第12話 認識

月明かりが照らすシーラの自室。痛いほどに広がる静寂。

シーラは満月のような瞳を広げ、驚愕していた。


「ガイアと王子は・・・、バグを認識できるの?」

「あぁ」

「どうして?二人はその・・・」


(キャラクターでしょ?)


その言葉は声にならなかった。

口にした途端、何かが変わってしまうような気がした。漠然とした不安が彼女を重く取り巻いている。


―が、そんなシーラの恐怖を打ち砕く言葉が投げられた。


「ゲームのキャラ、だろ?」

「え・・・」

「ゲームの世界にいるキャラクター。俺はエリアと恋をするはずの近衛騎士だ。そして、シーラは俺にとって同僚の騎士」

「・・・」

「王子も分かっているはずだ。・・・エリアもな」

ガイアは淡々と告げる。まるでその事実をとうの昔に受け入れていたかのように。

シーラは信じられなかった。


(皆、私と同じってこと?元々違う世界に生きていて、それで・・・この世界に飛ばされた?)


「でも、俺達は人格を持っている。自分で考えて、自分で行動できるようになった。この意味が分かるか?」

シーラは無言で頭を左右に振る。

「ゲームに組み込まれたキャラクターとして存在しているが、俺達はこうして自律して行動できている。・・・皮肉にも、バグのおかげで」

ガイアは自嘲気味に笑うと、シーラの日記をそっと撫でた。

「これはお前が残した日記だ」

そう言ってシーラに裏表紙を見せる。先ほどと変わらないバグが張り付いたままだ。

「シーラの日記にあったバグと記された内容を見てやっと、俺は・・・解放されたんだ・・・」

当時の喜びを思い出しながら掠れた声でガイアは呟く。シーラの反応が気になって、彼女に目を向けたガイアは・・・固まった。


シーラはガイアの話を聞いていなかった。その視線は、ただ一点に注がれている。

―ジリジリジリジリ

その音だけがガイアの耳に届いた。


「おい・・・」

「・・・」

シーラはおもむろに手を伸ばす。その先は、ガイアの持つ日記だ。

「シーラ!」

大声を出しても彼女は止まらない。ガイアの声が届いていないようだ。

満月のように煌めいていた瞳は光を失い、焦点が合っていなかった。何かにとり憑かれたように、フラフラとガイアに近づいてくる。


「っくそ!」

ガイアは酷く後悔した。

(だから言いたくなかったんだ!シーラがバグを認識したらどうなるかは、まだ検証してないのに・・・!)


(―もし、振り出しに戻ったら)


一瞬、最悪な展開が頭をよぎったガイアは冷静さを欠いた。

無表情のシーラが手を伸ばして近づいてくる。今までになく近い距離感で、ガイアはドキリとするが今は喜びを噛み締める余裕もなかった。


(バグに干渉してシーラを元に戻す、しかないな)


それしか方法が思いつかない。

いつものように日記の裏表紙を触ろうとする。が、

「・・・マジかよ」

シーラに先手を打たれていたようだ。

彼女はあろうことか、ガイアの行動を先読みして片腕を掴んできた。

力の加減が出来ないようで、握られたガイアの腕はギチギチと悲鳴を上げている。

「くそ・・・」

このままシーラを蹴り飛ばしてしまおうか、物騒な案が頭に浮かぶ。


(・・・いや、ここで俺が助けたら何も変わらないんじゃないか?)


いつもシーラを直していたのは、ガイアとアルマ王子であった。

感情を失い、酷く冷たい性格。ある日を境に変化してしまうシーラの人格。

だが、本来の彼女はどちらが正しいのか。何度も同じストーリーを経験しているガイアは最早分からなくなっていた。


(本当のお前はどっちだ・・・?)


おもむろに日記を投げ捨て、ガイアはシーラを抱き寄せる。血が止まっているのではないかと思う程の握られた腕を利用して、彼女をぐっと引き寄せた。

本を捨てた方の手で、そっとシーラの背中に触れる。


「シーラ」


白く大きな耳に向かって、懇願するようにそっと彼女の名前を呼んだ。

その間、途轍もない力で暴れるシーラの体を抑え込んでいた。そろそろ限界が近い、と思ったその時、


「ガ、イア・・・」

つぶやくように紡がれた声にガイアは、はっとした。

徐々に抵抗が薄れ、脱力したシーラは俯く。

「ごめん・・・」

「大丈夫か?」

「うん・・・」

「なら良かった」

小さな声で二人は会話を続けた。夜が更けるまで、ガイアはシーラの傍にいた。


***


翌朝、ガイアはアルマ王子の執務室を訪れていた。相変わらず豪勢で小奇麗な部屋だが、王子はシンプルな部屋を希望しているらしい。その部屋はエリアが毎日、丁寧に掃除をしている。

王子とエリアに話があると言ったのはガイアだった。


「昨日、シーラが前に戻りかけたけど、自力で戻ってきたんだ」

「えっ」

即座にエリアが反応を示す。喜びで興奮を隠せない様子だ。

「それって、事態が好転しているってことですよね?」

「あぁ、シーラの日記を使って性格のバグを直そうとしたんだが、ちょっと賭けに出てみたんだ。あいつは自分でバグに打ち勝った」

「・・・それは結果論だよね」

嬉々と話すガイアにアルマ王子が水を差す。その声はどこか怒りを含んでいた。

「もし、そのままシーラが日記のバグを触ったらどうしてたんだ?今まで、バグの存在を認識したことが無い彼女が、その存在を知ったらどうなるのかは想像したのか?・・・せめて、僕かエリアがその場にいる時に試すべきだった」

「お、王子・・・」

エリアがおろおろと視線を彷徨わせる。憤っているような王子の雰囲気に、ガイアも自らの行動を反省した。


「一人で先走った。今後は相談するよ」

「あぁ。僕もエリアもシーラを心配しているんだ。君一人で戦っていると思うなよ」

打って変わってガイアを勇気づけるような王子の口調に、ガイアも笑って応えた。

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