れてしまったのではないかという自分自身からの問いかけが聞こえてきた。
どこか漠然とした喪失感だけが腹の底にわだかまっていたが、全く原因が分からない以上、考えても無駄だ。
教室の自分の席で適当に時間を潰していると、教室に目立つ美少女が二人入ってきた。
関わったことがないはずだが、風の噂か何かで俺でもある程度のプロフィールを把握できているレベル。
ロリ巨乳の下級生は
クール系の上級生は
二人の襲来に合わせて、俺の席の近くにクラスメイトが立った。
地味めな三つ編みの女子で、
三人を見た時、俺はある種の違和感に襲われたが、そんなに深く接したことのない相手なのでその正体を探り当てられなかった。強いていえば、吉川と大岡部先輩がイメージよりも子どもっぽい感じがするというぐらいのもの。
この三人が俺の席を取り囲んだため、寺田を含めたクラスメイトたちがざわついていた。
正直一番驚いているのは囲まれている俺だと思うけどね?
薄く愛想笑いしながら尋ねる。
「えっと、何か用すか?」
三人が談合するようにクスクス笑いながら頷き合い、一斉に声を上げた。
「今度こそよろしく、パパ(お父様)(父さん)!」
(END)
指示厨(=娘たち)が本気すぎるギャルゲー実況 富士之縁 @fujinoyukari
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます