クラス召喚されましたがウチ、女子クラスです

京泉

第1話  クラス召喚されましたがウチ、女子クラスです

 女子。


 それは最強の生物。可愛いくて美味しくて面白くて楽しくてカッコいいものが大好きで、好き嫌いがハッキリしている。

 また、自分がどの分類に所属するのかの判別能力も高く、それによって分別されたグループの互いの境界線を侵す事はしないのだ。

 

 少なくとも私のクラスは。の話だけど。



「ありえないんだけどーっねえ、オタ子、アンタ達こう言うのよく読んでんじゃん? どうにかできんじゃね?」


 クラスで一番美人で一番口が悪いギャルグループの紗南が同じグループの亜依、麻衣の美人双子とキャハハと笑った。


「さ、紗南さん! わ、わたしはオタ子では、あ、ありませんっ! よ、陽子と言う、な、名前があり、ありまぁす!」


 オタ子と呼ばれた陽子が同じオタクグループの恵子と礼子に支えられながら抗議の声を上げたが「あ?」と凄む紗南の気迫にグッと口を噤んだ。


「紗南じゃねえって、さなぽよ。アタシの事は、さなぽよって呼べって言ってんだろ」

「む、無理ーっ! 無理だって、な、何度も言ってるじゃ、な、ないですかー!」


「よしなよ、さなぽよ。陽子が困ってるでしょ」


 助け舟を出したのはスポーツグループの香澄。同じグループの博美と愛海がオタ子達を慰める。基本的スポーツマンシップに乗っ取ったグループだ。ちなみにギャル子にはスポ子と呼ばれている。


「でも、さなぽよの言う事も分かります。こう言う事態の事例を一番知り、また、ナビゲート出来るのは陽子さん達だと私も思います」

「だろー? さっすがマジメちゃん」


 マジメちゃんと呼ばれたのはマジメグループの理子。同じグループの文子と数子も「有意義な意見を言えるのは陽子さん達だ」と頷いている。


「で、でも、あ、あの、そうだ! 春子ちゃん達も、し、知ってるよね!」

「へえ、ジミ子も知ってんだったらどうにかしてよ」


 ああ⋯⋯話を振られてしまった。そう、春子は私。春に生まれたから春子。

 ジミ子と呼ばれる私がいるグループは春に生まれた春子の私と夏に生まれた夏子、秋に生まれた秋子。三人とも季節が入った所謂ジミグループ。けれど名前がって意味じゃない。

 ギャルグループのように美人ではないけれどそれなりに流行り物を取り入れてる。

 オタクグループのようにのめり込むまでは行かないけれど漫画もゲームもアニメもそれなりに好きだ。

 スポーツグループのように運動神経抜群ではないけれど運動が苦手までは行かない。

 マジメグループのように成績優秀ではないけれど悪くもない。


 可もなく不可もなく。総合的に平均。だからジミ子。


「知ってるって言うか、こう言うネット小説は読んだよ。でも同じなのかなあ」

「そ、そうなんです。こう言ったものは、た、大抵混合クラスで、お、起きるんですよね」


 もうお気付きだろう。私達はクラス転移している。


 私達の高校は元々が女子高だった為、女子が多い。男子からしたらハーレムだ。しかし現実は世知辛い。各クラスに男子を振り分けるのは面倒だと男子は男子だけのクラスに押し込められ、女子は女子だけのクラスに分けられたのだ。

 男子はA組とB組。私達はC組。残念、溢れた男子がいたら混合クラスだったのに。


 そう言う訳で私達のクラスは女子クラスだ。

 

 今朝、私達はいつもの通り教室で一限目の始まりを待っていた。

 朝から天気は悪かったけどあっという間に暗くなって稲光と落雷が響いて⋯⋯気が付いたらモコモコ衣装の王様や白タイツにかぼちゃパンツの王子様、ゴテゴテしい貴族達に囲まれた中心に私達は居たのだ。


 呆然としている私達に彼らは「全員から聖女の力を感じます」「こんなにいるのか」「一人残して他を返そう」と、好き勝手に喚いていた。

 彼らは「一人残して他を返す」を実行することにしたんだろうね。私達を「話し合ってくれ」と、この部屋に押し込んだ。


「希望があるとしたら、「一人残して他を返す」って事は私達は帰れるって事よね。でも気になるのは「一人を残す」だよね」

「だ、だったら美人なさ、さな⋯⋯ぽよさんが「聖女」に⋯⋯」

「はあ? アタシに残れって言うの? やだよ、かぼちゃパンツ⋯⋯白タイツ。ぷぷっ⋯⋯思い出してもウケる。こう言う世界が好きなオタ子が残ったらいいんじゃね?」

「ひぃぃっ、い、嫌です! ここには練乳さんがい、いないので嫌です!」


 あ、練乳さんって言うのはミルクの剣ってアニメの頼れる兄貴キャラの事。


「やめなって。誰が残っても気分は良くないよ」

「ええ、私達は仲良しクラスではありませんが押し付けによってクラスメイトが一人行方不明と言うのは御免です。取り敢えず挙手で意思確認するのはどうでしょうか」

「だよねえ。そんじゃ、聞くよ。残りたい人ー」


 これには誰も手を上げなかった。当たり前だ。無理矢理転移と言う名の拉致被害を受け、いきなり「聖女」だと言われても私達はただの女子高校生。誰もが異世界転移を喜ぶと思わないで欲しい。


「んじゃ帰りたい人ー⋯⋯て全員か。当然だよねー」


 ギャル子がキャハハと盛り上がる。堂々巡り。異世界転移なんて本当に迷惑極まりない。


 話し合いが纏まるはずがない私達。そんなこんなで一週間、二週間と時間だけが過ぎた。

 その間、この国の人たちは私達の誰かが「残る」と言い出すようにあの手この手で引き止めて来た。


 一番鬱陶しかったのはイケメン達。彼らは代わる代わるやって来ては白々しいお世辞を囁いてくれた。

 だがしかし、そんなものに落ちる私達ではないワケで。

 ギャル達子は適当にあしらっていたし、スポ子達は興味がないと言い切っていた。

 マジメちゃん達は不健全だとぷりぷりしていたし、オタ子とジミ子の私達には関係のない話。


 ⋯⋯だと思っていた。



「はぁ⋯⋯ねえ、アタシが残っても良いよ」


 そう言い出したのは紗南。


「いいえ、私が残るのが最善では?」


 意外な事を言うのは理子。


「あ、あの! わたし、私はこう言う世界得意⋯⋯です」


 最初は嫌がっていたのに陽子が手を挙げた。練乳さんはどうした。


「いや、どんな事が起きるか分からない。私が残るよ」


 香澄は仕方なさ気に言うがその表情は乙女だ。何があった。


 それは転移されてから間もなく一ヶ月経とうとしていた頃。それぞれがこの世界に残ると言い出したのだ。

 

 綺麗なドレスと美味しい食事。パーティーで手を引く美形の王子様達。

 年頃の私達が怠惰な誘惑に溺れるのを誰が咎められるだろうか。


 かく言う私もこの世界でロマンスを見つけてしまったのだ。この世界に残るべきは私だ。


「あの、ね、私、この世界で真実の愛⋯⋯を誓ったの。だから私が残るべきだと思う」


 私はこの異世界で初めて好きな人ができた。初めて彼氏が出来たのだとみんなに告白した。

 そう、私はこの国の王子、リチャード様から「真実の愛」だとプロポーズされたのだ。


「ジミ子、とうとう彼氏出来たの!? おめでとー。へへっ実はさ、アタシもできたの彼ピ」

「実は⋯⋯私も」

「え? 香澄さんも? 実は私もです」

「あ、あの、私! 私もです!」


 驚いた。私達十五人全員がこの世界で「真実の愛」を見つけたと言うのだ。

 でも、いい事、なのかな。勝手に連れて来られたこの世界で最愛の人と巡り会えたのだから。


「ねえ、みんなの彼氏ってどんな人? アタシ恋バナみんなとしたかったんだよねー」

「こっちに来て良かったのかもね。私達が仲良くなれたんだから」

「そうね。まさか恋話をするようになれるなんて」

「わ、私も入っていいですか!」


 みんなで笑い合う。

 本当、異世界に来て仲良くなれるなんてなんだかむず痒い。

 

「で、どんな人よ」


 ギャル子の音頭で恋バナに花が咲き乱れた。

 金髪で青い目で。細マッチョで背が高く、優しくて。みんな誰とはなかなか言わないけれど「私も!」「なんか似てる」「クラスデートしよう」そんな和気藹々とした恋バナは恥ずかしいけれど楽しい。


 いよいよ、それぞれの相手は誰なのかと緩む頬で牽制し合うと「せーので言おうよ」と言ったのは香澄だ。


「じゃあ「せーの」で言うんだよ」


 ゴクリと喉が鳴った。互いに顔を見合わせればみんな恋する乙女の表情だ。


「せーのっ」


「リチャード様」×十五


 重なるたった一人の名前。


 ⋯⋯時が止まった。




 ギャル子達は青筋を立てた。

 紗南はこの世界のかぼちゃパンツに白タイツや、ひらひらしているだけのファンションセンスが好きになれずドレスを改造していた所にリチャード様が現れ「君のセンスは素晴らしい」と紗南を褒めた。

 初めは鬱陶しいと追い払っていたが紗南が一人で居ると必ず現れじっとその作業を見守ってくれたのだと言った。

 亜衣と麻衣も一人でいる時にリチャード様と会い「君を守りたい」とか「君のそばに居たい」とか言われたそうだ。


 ああ、リチャード様のファッションが突然格好良くなったのはギャル子達のおかげだったのか。


 スポ子達は顔を見合わせた。

 香澄はこの世界でも日々のトレーニングは欠かさず行っていた。一人訓練場で日課をこなしていた所にリチャード様が現れ「一人より二人で訓練した方が楽しいよ」と参加して来たそうだ。

 初めは軟弱な王子だと思っていたが香澄のトレーニングに付いてくるリチャード様に興味が出たのだと言う。

 博美と愛海も一人でトレーニングしている時にリチャード様と会い「素晴らしいスタイルだね」とか「君の汗は美しい」だのと言われたそうだ。


 たしかに、リチャード様の身体は引き締まっていたものね。


 マジメちゃん達は不機嫌に眉を顰めた。

 理子はこの世界を知ろうと図書室へ通っていたらしい。そこでリチャード様が「分からない事は聞いてね。一人で学ぶよりより知識が深まる」と隣に座って来た。

 初めは特に会話もなく没頭したらしいが、リチャード様は何故理子の分からない所が分かるのか都度「これはこう言う意味だ」と教えてくれたと言う。

 文子と数子も勉強しているといつのまにかリチャード様が現れ「学ぶ横顔が綺麗」だとか「専属の家庭教師になりたい」とか言われたそうだ。


 そう言えばリチャード様は私達の世界の事をよく知っていた。マジメちゃん達に聞いていたのか。


 オタ子達は青ざめていた。

 陽子は練乳さんに会えない日々が悲しくて自家発電で練乳さんを描き出していると「これは君の大切な人? 妬けちゃうな」とリチャード様に微笑まれたそうだ。

 初めは実物男に抵抗感満載だったが王子スタイルのリチャード様に舞台役者的な憧れを持つのは難しい事じゃなかったらしい。

 恵子と礼子もこの世界のドレスでコスプレを楽しんでいた所にリチャード様が「王子様が必要じゃない?」やら「君との物語を描きたい」と言ったそうだ。


 リチャード様が見せてくれた「聖女」と「王子様」の物語。あれってオタ子達が描いたのか。速筆だな。


 ジミ子達は⋯⋯そう、私はとんでもない人に初恋を捧げてしまった。

 だって、何の取り柄もない私にリチャード様は「素朴な事の何が悪い」「君と居ると心が穏やかになる」って言ってくれたのだ。

 夏子と秋子も同じように言われたらしい。

「君の笑顔は私だけに向けて欲しい」とか「いつか二人だけの秘密を持とう」なんて平々凡々を突き進むジミ子な私達がそんな「特別」を感じる扱いを受けたらそりゃ、落ちるでしょ。


 「ハニートラップ」。全員の頭に浮かんだ言葉。


 ⋯⋯それにしても凄いな! 全員の性格にマッチング! マメだな! ゾーン広いな! 人心掌握完璧だな! さすが王子様だな!。


「悔しい⋯⋯」


 くそう⋯⋯全部口だけだった訳だ。

 

「や、やられたらやり返す⋯⋯倍、100倍返しです」


 陽子がポツリと呟いた。ああ、そのドラマ私もよく見てた。


「私が惑わされるなんて、実に面白い」


 口角を上げたのは理子。うん、それも見てた。


「試合は諦めなければ終了しない」


 そう顔を上げたのは香澄。うんうん、その漫画叔父さんから借りて読んだわ。


「誰かが地獄を見なけりゃ終わらねぇ⋯⋯」


 ギャルだけど、派手だけど紗南は時代物が好きなんだな。その表情は某仕事人だ。


 私達は誰とも無く互いの手を取り合う。

 

 絶対全員で元の世界へ帰ってやる。


 そう決意を込めて力強くスクラムを組んだ。

 

────────────────────


 絶対に全員で帰る。そう誓い合ってから私達はそれぞれ準備を始めた。私はこの世界へ呼ばれた原因、「瘴気」の存在を調査する担当。「瘴気」を図書館で調べた帰り道、少し外の空気を吸おうと出た中庭での事だ。


「まだ、決まらないのですか」


 噴水の縁で恋人達が肩を寄せ合いながら愛を育んでいる姿を私と理子は見てしまったのだ。


「もう少し待っていて愛しいクリスティーナ」

「でも「聖女」が決まれば側室として迎えなくてはならないのでしょう? わたくし嫌です」

「仕方がないのだよ。元の世界へ返せるのは一度キリだから「聖女」を側室として迎え入れてやると言えば彼女達の誰かが残ってくれるだろう。瘴気の危機が去れば「聖女」は不要だ。時期を見て王宮から追い出せば良いじゃないか。私の最愛はクリスティーナだけだよ」

「リチャード様」


 二人の顔が近付いたあたりで理子に引っ張られ私はその場を後にした。

 まあ、王子様だし婚約者がいても驚きはないし、ただの女子高校生がお妃様になれるなんて思っていない。

 でも「聖女」は使い捨てみたいな事を考えていたのは⋯⋯めちゃくちゃ腹立つ。


「ゲスの極みだわ。いくら私達の世界とモラルが違うとは言っても人をなんだと思っているのかしら」

「本当、王族ってそんなに偉いのかって。いや、元の世界でも偉いけどさ、庶民とは違うその考えを私達に押し付けないでもらいたい」


 「全くよね」そう理子が珍しく笑う。

 理子達マジメちゃんグループはなんとなく堅苦しくて、彼女達のレベルが高そうな会話にもついて行けないとわざわざ接点を持つ事も無かった。


「私達だってドラマも漫画だって読むしゲームだってするもの」

「いやー低レベルな話、嫌いそうだったじゃない」

「それは私達の悪いところかもね⋯⋯もっと話してみれば良かったね」

「そうね。帰ったらどんなの読むか教えて」

「勿論。春子達には難しいものかも知れないけど」

「言ったそばから酷い」


 異世界に拉致されて良かったことと言えばこうして接点のなかった彼女達と話す機会が増えた事だ。

 

 ギャル子達は口は悪いけど相手の性格を否定しない。強い口調にドキリとはするけれどされて嫌な事を伝えれば素直に「ゴメン」と言ってくれる。

 スポ子はサバサバしているようで実は乙女だった。全員が失恋したあの時一番激しく泣きじゃくったのは彼女達。

 マジメちゃん達は他人なんてどうでも良いって言いそうだと思っていたのはこちらの思い込み。ただちょっと「お一人様」が好きなだけなんだろうと知った。

 オタ子達はマイペースを邁進している。異世界への適応力が高いのは羨ましい。元の世界へ帰ったら同人誌を作るんだと言っている。

 ジミ子達はそのジミさに影が相変わらず薄い。けれど、みんなジミという事はどのグループの事も分かるオールマイティな存在なのだと笑ってくれた。

 私はなんか嬉しかったんだ。



「それじゃ決行は今夜だよ」


 紗南が窓際で不敵に笑う。


「護衛の騎士は私達のパリピに頼んだわ」


 ふふっと色っぽく笑うのは亜衣と麻衣。あくまでも「ダチ」として交流し続けて騎士達をパーリーピーポー化したその手腕は流石だ。


「聖女の力の使い方はみんな覚えたね」


 リチャード様のハニートラップに気付いてから一週間。私達は見つけた文献から「聖女の力」を知り、使い方を特訓した。その指導者はあっという間に使い方を会得した香澄。彼女が両手を前に出しながら言う。


「ちょっと厳しかったけど身体が覚えているから大丈夫」


 なかなか思うように覚えられなかったオタ子達とジミ子達にサムズアップして「筋肉は裏切らない」と笑うのは博美と愛海。


「こ、この世界は小説と同じです。しょ、瘴気を払えば絶対に帰れます」


 陽子はこの世界がネット小説の世界だと思い出した。

 その話では「聖女」として召喚された女子高校生が世界を救い、王子様は婚約者がいたのに婚約破棄させて王子様と結ばれるのだけれど、お花畑脳だった女子高校生「聖女」は最後に婚約を破棄された令嬢にざまぁされるものだった。


「ざ、ざまぁなんて回避するんだから」


 恵子と礼子が勝手に召喚され、勝手に「聖女」にされてざまぁされるのなんて絶対嫌だと言う。それは全員同じ気持ちだ。

 

 抜け出す順番はほぼ毎日城下へ遊びに行っていたギャル子達から。人目がある間に出入りしていても「また遊びに行く」のだと不審がられないから。

 次がマジメちゃん達とスポ子達とオタ子達。

「また遅くまで勉強している」「またトレーニングしている」「特訓を受けている」と見せる為、図書室と訓練場に細工してから抜け出す。


 私達ジミ子グループは最後。それは目立たないから。今まで悲しいかな城内をうろうろしても気に掛けられなかった訳で⋯⋯。どこに居てもとにかく目立たないからね。だから最後。



 そしていよいよ決行の時間が来た。私達はそれぞれの計画通りに城を抜け出したのだった。


────────────────────


「私達ならできる!」

「今苦しいのは明日の為!」


 ギャル子達とスポ子達の声が私達を鼓舞する。


 付け焼き刃の特訓でも全員に「聖女」の力があるのだから全員で浄化すれば出来るのではないか。との考えに至り私達は城を抜け出し「瘴気」の浄化を始めたのだ。


「練乳さんに会うんだろ!」


 「練乳さん」の名前にオタ子達の力が強まった。

 私達は血管が切れるんじゃないかと思うくらい全力で挑む。

 

 と、息苦しさが軽くなった。暖かい空気を感じて周りを見るとみんな真剣な表情だ。

 私達は「瘴気」を囲み「聖女の力」を「瘴気」へと当てつづける。

 一体いつまでやれば良いのか気が遠くなる。けれど、私は一人ではない。目的を同じにした仲間がいるんだと力を込める。

 

 みんなに疲れが出始めた頃。「瘴気」が弱まったように見えて私達は油断してしまった。

 その隙をついて触手のように向かって来る黒い霧。


──負ける──

 

 そう絶望した時だった。


「ウェーイ!」


 ハッピーな掛け声と共に霧に斬り込んだのはギャル子達のパリピ。

 ニカリとサムズアップする彼らにトキめいたスポ子達の力が強くなった。


「今よ! みんな!」


 理子は「瘴気」の力が強弱を持って発生するのだと図書室の本で知り「瘴気」が強い時は抑え、弱まった時に一気に「聖女の力」をぶち当てるのだと説明してくれた。

 それが今なのだと理子の合図が来た。


「いっけぇぇぇええ!」


 全員が叫び、白金の光で「瘴気」を包む。

 互いに「頑張れ」と励まし合い、瘴気を圧縮して行く。


 やがて⋯⋯。


 光が引いて全身から力が抜けた私達の前にコロっとメロンサイズの玉が転がった。

 それは中でグルグルと青黒いものが渦巻いた玉。


 私達は「瘴気」を封じ込める事に成功したのだった。



 私達が抜け出した城は大騒ぎだった。


 護衛をしてくれた騎士達とは城に入る前に別れ、門を潜る。

 城の前で私達を追う準備をしていたリチャード様は私達の姿を見つけ駆け寄って来た。


「どこに行っていたんだ! 心配かけさせないでくれ」


 心配だった。白々しい。そう言うのならもっと苦々しいのではなく、不安そうな表情を作れば良いのに。

 

「リチャード様。国王陛下に面会を取り次いでください」

「もしかして誰が「聖女」になるか決まったのかい?」


 嬉しそうに言うその質問に対して私達は何も答えない。答えてあげない。


 そうして、私達は国王陛下の前に並び、じっとその時を待った。


「⋯⋯して、誰が残るのだ」

「陛下、まずは「聖女」として残った場合、何か褒賞はあるのでしょうか」


 誰が「聖女」になるのか。それだけが知りたいと言わんばかりの態度がやっぱり気に入らない。


「うむ。この国の王族として迎え入れよう。王子には婚約者がいるが、側室として王子の側に置こう」


 ふむふむ。リチャード様が言っていた事と同じね。その実は時期を待って追放だったわね。


「分かりました。発表の前に、私達から三つの要求を飲んでいただきたいのです。それが飲んでいただければ「聖女」を発表いたします」

「うむ。よかろう。我が国は宣誓を行ったものは必ず果たされる決まりがある。宣誓書をこれに」


 そう言って文官が差し出した羊皮紙を陛下は手にした。それに書かれたものは必ず実行されるのだと言う。

 私達は「約束の施行」「次の聖女召喚を行わない」「瘴気を封じた後は私達全員を元の世界へ返す」

 この三つを宣誓書に書かせた。

 

 三つ目の宣誓に陛下とリチャード様は互いに目配せ合うとニヤリと笑い頷いた。

 そりゃそうよね。だって私達が元の世界へ帰れる機会が一度キリだと知らないと思っているから。「してやったり」とか思ったんだろうなあ。


 そして、私達は約束を違わせないよう、先に送還の魔法陣を作らせてから、溜に溜めて「聖女」の発表を行った。


「さあ、誰が「聖女」だ!」


「私達全員です」


 その言葉にその場が静まり返った。


「⋯⋯え、側室十五人⋯⋯?」


 アホな発言をしたのはリチャード様だ。


「それから、既に「瘴気」は封じました」

「何!?」


 紗南がニマニマと取り出した玉に視線が集中する。禍々しい気配のそれが本物の瘴気玉と分かったのだろう、周りの貴族達が怯えて後ずさった。


「あっ! ごっめぇん」


 ゴンっ。

 ピシリ。


 紗南が不注意で落とした風を装って玉を落とすと陛下は王座の後ろへ隠れ、リチャード様は頭を抱えて蹲った。


「こら! 紗南! 丁寧に扱え!」

「えー? でも本物だって分かったっしょ。てへぺろ」


 転がった瘴気玉を陽子がコツンと蹴るとコロコロとリチャード様へ一直線に向かって行く。


「や、やめろ。陽子! 君は私が好きなのではないのか!」

「お、お断りですぅ!」


 一目散に陽子たちオタ子グループが魔法陣へと駆け込む。

 ジミ子、マジメちゃん、スポ子、ギャル子がそれに続いた。


「あ、さっき落とした時にちょっとヒビ入っちゃったみたいだから気を付けてね」

「待て! 誰か残れ! これが壊れたらどうするんだ! それに私の側室になれるんだぞ!」


「お断りだと言ったでしょう。「時期が来たら追い出す」でしたっけ」

「な、何でそれを⋯⋯」


 瘴気玉に入ったヒビはほんの小さなもの。そこから少しは漏れ出るだろうけど魔術師の力で抑える事は出来ると理子が言っていた。

 そうよね。強制拉致されたとはいっても何も知らない国民と、手を貸してくれたパリピの騎士達が苦しむのは本意じゃない。


 魔法陣の光りが強くなった。陛下が呼んだのだろう騎士が雪崩れ込んできたのが見えた。


 ⋯⋯が、ドサドサと倒れ込んで行った。


「誰だ転んだのはっ」

「重いいいいいっ」

「ウェーイ!」


 最後の「ウェーイ!」に私達は顔を見合わせて吹き出した。


 光が彼らの姿をどんどん薄くして行く。

 騎士団子から飛び出したパリピの騎士が向かって来た。一応追う体を作ったのだろう。


 私達の意識が光と同化する最後に見た景色。

 それは手を伸ばし、手を振るかのように両手を上げたパリピの騎士達。彼らの満面の笑顔だった。


────────────────────


 遠雷が聞こえる。


「こらーっ起きろ! なんだこのクラスは。一限目から居眠りとは!」


 この声は⋯⋯古文のべーやんの声?。

 はっとして周りを見渡せばみんな目を瞬かせキョロキョロしている。


 戻ってきた。しかも召喚された直後の時間に。

 

「ベーやんおはようございまあす」

「おはようございまあす。じゃないっ。ベーやんでもない。俺は長谷部先生だ! 授業始めるぞ」


 教科書を出せとぷりぷりするベーやんに私達はクスクスと笑う。

 ついさっきまで異世界へ行っていたなんて信じられないほどいつもの時間だ。

 

 ⋯⋯夢だったのかな。

 みんなと仲良くなったのも気のせいなのかな。

 ちょっと寂しい。なんて思っていた私の背中を紗南がつついた。

 そっと手を後ろに出せばメモが乗せられた。


──放課後みんなでカラオケ行かね?──


 はっとして振り向くと紗南がニヤリとした。

 私は頷き返してメモに自分の名前を書いて香澄にメモを繋ぐ。

 香澄もニヤリとして頷き、陽子へ渡る。陽子から理子。メモは次の人に回されて行った。


 やがてクラスを回ったメモが紗南に戻ってきた。

 そこには十五人の名前が並んでいる。


「なんだお前ら。ニヤニヤして。まだ寝ぼけてるのか?」

「ベーやんてよく見たらイケメンだね」

「よく見なくてもイケメンだ!」

 

 ベーやんは気付かないだろう。

 私達が昨日よりほんの少し仲良くなっている事を。


 私は放課後が楽しみだと窓の外を見た。

 あんなに暗かった雷雲は過ぎ去り、青空が覗き始めていた。



 女子。


 それは最強の生物。可愛いくて美味しくて面白くて楽しくてカッコいいものが大好きで、好き嫌いがハッキリしている。

 また、自分がどの分類に所属するのかの判別能力も高く、それによって分別されたグループの互いの境界線を侵す事はしないのだ。


 けれど、一度その境界線を越えたら?


 私達は越えた先を知っている。

 少なくとも私のクラスは。の話だけど。

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