僕の両親はきつねとたぬき

オダ 暁

僕の両親はきつねとたぬき

僕の朝のルーティンは決まってる。

朝は6時に起床、自己流ストレッチをして簡単に掃除を済ませてから、新聞を隅から隅まで読む。それから、朝食に入る。

 なんとか奨学金で大学に進学したあとも、就職活動全滅でアルバイト生活に不本意ながらスタートしたあとも、これは変わらない。たぶん親の躾の賜物なんだろう。物心ついた頃から早寝早起きにはうるさい両親だった、健康ファーストだとか。あんまり病院代払う余裕なかったんだろうな。あと電気代節約かな?とくに勉強とか成績には文句は言われなかった。僕はどちらかと言えば優等生だったから。放し飼いみたいなものだ。

 だから家庭内生存競争は激しかった。うちは紛れもなく貧乏人の子だくさんを絵に描いたような家庭だったから。寝坊をすると朝食はないのだ。飯を四合たいて、それに味噌汁。運が良ければ、納豆か卵がつく。夜はバラ肉の野菜炒めかメザシが多かった。しかし人数分あるわけじゃない。信じられないが共働きの両親は競争から免除。普通は子供に譲るよな。でも、うちの親は働かざる者食うべからず、の教訓を徹底的に子供たちにたたきこんだ。あと、独り占めせずにシェアすることの美徳もね。だから貧乏なわりに平和だったよ。譲り合いの精神のせいか、ギリギリ食いっぱぐれはなかった。でもカップ麺なんかは好き勝手に食べれなかった。プチ贅沢品だったからだ、誕生日やイベント、テストで100点取った時や通知簿が良かった時だけ。至福の一日だったよ、だから頑張った。

クリスマスは天国だった。お誕生日には買ってもらえないケーキの他に、カップ麺食べるのが許されていた。誕生日は競争から免除される特典がつく。あとカップ麺ももちろん。それが我が家の誕生日プレゼント。よその家と比べるな、うちはうち、外は外、という両親の教えにどっぷり洗脳されていた。殆ど宗教だよ。刺身やステーキはどこかで見たことはあった。カニや鰻は写真で見たかもしれない。どれも食べたことはなかった。

 おじいさんやおばあさんの話をしようか。実は両親は駆け落ち結婚で縁を切られている。何でも二人とも不道徳な出会いで、志を貫いたらしい。母親のお姉さんの婚約者、つまり僕の父親は母親と結婚式寸前に逃げたとか、それでお姉さんは現在もバツイチで独身とか・・・まだ母方の祖父母はとりあえず健在らしい、父方は不明だが。母親の友人が昔うちに珍しく遊びに来た時、偶然耳にしたんだ。なんか、この話は誰にも言えない。両親の黒歴史だからだ。おかげで僕らは生まれてきたわけで、いろいろ矛盾点を解明したよ。

 故郷から近郊の県に駆け落ちして、両親は必死で小金を貯めてまず小さなクリーニング店をオープンした。最初はそこそこ順調だったみたいだったけど、大型スーパーが次から次へと出来て、ついでに隅にクリーニング屋が併設されていくと、従来の店にしわ寄せがきて、うちも例外ではなかった。だから打たれ強い両親はさっさと店を見切って、新規に出来たお掃除関係の会社に鞍替えした。五人兄弟の末っ子が中学生、長女はジミ婚を済ませたばかりだった。親父とお袋は相変わらず同じ布団に寝ていた。



彼女の話をしよう。昔はいたよ。高校の同級生で真理子って名前、あだ名は体型のまんまマルコ。大福のような色白のもち肌でポチャリ系。狸顔よく言えば縁起よさげな、やや出目金の布袋顔。だけどクリスマス前に振られた。新しい恋人の男は彼女と同じ大学の先輩だとよ。彼女の悪魔の告白、そいつとはもう離れられられないんだと。エリートなんだろとツッコミ入れたら、何もかもかなわないみたいだった。

 彼といろいろ食べ歩きが楽しいの、と、まん丸の顔を上気させて返答。真理子は食いしん坊だったからなあ。そういえば僕はラーメン屋やチープな定食屋さんくらいしか彼女を連れて行ってなかった。それも給料日前は無理。学歴やら収入やらも確認したら僕より上、これ以上惨めで言いたくないわ。…思わず、両親のこと思い出して許すしかなかった。男と女の仲は深いな、アパートで泣きながら、カップ麺すすってたこと覚えている。昔、なかなか食べれなかった憧れのカップ麵・・・その時食べたのは、揚げの入った、きつねうどんだったよ。最高に旨かったなあ。大みそかは、かき揚げが入ったたぬきそば。絶品の年越しそばだ。除夜の鐘、聞きながら一人きりの大みそか。クリスマスも同じだけど。正確に言えば、赤いきつねうどんと緑のたぬきそば。

ブラボー!


次に就職活動の悲惨な物語。

 いったい何社受けたことか。就職氷河期、バブルの時とは雲泥な世相だった。お祈り申し上げます、のようなコメント付きの不合格通知は色褪せた畳の隅に山積みになっていき、僕をじわじわと滅入らせていく。学生時代からのコンビニ店員や居酒屋のお運びのアルバイト先が仕事を回してくれるとはいえ、本音は正業につきたかった。四畳半一間の小汚いアパートから抜け出して、もう少しましな所に引っ越ししたかった。しかしこのままでは半永久的に抜け出せない。最初は憧れの有名企業にチャレンジした。しかし十社以上玉砕。仕方なく許容範囲の中小企業にターゲットを移行するも全て撃沈される。数うちゃ当たると踏んだのに…

 周りの奴らの中にはコネ入社出来る奴もいるのにな、大学も2流の上くらいのはずなのにどうして自分はダメなんだろう?僕は世間から否定されてるようですさんだ。だんだん自虐的になっていき落ち込む日々が続いた。両親や兄弟からは、たまに連絡はあるが、いいかっこしいの作り話のてんこ盛り。いつか大丈夫な時が来ると信じていたから。

 結局、紆余曲折あって僕は派遣社員になって大手企業で働く道を選んだ。頑張りをを認めてもらって正社員に採用されることをもくろんだのだ。うまく生きていくためには手段は問えない。成りあがりたかった、どっかのロッカーみたいに。そして、その会社でまたまた娘と知り合ったのだ。名前はナオミで狐顔で切れ長の一重瞼、短大出たばかりの正社員。お互い、同じ庶務課で楽しかったよ。コピーとか他人の書いた下書きをパソコンに奇麗に制作しなおすとか、そんな下働きばかりだったけど、ナオミと同じ空間にいられるだけで良しとした。

「おはようございます」と毎日、鈴のようなナオミの声が聴ける。それだけでまず朝から幸せな気持ちになる。社内恋愛はタブーではなかったが、付き合ってることはシークレット。ま、ばれてたかもしれんがね。

 彼女は、会社から二駅離れた自宅に住んでいた。

 僕はバカだった。スズランのような清楚な微笑みに僕は騙されていたのだ。確かスズランは毒があると聞いたことがある。そして、ついに彼女は毒を吐いた。自分には実は遠距離の恋人がいる、寂しかったからついつまみ食い、あなたの派遣期間だっていつまで続くかわからないでしょと、あっけらかんに言うのだ。さらに慰めるようにのたまう。

「あなた、わりとタイプだったのよ。でも派遣とかフリーターとか不安なのよ。あたしの彼は、大手の××会社の正社員だしリッチなマンションに住んでるの、この前ついにプロポーズされたのよ。あなたも正社員めざさなきゃ結婚できないわよ。彼もう30だから結婚したいんだって」

 いちおう申し訳なさそうな、でも涼しい表情。悪夢のスズラン顔… 

僕は失望で卒倒しそうだった。正社員だってリストラされたり倒産のリスクあるんだぞ、と毒づきながら。ともかく派遣の半年契約延長は辞退して彼女から離れた。派遣先で騒ぐわけにはいかないし、だいいちカッコ悪い、たぬき娘ときつね娘に振られちまったんだ!両親も訳アリ結婚だから、男と女は何でもアリというのが、いつしか持論になっていた。今から思えば、貧乏で情けない耳年増男だった。



それから何年も過ぎた。

 僕は来年に30歳になる。あの頃のきつね娘の相手の男と同じ年齢になるのだ。彼の勤務先の××会社が倒産した噂を耳にしたが、もうどうでもよかった。今のご時世だ、確実なものなど何もない、自分がふんばって生きていくしかないことを両親の背中から十分学習していた。とはいえ僕だって結婚したい。それが無理ならガールフレンドでも、茶飲み友達でも構わない。派遣の仕事はどうにかあるが、正社員への道はいまだ見つからない。まあ、なるようになるだろう。住まいもボロアパートのまま、家賃安い分、余剰資金はせっせと貯めてる。

 ここ最近は世界的に奇病が蔓延して、ますます不況がいろんな職種に広がっている。派遣切りも横行しているが、僕は何とか免れている。しかし僕は派遣だけでは不安で、休日は両親の仕事先の掃除業でアルバイトをしているのだ。奨学金の返済もあるし。両親はすでにベテランの域だ。その陰には血反吐を吐く苦労があったと思う。働いている子供らが協力して仕送りしようか、と言ったら即座に断られた。まだ自分らの食い扶持は稼げるって、そんなに老いぼれてないと怒鳴られたよ。でも、もう何の支援もできないと。頑丈な体と高校出るまでは養育したから、あとはお役ごめん、結婚するなり独身貫くなり子供らにの自由意志らしい。

 僕も昔取った杵柄で、働くことには慣れている。家事も分担制だったから甘やかされて育った奴らよりは使えるんじゃないかと自負している。なにしろ家事やらなきゃ小遣いくれないからね、それも激安だったから何でもやったよ。トイレや風呂掃除は少し料金アップするから取り合いで、おかげで、いつもトイレや風呂はキレイだった。我が家の教訓、働かないもの食うべからず、の教えを皆固く守っていた。それが当たり前に育ててくれた両親に感謝している。上の兄弟もそろってジミ婚した、これもうちの掟みたいに。兄の嫁は妊娠してるらしい。両親には孫も既に3人いるから来春また一人増えるわけだ。僕にとっては甥と姪が。目出たいな、両親の蒔いた種の枝葉は順調に育っているようだよ。

 あと嬉しかったのは、母親のお姉さんと両親が和解したらしいんだ。この前、正月に実家に帰省した時、母親が打ち明けた。まるで大根でも買うように、たんたんと。スズラン女といい、まったく話が重くないな。ヘビー過ぎる内容だから、わざとそうしてるようにも感じる。他の兄弟も何となく知っているみたいだったし。みなポーカーフェイスだなあ…年月がいろんな軋轢を風化させたのかな?いや、みんな今を生きることに必死だから些末な出来事なんだな。過去を振り返ったり、ましてや死んでる暇ないし。でも今度僕の親戚たちにも是非会ってみたいと願っている、なるべく生きている間にね。


 

 今年のクリスマス。彼女いないから、やはり一人きりで過ごす。野郎とつるむのもいいけど、皆なんだかんやで忙しそう。実は少しだけ期待できそうな子いるけどね、どんな子かって⁇

 やっぱり派遣先の子、僕よりちょいお姉さんで両親はとっくに他界。高校中退して年の離れた妹さんの面倒見ている苦労人。顔の輪郭は細面の狐顔だけど瞳パッチリの狸お目目。狐と狸のいいとこどりの感じの娘。今は失恋したくないからモーションかける勇気ないよ。うまくいきそうだったら話すから、ぜひ聞いてくれ!

クリスマスの御馳走は赤いきつねうどん。子供の頃からのプチ贅沢品だ。これ食べると、なぜか目が細い狐面した父親を思い出すよ。揚げが大好きだったから。大みそかもぼっち。やはり二重瞼の丸顔の母親が天かすが好物なのを思い出しながら、緑のたぬきそばを除夜の鐘聞きながらすする。

 これが、年末の恒例ルーティンだ。

 そして、お正月には実家に行き、一族郎党勢ぞろい。おせちに飽きたら、カップ麵に切り替わる。僕の両親は、きつねとたぬきの化かしあいみたいな掛け合いを毎年飽きずにしている。彼らのリコメンド(おすすめ)、赤いきつねうどんと緑のたぬきそばが、今では家にたくさん常備されている。


ブラボー‼

ブラボー‼


それでいいのだ。





                           (おわり)


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