2-10

「マリちゃんは映画とか見るの」

「映画館には行かないけど、ビデオなら家でデレーっと見てるよ」

「DVD」

「DVDだよ。今どきビデオテープはないでしょ」

「最近は宅配もあるし、あなたと同じであたしもインドア派だから」

「インドア派に見える」

「間違いない」

「見てるときはポップコーンとか食べるの」

「ポテチかな」

「僕もそっちがいいね。キャラメル味のポップコーンではね」

「キャメルコーンも好きだよ。ピーナッツが入っていて」

「そうか、キャメルコーンか」

「ところで、そんな話で呼んだわけじゃないでしょう」

「ちゃんと調べてきましたよ」

 そう言ってマリはニコッと笑いながら、僕の向かいのソファーにすわっている。そういえば初めてマリがここに来た時も、こんな感じで向かい合わせにすわっていた。今とは全然雰囲気が違うけれど。

「誰と映画見に行ったんですか」

「その話は終わったんじゃないの」

「あたしも聞きたい」

 突然マリの後ろのほうから声が聞こえる。フミちゃんが事務所のドアのところに立っていた。

「由利子だよ。一人じゃ恐いっていうから」

「あの話題のホラーですか。あたしも一人じゃ無理」

 フミちゃんは黙ったままマリを見ている。

「この人は、仕事を手伝ってもらっているシノザキマリさん」

 マリが立ち上がって、フミちゃんのほうを向いて挨拶をする。

「下のギョーザ屋のお嬢さん」

「文子です」

「お店はあなたの名前なんだ」

「そうです、父がつけました」

 そう言いながらフミちゃんは、僕たちのほうにゆっくり歩いてきて僕の隣にすわった。

「助手さんなの」

「必要なときだけ手伝ってもらうから、パートだね」

「パートさん」

「パートならあたしでもできるって顔してますね」

 マリの言葉にどう反応しているかは想像がついたけど、僕はフミちゃんの顔を見ずに前を向いていた。マリがニヤついている。

「マリさんはある業界に詳しいんだ」

 フミちゃんはマリの顔をじっと見ている。気づいているよね。この前もわかってたし。

「ごめん、マリさんと仕事の話があるから」

「わかった」

 フミちゃんはそう言って事務所から出て行った。

「コウちゃん、フミちゃんだいぶ気にしてたみたいだよ」

 いつもの居酒屋に行くと、山ちゃんが僕を見つけて話しかけてきた。

「ずいぶん地味なんじゃないか。助手ならもっと派手な子がいいのに」

「助手じゃないよ、パート」

「探偵のパートなんて聞いたことないよ」

「探偵なら地味で目立たない方がいいんだよ」

 庄ちゃんが山ちゃんにそう言う。山ちゃんも庄ちゃんも気づいていない。この二人はマリが最初に来た時、事務所から出てきたマリをかなりじっくり見ていたらしいけど。

「仕事忙しいのか。また頼みたいことがあるんだよな」

 焼き鳥をつまみながら、キン兄がぼくに言う。キン兄はマリのことを知っていた。

「あの件です」

「そうか」キン兄がボソッとつぶやく。

「何だよ」山ちゃんが反応した。

「こっちの話だよ」キン兄が突き放すようにそう言うと、

 グラスのレモンサワーをぐっと飲み干した。

「庄ちゃん、何かやな感じだよな」山ちゃんが言う。

「仕事上のことだから」

 僕がそう言っても二人はまだ納得していない。

「それより誰と映画に行ったんだよ」

「これも職務上か」

 庄ちゃんのあとに山ちゃんがつづけた。

「ストレス溜まってたみたいだから」

「そうだよな」キン兄がかみしめるように言う。

「何だよ、キン兄」

「元の嫁さんだよ」

 山ちゃんと庄ちゃんが顔を見合わせ、少しだけ沈黙がつづいた。二人ともゴミ屋敷の話は知っている。

「ナナさんと行ったんだ」

 マリが帰ったあと、奥の部屋でこう言ったフミちゃんの顔がまだ僕の頭から離れない。

「わかってるよ、コウちゃん」

 僕はフミちゃんを抱き寄せた。

「ずっと側にいてくれる」

 フミちゃんを胸に抱きながらそう言ったつもりだったけど、声になっていたかどうかはわからない。

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