どんでん返し&ネタバレ
◇ ◇ ◇ ◇
監督人生の節目の朝はいつもと変わらなかった。
見慣れた天井の下で私は目を覚ます。四畳一間。単身用のボロアパート。首元を濡らす汗を手で拭うと、薄い煎餅布団から這い出てシンクの前に移動する。
蛇口の下に置かれた水桶で顔を洗い、戸棚にかかった手ぬぐいで顔を拭う。
酒を飲んだわけでもないのに身体がだるい。
違和感はそれくらい。
煎餅布団へ戻って枕元に転がったリモコンを拾うとテレビに向ける。
チャンネルはちょうど朝のニュース番組だ。
偶然にも、お目当てのエンタメコーナーが始まるタイミングだった。
『先週末に公開された映画「実写版 ドルざかりの君たちへ」が、公開二日目にして興行収入50億円を突破しました。これは歴代トップに迫る勢いで、SNSには「ドル君」ブーム到来の兆しが見られます』
「……やったな」
『5年前に同作のアニメーション映画の総監督を務め、引退を経て本作で突然のカムバックした大黒沢明監督。そのコメントがこちらです』
『前作では予算の関係から泣く泣く3Dアニメーションでの映像化でした。ただ、「ドル君」の世界観を表現するには、とことん実写にこだわるべきだった……』
私の名前は大黒沢明。
元アニメーション映画監督。そして、本日より「日本映画の最高興行収入を塗り替えた」という実績をもって、実写映画監督としてのキャリアをスタートする男だ。
五年前、私は「ドル君」こと「ドルざかりの君たちへ」というアニメーション映画のメガホンを取った。
少女漫画原作。非現実的な設定とキャラクターながら、繊細な筆致とストーリーで描かれた漫画は極めて評価が高く、その映像化には多くの関心が集まった。
しかし、私は映像化に失敗し「クソ監督」として業界を追われた。
『特に印象に残っている話は「ダイヤモンド館殺人事件」「黄金の玉のキャッチボール」「札束が流れる川」ですね。どれも実写化できて嬉しく思っています』
映像化失敗の原因は分かってる。
シンプルに資金不足。
本当は実写映画にするべきだったのだ。
だが、原作を再現するには「ダイヤモンド・金・札束」が不足していた。
原作の完全再現には、普通の映画の制作費では当然足りなかったのだ。
そりゃそうだよ。
こんなハチャメチャな内容の漫画。
どだい、最初から映像化なんて無理だったのだ――。
そう思っていた私に5000兆円の札束が降り注いだ。
これで実写化できる。
悔いも妥協もない、完璧な実写映画を作ることができる。
後悔を拭い去り業界に復讐するべく私は再びメガホンを取った。
5000兆円でダイヤと金と札束を集め、5000兆円でスタッフを揃えた。
5000兆円で撮影所を買い取り、5000兆円で配給会社を黙らせた。
はたして私の全てと5000兆円を捧げた映画は、先週の土曜日に公開された。
結果は見ての通りだ。
『怒濤の『ドル君』旋風はまだ止まらない。業界関係者の間では、日本の興行収入の記録を大きく塗り替えるのではないかと騒がれています』
私の再挑戦は完遂された。
ただ、分かりきった結果に満足もなにもない。
冷めた気分でテレビの電源を消すと、私は着替えてボロアパートを出た。
底のすり切れたスニーカーでアパートの錆びた階段を鳴らす。
私は一張羅のジーパンの後ろポケットに手を突っ込んだ。
取り出したのは角が擦れた長財布だ。
財布の中に入っているのは1000円札と映画のチケット。
映画制作にどれだけ使ってもなくならなかった5000兆円を、綺麗さっぱり使い切った私にはもうこれだけしか残されていない。
今日はホットドッグでも食べながら映画を見よう。
4999兆円分の観客と映画を見れば、少しは満足感を得られるかもしれない。
秋空を見上げながら、そんなくだらないことを私は考えるのだった。
【了】
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最後までお読みくださりありがとうございました。m(__)m
次作執筆の励みとなりますので、お気軽にご評価やご感想をいただけると幸いです。
追記:なぜか1000兆円で認識してるし、冒頭1兆円で書いてるし、いろいろおかしかったので修正しました。申し訳ない……。(白目)
庶民で地味子な私が兆セレブが通う学園に「おもしれー女」として入学させられた件について kattern @kattern
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