#9『おもかげ』



 今まで本当の息子のように接してくれた幼馴染の両親に何があったか話すと「あなたは悪くない。わかってる。でも…もう2度と娘に近づかないでほしい」と言われ少年時代のトラウマになった。


 自責の念がいつしか「自分は人殺しだ」という考えに変わる頃、大学で記憶を失った彼女と再開した。


 相変わらず彼女は記憶を失っているようだが、なぜか妙に気に入られて付き纏われる。


「私子供の頃の大きな記憶がすっぽりと抜けててさ。すっごく大事なような気がするのに思い出せないの」


 ある日そんなことを聞かされる。


 どうやら記憶を失ってるのは本当のようだが、一緒にいるといつ記憶を戻すか分からない。


 記憶が戻ればまた自殺しようとするかもしれない。


 彼女の両親からお願いされてることもある。


 そんな考えから彼女を避ける。


「ねぇ避けないでよ。私何かした?気分を悪くしたなら謝るし、直すから教えて?」


 涙目ながら懇願されるも本当の事を告げるわけもいかず葛藤する。


 結局嘘の理由で誤魔化し、よくない事だと分かってながら交流を続ける。


「なんでか分からないけど君といるとすごく楽しいし安心する」


 日に日に自分を見る目に熱が帯びていくのを感じ、焦り始める。


「今まで忘れた記憶を取り戻すことが目標みたいになってけど、最近はね…人生それだけじゃないかもって思えてきた。君と会えて価値観が変わったのかも!」



「しょーじきさぁ…君のこと運命の人って思ってる。…こんないい歳して何言ってるんだろ私!あははは!…。その…さ、君と恋人になりたいと思ってる…」


 恐れていた事が形になる。


 自殺未遂をさせた自分が彼女の隣に立つ資格などない。


 彼女の両親との約束もある。


 「ごめん、キミとは付き合うことができない」


 二度目の拒絶。


「……え?…え?え?ま、まってまって!お願い!理由を教えて!私悪いところあったら全部直すから!君の好みになれるよう頑張るから!!!」


 この世の終わりを迎えたような絶望した表情。


「ごめん…理由は言えない」


 逃げるようにその場を後にする。


 背後から響く慟哭に胸がこれ以上なく痛む。


 過ちを繰り返してしまった。


 自責の念で押しつぶされそうになる。

 

 心の中で何度も謝る。


 謝罪と後悔で埋め尽くされる中ふと思う。


 "今"の彼女と出会ってからまだ1年も経っていない。


 あの頃とは関係に注ぎ込んだ年月が違う。


 また自殺するようなことにはならないかもしれない。


 彼女の恋がまだ愛情に変わる前に、こうして縁を切るべきだったのかもしれない。


 これで良かったんだ。


 そう思い直し、彼女がいない大学生活を新たに始める。


 それから半月後、共通の友人に尋ねられる。


「もう2週間も見かけないけど何か知らない?ラインも既読にならないんだ」


「…ごめん俺もおんなじような状況で分からないんだ」


 また嘘を重ねる。


 流石に心配になり彼女の実家に連絡をしようとしたが、通話ボタンを押す寸前で勇気が出ない。


 結局、情けなくスマートフォンの電源を切り大学から一人暮らしのアパートへ帰る。


 アパート近くまでたどり着くと見覚えのある女性が1人立っていた。


「久しぶり。〇〇」


 5年ぶりに呼ばれるその名前が何を意味するのか、すぐに理解した。


「とりあえず…家に入れて?」


 何処か圧の感じる台詞は、お願いではなく命令のようだった。


 来客など想定してない部屋は散らかっていた。


「ふふっ、相変わらず部屋汚いなぁ」


 大学に入ってから一度も部屋にあげたことのない彼女が呟く。


 軽く座るスペースを作り、座らせると間もなく独白を始めた。


「〇〇に振られた時さ、すっごく苦しかった。全身に激痛が走るし息もままならないし、涙が止まらなかった」


「すごく辛かったけど、この苦しみにどこか覚えがあったの。そこからだよ。フラッシュバックするように〇〇のこと思い出したの」


 彼女の口からはっきりと記憶を取り戻したと告げられる。


「〇〇との思い出が蘇るたびに幸せが胸をいっぱいに満たしてくれて、全身の苦痛や過呼吸から解放されるの。楽になって正気を取り戻すと今度は〇〇に振られたことを思い出してまた悶え苦しむの。それの繰り返し」


「そうやって苦しむ中で一つ気がついたことがあるの」


「〇〇さ、この間振った時の理由教えて?」


「それは…」


 頭の中にいろんな思考が巡り、なかなか言葉が舌に乗らない。


「…教えて?」


「本当はおじさんにもおばさんにもお前には近づくなって言われてるし、あんな思いさせた俺がお前と一緒にいる資格なんてないんだよ」


「それって結局わたしの為を想って振ったってことでしょ?あの時とは違う。そうだよね?」


 ゆっくりと頷くしかなかった。


「良かったぁ。じゃあ私のこと好きじゃないから振ったわけじゃないんだね?あの時とは違う理由で振ったんだよね?」


 違う、とは言えなかった。


「"2回"も君に想いを拒絶されたなら、この先私じゃない誰かと幸せになる君を見ることしかできないなら、せめてこの場で死んで一生君の中で生き続けようと思ってたけど…」


 今になって彼女の鞄に鈍い光を放つモノがあることに気がついた。


「まだワンチャンあるよね?」


 気色の悪い冷や汗が首を伝う。


「ねぇ〇〇。愛してる。私と付き合って?」


(完)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

愛と罰 罰印ペケ @batsuzirushi_peke

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ