第13話 【第13話 ガイアの過去】


「うぅん…」

シーラはベッドの上でもぞもぞと動いていた。意識は夢の中だ。

今回もまた謎の視点で語られる物語を見ている。どこにも明かされていない、ガイアの視点だ。


前回見た夢はガイアルート【第7話 『街へ行こう』】だったが、今回は【13話 『ガイアの過去』】であるようだ。この回はタイトルそのまま、ガイアの過去がエリアに語られる。ガイアの悲しい過去を包み込むようなエリアの優しさによって、二人の親密度が急上昇するのだ。


「・・・うぅ」

横たわるシーラは眉間にしわを寄せている。

―それもそのはず、今回は紛れもない悪夢であった。・・・バッドエンドだ。




***


ある日、俺はエリアに過去を打ち明けた。過去に亡くした初恋の相手のことだ。

今は姿形を思い出せないが、彼女を想うと今でも喪失感を覚える。俺は彼女に相当想いを寄せていたのだろう。


「・・・それは、辛い体験をしましたね」

具体性を欠いた話だというのに、目の前の少女は親身になって話を聞いていた。

「・・・」

「ガイア様は今でもその方を想ってらっしゃるのですか?」

エリアはガイアに問いかける様々な選択肢のうち、あえてその言葉を選んだようだった。

「あぁ、実を言うと今も、心のどこかで会いたいと思っている」

「そうですか・・・」

ガイアの強い眼差しに彼女は口を噤んだ。


**


過去を打ち明け、顔も声も容姿も分からない相手を今も想う。

よくよく考えると可笑しい話だ。俺はきっと、彼女の記憶を自ら封印したのだろう。

自らの書庫と薬学室の利用履歴を見て、そう確信した。


「記憶を消したいと思ったってことは、叶わない恋だったんだな」

中庭でベンチに一人腰掛ける。夕焼けが眩しい。懐かしいと感じた。前に、ここで誰かと話したことがある気がする・・・。

夕焼けが映えて、あまり笑顔を見せなかった少女―。

「あー。駄目だ」

そこまでしか分からない。

記憶の波がそっと押し寄せ、ガイアの手が届きそうな所で引いていく。


**


ガイアはエリアと城下町を歩いていた。

「いつもありがとうございます」

「いいんだよ。王子に俺が必要ないってことは、国が平和な証拠だ」

「そうですね」

当たり障りない会話をしながら、視線を彷徨わせる。何故か街に来ると、すれ違う人々の顔を凝視してしまうようになっていた。理由は分かっている。

(彼女をこの目で見たら、絶対思い出すはず・・・)

鮮明に残っている彼女への気持ちを頼りに、俺は手がかりを掴もうとしているのだ。


「今日は日用品を買いますね」「あぁ」「見てください。綺麗な花ですよ」「綺麗だな」「ガイア様?」「なんだ?」「・・・いえ」「そうか」


記憶にも残らない、他愛ない会話が城下町に消えてゆく。エリアもいつの間にか口数が減っているようだったが、気にならなかった。


うろうろと彷徨わせるガイアの視界に、ふと白が映った。

心臓がやけに大きく鼓動した。

体が硬直したように思わず立ち止まる。


雪のように、白く、綺麗な髪を持った―ヒト。どこかの令嬢だろうか、彼女は洒落たドレスを着て街を練り歩いていた。その顔は、つばの広い帽子によって見えない。


「・・・は」


(まさか、いや、でも、白・・・)


その眩い白さに目が釘付けになった。

―気が付いたら、走っていた。

「ガイア様!?」

流石のエリアも驚いたようだ。大きな声を出していたが、追ってくることは無かった。



「待って!」

白い彼女の手をぐっと掴み、必死に叫ぶ。

「え?」

驚いた彼女を見て、俺は、確信を得た。

(あぁ、そうだった)

「・・・シーラ」

「?」

「シーラ、シーラ・・・」

ぶつぶつと呟く長身の青年を、目の前の令嬢は気味悪く思ったようだ。

令嬢は不満げな表情で言い放った。

「・・・急いでいるので、失礼します」

突然呼び止めておいて、何も言わなかったガイアを不審に思っただろう。

しかし今のガイアにとって、そんなことはどうでもよかった。


「死んで、たんだな・・・」

青い空を仰ぎ見て、ガイアは青い瞳を潤ませる。

「シーラ・・・」

二度、彼女を失ったような気持ちだ。過去の自分を大いに恨んだ。こんな思いは一回で十分だった。


―涙が一筋、零れ落ちた。


**


再び、夕焼け空の下、ガイアは中庭のベンチに座っていた。

「シーラ、お前のこと思い出したよ。薬じゃどうにもならなかった。忘れても辛いし、思い出しても辛いんだ」

頭を抱える。

「どうして死んだんだよ・・・」

ぐしゃぐしゃと黒い髪をかきむしる。

「・・・なんでだよ」

(彼女の死の真相が知りたい)


―それを知るまで、俺の人生は終わらない気がした。


**


「・・・」

悲壮感漂うガイアを盗み見ているエリアは、彼に好意も悪意も抱いていなかった。

今までのガイアへの感情が嘘のように、今は同僚としてしか感情を抱けない。まるで恋の魔法に掛けられていたかのようだ。

彼がエリアの制止を振り切ってから、ピタリとその魔法が解けた。

「おかしいな・・・」

エリアは一人首を傾げる。

不可解なのだ。今までのエリアは自分の意思が無かったように行動している感が否めない。会って数か月のガイアに、ここまで好意を寄せることはあり得ないし、彼との会話の記憶しか残らないのも不気味だった。


・・・極めつけに、会話が時折し辛くなることがあった。自分の意思を離れて、頭の中に選択肢が浮かぶのだ。


『ガイア様は今でもその方を想ってらっしゃるのですか?』


自分でも思う。その発言は悪手だった。

この言葉をきっかけにして、ガイアは過去の古傷を自らこじ開けてしまった。


「今は、違う」

自由に動く口と体を得て、エリアはようやく解放された気がした。

「エリア」

不意に後ろから声が掛けられた。

「・・・アルマ王子」

今まであまり関わってこなかった私の恩人。彼は緊張した面持ちでこちらを見ている。

「君は今、自由?」

「・・・!」

その言葉だけで十分だった。今までの謎が一気に解けた。

「はい。今日、自由になりました」


そう笑顔で告げて王子に歩み寄ろうとしたが、それは叶わなかった。

突如、世界が真っ黒に染まった。

何も見えない。


「バッドエンド」

王子が悲痛な面持ちで最後に言い残した、その一言だけが聞こえた。


***


眉間にしわを寄せて唸っていたシーラは、そっと目を開けた。

「朝だ」

外は曇り空だが、微かに日の光が見える。

(・・・今のは、バッドエンドか)

ガイアルートのバッドエンド。

想い人の存在を思い出してしまったガイア。

辛い過去を思い出し、エリアへの気持ちが冷めてしまうシーンだったようだ。

(その想い人が、まさかのシーラだったとは)

全く明かされていない設定であったが、今なら納得がいく。

というか、そもそも。


(ガイアはエリアのことが好きじゃなかったのかな)

彼からエリアに対する気持ちが全く感じられなかったのだ。それに、ガイアは一途にシーラを想い続けているのは明白だ。


(じゃあ、どうしてシーラを殺すの・・・?)


ガイアがエリアを好きではない、ということは収穫祭で暴走もしないはずだ。


アルマ王子ルートのガイアは、エリアへの叶わない恋を拗らせ、彼女を攫おうとする。

それを阻止しようとするシーラを手に掛ける・・・はず。


「どういうこと?」


(元々シーラを好きならば、何故?)


「・・・あ」


一つ、思い当たる節がある。


(バグ。絶対そうだ)


この世界は一筋縄ではいかないことが満載らしい。


(っていうか、そもそもあのスチルは、エリア関係ないの!?)

気丈なガイアが、ゲーム内で初めて見せた一筋の涙。

永久保存!と心のカメラに刻んだ、あのシーンはまさかのシーラ絡み。

「そっかぁー」


シーラはバフっとベッドに沈んで脱力した。


「明日、探してみるかぁ」

ぼそり、とつぶやき天井を見つめる。

(私たちを狂わせるバグ。この目で触って、確認したい)


(だって・・・)


(元の世界に帰る手段があるかもしれないから)


(異分子である「私」はここにいては登場人物を狂わすだけかもしれない。帰る方法だけは、知っておかないと)


決意を新たに、ロウソクの火を消そうと半身を起こす。


キラリ


「ん?」


―青く、何かが光った。

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