エピローグ
荒谷は冷たい牢獄で薄く笑っていた。彼への罰はまだ、決まらない。はじめの推察通り、前例がなく、研究倫理や公務員の汚職を含めて、喧々諤々の議論となっていた。
研究職から追放することは確定であり、荒谷として積み上げてきた人生は全て、明らかにされ、水泡に帰していた。
愛しい彼女に会うことすら、「荒谷要」には不可能だ。
荒谷には、些事だった。
この日も、荒谷の脳内に、夏越イレが話しかけてくる。
(論文の査読は済んでいるが、甘い部分多いぞ。倫理観を守る以前の問題だ)
(おいイレ、こいつが何をやったか覚えているか。構うのやめろよ)
(代わるのはなしだが、脳の意識をつかさどる部分の特定は、彼は良い線行っている。もしかしたら、解明できて、植物状態という言葉がなくなるかもしれないんだぜ。使わない手はないだろ)
(科学者の倫理観ってのはこんなもんなのか?)
(いざとなったら、全員お仕置きするから、それでいいわよ)
生殺与奪は握られている。それで良いと、荒谷は思った。彼はもう、荒谷要ではない。すべてをなくして、最後に残ったのは、奇妙な人の縁だった。それを自覚したときの衝撃に比べれば、夏越と改名しなければならないことも、何もかも些細なことだった。
荒谷のまぶたの裏で、夏越志和の視界が見える。
※
志和と京介は、通学路を二人で歩いている。
真夏の青空が、やけにまぶしい日だった。彼らの目に水色が反射して、きらきらと輝いている。
「留年免れて良かったな、志和。後輩になるかとひやひやしたぜ」
「うん。先生が事情をわかってくれてとよかった。けど、わたしの進路問題は解決してないの」
「ここ数ヶ月、忙しかったからな」
二人の距離は近い。何の変哲もない仲良し同士の会話だった。
「今日こそ、俺んちで大学のパンフを読みまくる会だよな」
「とりあえず、東生大はなしね」
「はいはい」
目の前の光景に、魂の数も、家のことも、入れ替わりも、何も関係していない。
「京介はお菓子、何買う?」
湯本京介と夏越志和は、こんな日が出来る限り続けようと、内心思った。それだけが、彼らの望みだった。
「了」
夏越述べる ~入れ替われる家族の末っ子の彼女と俺のダーク現代ファンタジー~ 小早敷 彰良 @akira_kobayakawa
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