地獄に落ちた俺のお話

青空野光

 今日は地獄の最上層に落ちた俺のとある一日を紹介しようと思う。


 朝。自分の加齢臭で目が覚める。

 昨夜目覚ましのアラームをセットし忘れていたので出勤時間ギリギリだ。

 朝飯ははなから諦めていたが、せめて洗顔と歯磨きだけでもと洗面所に向かっている最中にタンスの角に足の小指をぶつけて悶絶する。

 この足の小指のくだりは一日に十回以上あるので以降は記述しない。


 歯磨き粉を出そうとするも残り僅かなそれは歯ブラシにつけようとした瞬間、チューブの中にチュルっと戻ってしまう。

 ちなみに洗顔クリームでも全く同じことが起きる。

 仕方がないので水のみで済ませて家を出た。


 通勤に使っている電車の中吊りには、俺が中学生の頃に人知れず描いていた黒歴史マンガ「碧洋の謎ブルー・エニグマ」の設定資料が広告されている。

 物語の内容はといえば、血の宿命ブラッドフェイトに支配された過酷な人生を歩む主人公が、ハーフエルフの少女との出会いをキッカケにして、この世界を牛耳る巨大組織『第六世界ズィ・インフェルノ』と渡り合うという、非常にアレなものだった。

 ちなみに広告主は俺の先祖だ。


 勤務先のスーパーマーケットに着くとすぐに朝礼が始まる。

 店長が今日のお題を発表し、従業員は一人ずつそれに答えなければいけない。

「えー、今日のお題は『初めて買ったCD』です」

 小学校の朝礼かよとうんざりするが、すぐに自分に順番が回ってくる。

「えっと、あやまんJAPANの『ぽいぽいぽいぽぽいぽいぽぴー』です」

 周囲からこれといった反応はない。

 こんな店、潰れればいいのに。


 勤務開始の前に、今日の特売品を宣伝するため音声レコーダーに商品案内を吹き込む。

「えー今日は玉ねぎがお買い得です。玉ねぎ一袋五個入り、九十円、九十円」

 上手く録音出来ているかを確かめる為に再生してみる。

『えー今日は玉ねぎがお買い得です。玉ねぎ一袋五個入り、九十円、キュージューエン!』

 何故か最後の『九十円』の部分で声が裏返って佐世保発の通販番組っぽくなってしまっているが気にしない。


 昼休みに飯を食いながらスマホを触っていると気になるニュース記事があった。

 リンクを開こうとした瞬間、読み込み切れていなかったバナー広告が急にタップした指の真下に表示され、怪しげな婚活サイトのページが開く。

 スマホの残充電を見ると真っ赤な文字で残り5%と表示されている。

 昨夜寝る前にUSBの裏表を何度も間違えながら充電ケーブルに繋いだはずなのに、どうやらうまく充電が出来ていなかったらしい。


 午後になると本部の販促部の人間が売り場にやってきた。

「新聞の折込チラシの写真を撮らせて欲しいんだけど」

 心の準備もないままに、アスパラガスを持たされて写真を撮られる。

 もういっそのこと殺してくれとも思ったが、よくよく考えたらとうの昔にもう死んでいるのであった。

 後日、出来上がったチラシを見ると、引きつった笑顔でアスパラガスを持つ俺の顔の横に『青果担当の鈴木さんはアスパラがスき!』と吹き出しが付けられていた。

 俺はアスパラガスはあまり好きではないし、そもそも鈴木さんですらない。

 こんな店爆発すればいいのに。


 終業後にロッカールームで着替えていると、左右の靴下の色が違う事に気付く。

 なんなら片方は裏返しで穴が空いていた。


 帰りの電車では吊り革に手首がはまって取れなくなってしまい、結局ニ駅分乗り越して歩いて戻る。

 自宅のマンションに着くとエレベーターが故障しているので、やむなく六階の我が家まで階段で上る。

 ようやく六階に着いたが、階段の段数を一段間違えてしまっていたようで、存在しない最後の一段を思いっきり踏みしめてしまい、誰もいないマンションの廊下に「ダン!!!」という音が響き渡った。


 部屋に戻ってテレビをつけると、埼玉の銘菓「十万石まんじゅう」のCMが延々と流れている。

 ちなみにうちは埼玉とは遠く離れているので、いくら風が語りかけてきたところでその辺で買うことは出来ない。


 夕食のあと洗い物をしていると、蛇口の水がシンクに置いてあったお玉で拡散して俺と周辺をびしょ濡れにする。

 風呂では何度もコンディショナーと間違えてシャンプーを取ってしまい、すでに四回も頭を洗っている。

 部屋干しのバスタオルからは生乾きの酸っぱいニオイが放たれていた。


 真っ暗な寝室で照明の紐を見つけるのに五分も掛かった。

 ようやくベッドに横になると、枕が加齢臭で臭い。

 こうして俺のいつもの平日は終りを迎えた。

 あとはトイレがメチャクチャな詰まり方をする悪夢にうなされるだけだ。


 これをあと五〇年程繰り返せば、俺の生前の罪は贖えるらしい。

 小学生の時に学級の花壇の花の種を全て茄子のそれとすり替えた代償は、思いの外に大きかったようだ。


 来世はどうか、無機物に生まれ変われますように――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

地獄に落ちた俺のお話 青空野光 @aozorano

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説