第10話 最終章

          最終章


 一か月後。



────ふと、目覚めた。


 有馬静希は屋敷の自室で目覚めた。

 事件後、病院に運ばれ数日ほど意識を失っていたが、やがて目覚め、その翌日にはすぐに退院した。退院する前、静希は藍沢雅臣に礼を言おうとして、会いに行った。

 けれど、いなかった。

 退院したというわけでもなく、ただ散歩に行っていたということらしい。待つことだってできたが、静希は拒んだ。そこには静希なりに思うことがあった。会ったところで、お互いまだ口を開けないだろう、という。


「んーっ」

 体を伸ばす。すると自然とあくびをしてしまう。

 時計を見れば、朝の八時。そして日曜日。学校は休みだ。

「さて」

 静希はベッドから出て、クローゼットを開け、着替えた。衣擦れの音がしながら、パジャマから私服に着替えていく。

 そうして静希は部屋から出て、食堂へ向かう。ロビーに出て、中央階段を降りて、一階の西館へ向かった。その途中で、二階の西館への入り口には立ち入り禁止のテープが貼られている。今度、あそこは改修工事をするらしい。


「おはようございます」

 静希が食堂に入ると、そこには水川澪がいた。

「ごめんね、澪。たぶん起こしてくれたんだろうけど、俺、なかなか起きなかっただろ」

「いえ、私は全然」

 どうやらあまり気にしていないらしい。

 次からちゃんと起きよう、と静希は思った。

「静希、おはよう」

「ああ、姉さん。おはよう」

 食堂ですでに席に座って、料理を待っている有馬冬子が静希にあいさつを投げかけた。それに合わせて、静希も言う。

 静希は言ったあとで、冬子と相対するようにしてテーブルにつく。その直後、何人かの使用人によって料理が運ばれた。

「こうしてみると、姉さんとはこれまであまり話していなかったね」

 あの事件解決まで、静希は姉ではない人を姉と勘違いして話していた。おそらく、姉と話したのはたったの一回か二回ではないだろうか。

「そうね。わたしも、あまり静希とは話していなかったわ」

「……やっぱり俺が」

「あのね、いつまで気にしてるの。自分が偽物の弟だとか本物だとか、そういう話はわたし嫌いよ?」

 あの事件以降、静希はずっとそのことを気にしている。自分がこの有馬家にとって異物でしかない。今までずっと、有馬静希という人間を演じていたんだ。そんなふうに自分を責め続けている。

「でも……」

「でもも何もないわ。あなたはこの有馬家唯一の男性で、現当主なんだから」

 次期当主であった有馬直紀が亡くなって以降、次期当主の座は空いてしまった。今まで有馬家は男性が当主を務めていたため、当然その座には静希が座ることとなる。そして事件解決のころには有馬誠がついていた現当主の座は空いてしまったので、もちろんそれを静希がつくこととなる。

 つまり今、有馬家当主を務めているのは有馬静希なのだ。

「ごめん。朝から弱音吐いた」

「大丈夫よ。でも、気にしてしまうのは仕方ないわ。でもね、これだけはたしかなの」

「ん?」

「今のあなたの姿はね、あのころの静希にとっては願いが形になったようなものなのよ。あなたは今、普通でいられてる。誠による呪縛に縛られず、自由に生きていられる」

「……そっか」

 静希は冬子に微笑んでみせた。

「なら、よかった」

 ──だって、それは。

親友おれにとっても、うれしい」

 そう、まるで救われたかのような声で言った。


「あと、今日墓参りしなきゃ」

「そうね」

 静希は週に一度、事件で巻き込まれた大輔や、直紀と誠の墓へ行っているのだ。

「でも、その前にお客さんが来るから、いつもの時間よりは遅くなるわ」

「お客さん? 誰だろう」

「あなたにとっても、わたしにとっても、大事なお客よ」

 そう言われても、静希には首をかしげることしかできない。誰なのか、と訊いてみても冬子はなかなか答えてはくれない。サプライズか何かか? と思っていた。


 それから静希と冬子は朝食を終え、だいたい午前九時になったころだろうか。静希は冬子に連れられて、同じ西館にある談話室に行った。

「お迎えしなくていいのかな」

「いいのよ。澪が迎えに行ってくれるから」



 ロビーには澪がいた。

 澪は玄関扉の前で待ち続けている。それで九時五分をまわったころに、扉はノックされた。

 そして澪は扉を開ける。

 そこには、顔を見るのはあまりに久しぶりな……色白で、銀髪で、長髪で後ろで結んでいる……その人は、


「澪先輩。久しぶりです」


 セリフの内容とは相反するような、澪が毎日聞いていた声でそう言った。



 談話室で待つ二人は、無言のまま待っていた。

 そうしていると、たった五分でも十分に感じてしまう。


「あ、足音」

「来たわね」


 談話室の扉の向こうから足音が聞こえる。

 静希は誰なのだろう、と思いながら扉が開くのを待っていた。

 数秒して扉はノックされた。

「静希さま。冬子さま。お客さまです」

 扉の向こう。澪はそう言って、扉を開けた。

 そこに現れたのは、

「久しぶりです」

 藍沢雅臣だった。

 雅臣は二人と相対するようにして席にソファに座って、改まった様子で頭を下げる。

「藍沢さん……」

「ごめんね。少し、時間が空いてしまったようだ」

「いえ、全然。だけど、今日はいったいどのような用で?」

「ずっと、話せなかったことがあってね」

 雅臣はその話を昨日、ある一人の女性にもしてきた。そのあとで有馬家に電話をかけ、冬子に明日来ると伝えていたのだ。

「静希くん。これは君に関わる話なんだ。そして聞いてしまったら……君は僕を嫌うかもしれない。それでも構わないけれど、僕は最後まで話すよ」

「……わかりました」

 静希はおそるおそるうなずいた。

「そっか。ありがとう」

 雅臣は目を伏せて、そう言った。

 そして顔をあげる。

「僕はね。昔は医者だったんだ──」



      有馬奇譚・了

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有馬奇譚 ~藍沢探偵は名家の使用人~ 静沢清司 @horikiri2

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