第35話 もしもクラスの地味な女子が裏垢女子だったら
さて、残るは
吉川を事前に攻略していたらあそこまで桃山が俺に引っ付いてきたかどうかは分からない。
そう考えると、今回の攻略順は割と妥当だったと思われる。
比較的うまくいったと思いたいホワイトデーのことを考えながら指定した店に移動する。
実は前日に学校へ行き、吉川に遅めのホワイトデーのプレゼントを渡しつつ様子を窺ったのだが、いつもとそんなに変わらない様子だった。
あまりに早く赴いて、いつぞやのクリスマスのように放置されるのはこりごりだったので、時間丁度ぐらいに着くように調整する。
相手が見知らぬ人物だった場合は失礼な話になってしまうが、できれば相手の方が先に着いて待ってくれている状況が望ましい。
ダイレクトメッセージでのやり取りを確認しながら店に入る。
相手は既に到着しているらしいが、店内をぐるっと見回しても相手の説明通りの服装の人間は見当たらない。
だが、スマホを眺めている地味な三つ編みメガネの姿は視界に入った。
そっちの席に歩き、背後から、
「えむこさんで合っていますか?」
「なっ……!」
対面の席に滑り込む。
「まあまあ。怪しい者じゃないっつーか、顔見知りだろ?」
「
身体を強張らせつつ、平常時の声のトーンで、
「唐突に声を掛けられたのでビックリしました。それに、えむこなんて知らない人の名前で呼ばれたものですから、余計に」
「俺はそのネットで知り合ったえむこって人に呼び出されて来たんだけど、それっぽい人が見当たらなくてな。さっきまでは即レスで来てた返信もパッタリ途絶えちゃったし」
呼び出されたというのは嘘だが、返信が途絶えたのはマジだ。
「なるほど。そういうことでしたか」
「吉川も待ち合わせとかだった? 邪魔なら帰るけど」
「あ、いえ。特にこれといった用はないですね。完全に偶然です」
適当に注文して、返信を待ちながら休憩する。
「最近、桃山さんや大岡部先輩と色々あったそうですね。本人たちから聞きました」
「ああ。色々な」
恐る恐るといった雰囲気で尋ねてきた。
「もしかして、まだ娘さんのために?」
「それもある。だけど、残り半分は自分でケジメをつけるためだろうな。そう思うようになったのは最近だけど」
「ケジメ、ですか?」
「娘に頼まれたとか何とか言っても、結局始めてしまったのは俺だからな。相手から嫌がられるようなことがあれば手を引くけど、それ以外ならこっちが努力すべきかなって」
飲み物に一度口をつけて、
「ホワイトデーの辺りでいきなり関係が進行していましたけど、娘さんの影響はどれぐらいあったのですか?」
「あいつらから色々情報を授かっていてな、それを活かした結果だ」
「なるほど。では、黒田くんが探していたえむこという方も娘さんからの入れ知恵ですか?」
「そうだな。俺からすればどうやって見つけたのかも分からない人だし。親子だから分かる何かがあったのかもしれないな」
そうなるとあの金髪ギャル娘も裏垢でエッチな自撮りをしていることになるのだが、あまり信じたくない。
「その、えむこという人物はどんな人なのですか?」
アカウントを見せれば話は早いのだが、地味な女子にとっては刺激が強そうな写真が多いため、万が一吉川さんとえむこが別人だった時の気まずさがヤバいことになる。
「んー、自撮りが多い女子だな」
「その女子が何をしているかも大切だけど、その女子に対して黒田くんがどう思ったのかを聞かせて欲しいな、って」
穏やかな笑みとメガネで相変わらず真意が読めない。
「俺はとある人物と同じ人物として紹介されたんだけど、普段の様子と大きなギャップがあって驚いたな。でもまあ、そういう人もいるよな、と」
どうもまだ満足ではないようだったので感想を捻り出す。
「ああ、あと、ああいうアカウントっておじさんとかが作ってるイメージだったから、本当に女子高生がやっているのかどうか未だに疑問なんだよね」
気まずくなったことと、新たな返信が来ているかどうかの確認のために一度だけスマホに視線を落とす。
フフッ、という微かな笑い声につられて顔を上げると、吉川が解いた髪を手で梳いていた。
「吉川?」
メガネも外してこちらを見た。
吉川がメガネを外すところは初めて見た。
大人びた雰囲気だったが、笑うと年相応な印象も見え隠れした。
「やっぱり、娘の目は欺けないってことみたいね」
「ってことは、えむこはやっぱり吉川と同一人物ってこと?」
「そうよ。たまにはおじさんが作ってない本物のアカウントもあるってことが分かってもらえた?」
スマホに表示されている自撮り写真と実物を見比べる。
照明などが関係しているのか、俺の認知能力が低いのか、同一人物と言われてもあまり信じられない。
もしくは、全身を隠すようなガードの固い今の私服と、露出の多い写真の服装の違いもあるのかもしれない。
「なら、待ち合わせの件で俺にメッセージを送ってくれよ」
吉川がスマホをポチポチし、数秒後。
[えむこは私です]
というメッセージが送られてきた。
マジで確定した瞬間である。
「意外と反応が薄いのね」
「事前情報がなければもっと驚いたところだけど、大体結果が分かっている答え合わせをしただけだからな」
えむこ=吉川の確証が得られたとはいえ、それだけだ。最初にあのアカウントを見た時は驚いたが、今は特に驚きもないし、ここから会話の広げようもない。頑張れば話を展開できなくもないが、今はそういう気にならなかった。
二人分の伝票を持って席を離れようとしたところ、腕を掴まれた。
「裸眼でも結構見えてるんだな」
「このメガネ、度が入ってないから。メガネ掛けているのは万一の身バレを防ぐため」
会話が途切れたが、手は掴まれたまま。
「あの、ここは情報提供のお礼として奢るから、ごゆっくり」
吉川の笑みが深まり、掴まれた手の骨が軋む。
「痛いからそろそろ解放してもらえると助かる」
残っていた料理を食べきって吉川が立ち上がった。
「私、この秘密を知った人間を墓まで引きずっていくと決めていましたので」
覚悟を握力から感じる。
この話題からは離れた方がよさそうだ。
「ところで、吉川は俺にいつから目をつけていたんだ? 最初に話しかけた時から俺のことをよく知っているようだったが」
「クラスメイトの情報を集めるのは普通ですよ。一般的には」
「でも、それだけで興味を持たれるのは美男美女ぐらいだろ? 自分で言うのもアレだが、俺はそこまでの器じゃない」
「乙女には色々あるんですよ。それに、私がどうして黒田君のことをよく知っていたのかに関しては口止めをお願いされていますし」
「口止め? 誰に」
「もちろん、あなたがよく知っている人、とだけ言っておきましょう」
十中八九あの娘たちの誰かだと思うのだが、なぜそんなお願いをしたのかは全く分からない。
コーヒーチェーン店の出入り口をくぐると、夕陽の眩しさに思わず目を覆った。
「何だか今日の夕陽は綺麗ですね」
「俺にはもはや綺麗かどうかも判断できん。キツイ西日ってレベルを超えて眩しさが増幅してる」
目を開けることすらままならない状況なのだが、吉川にとっては特に問題ないようだった。
つまりこれはアレだ。
世界を移動する時に視界がやたら真っ白になるやつ。
「何言っているんですか? でも演技じゃなさそうだから、救急車とか呼んだ方がいいですか?」
「いや、いい。それより、お前はそこにいるんだな?」
「はい。手を……。墓まで引きずっていくと言いましたから」
手が、温もりを伴った柔らかい感触に包まれる。
しかし、その感覚すら数秒後には消え失せていた。
§ § §
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