庶民で地味子な私が兆セレブが通う学園に「おもしれー女」として入学させられた件について

kattern

第1話

 私、秋原祥子。16歳。

 元気と愛嬌だけが取り柄の女子高校生。

 そんな『ザ・普通』の私に、ある日1000兆円が空から降り注いだ。


 天変地異?

 非合法組織の資金洗浄?

 ドッキリ?


 考える間もなく1000兆円の札束に押しつぶされて私は気を失ったわ。


 次に目を覚ませば病院のベットの上。

 隣には黒服の老紳士――「兆セレブ学園」の校長が座っていたわ。


 彼は困惑する私の手を力強く握ってこう言ったの――。


「君、『兆セレブ学園』の『おもしれー女』にならないか?」


 って。


 校長が言うには、兆セレブ学園の生徒はお金持ち過ぎて、普通の青春が分からないんだって。だから、普通の女の子を転入させて学校を活性化したいんだとか。

 振ってきたお金はその入学祝いってこと。

 ちょっと乱暴だけれどね。


 庶民がどう背伸びしても通えない兆セレブ学園。

 卒業生は進学先も就職先も引く手あまた。

 さらに金持ちの友達もいっぱいできる。


 けど、謎のベールに包まれた学園というのがなにより気になる!


 私は校長の申し出を二つ返事で「OK」したわ!

 だってこんな青春、ワクワクするじゃない!


「ここはひとつ、私が「おもしれー女」としてひっかきまわしてやりますか!」


 という訳で。


 今日はそんな兆セレブ学園への初登校日。

 意気込みを胸に抱いて、私は大理石の門をくぐったのだった――。


「あいてっ!」


 そして転んだ。


 革靴の先で「ガンッ!」て固いモノを蹴ってそのまま前のめりに倒れた。

 咄嗟に受け身を取ったけれど、入学初日からついてないなぁ……。


「いたた。誰よこんなところに、エレガントでセレブリティでラグジュアリーなこぶし大のダイヤモンドを落としたの……」


 私はぎょっとして目を剥いた。

 足下に転がるこぶし大の宝石をこれでもかとガン見した。


 間違いない! 大きいけれど、この形、この輝きは――ダイヤモンドだ!


 なんで⁉


「ごめんよ。どうやら僕のポケットダイヤが落ちていたようだ」


「ポケットダイヤ⁉」


 私の背後で声が上がる。

 振り返るとそこには銀色の髪の八頭身男子。

 サファイアの瞳をした王子様のような男の子が、申し訳なさそうな顔をしていた。


 圧倒的なイケメンオーラ!

 あわわわ、いったいどうしたら!


 イケメンは落としたダイヤに目もくれず、私に駆け寄って手を差し伸べた。

 ただただキョドる私に、彼はアンニュイな微笑みを向けた。


 嘘でしょ、顔面が宝石箱みたい!(語彙力)


「大丈夫? 怪我してない?」


「あ、はい。だいじょうぶです」


「見ない顔だね。もしかして、今日からうちに来る「おもしれー女」かな?」


「はい! そうです私が「おもしれー女」!」


 言ってすぐに頬が火がついたように熱くなる。


 うわぁぁ! テンパってるにしてもひどい挨拶だ!

 志村けんの「変なおじさん」みたいになっちゃった!


 こんなことなら、ちゃんと挨拶の練習しておくんだった。


 とほほ……。


 ショックに固まる私の前でサファイアの人がぷっと吹き出す。

 銀色の髪をまぶしく揺らすと、彼は口元に手を当ててふふっと笑いを堪えた。


 ますます熱くなる頬を私は慌てて手で隠す。


「わ、笑わなくてもいいじゃないですか!」


「ごめんごめん。だって、本当に「おもしれー女」だったから」


「……ぐ、ぐぬぬぬ」


「気に入ったよショーコ。僕は二年三組のスタニスラフ・オストロフスキー」


「すたに? おすと?」


「あはは、言いづらいよね。みんなは『オカネスキー』ってあだ名で呼んでるよ」


「そっちも呼びづらいけど⁉」


 あだ名がストレート過ぎて失礼な領域だよ⁉

 お金持ちジョーク……ってコト⁉


 ただ、彼が良い人だってことはよく分かった。

 笑われたけれど彼に悪意はないみたい。


 じゃぁ、まぁ、いいか。


 なんて思いながら立ち上がった私を、今日は厄日かアクシデントがさらに襲う。


「危ない! 祥子さん避けて!」


「えっ⁉」


 オカネスキーくんの叫び声。

 彼の視線は私の頭の斜め上を向いていた。


 急いで空を見上げれば――白球が私に向かって猛スピードで迫ってくる!


 嘘でしょ⁉ 今からじゃ避けられない⁉


 私を庇おうとオカネスキーくんが前に出ようとするけど間に合わない。

 頭を抱えて私は目を瞑った。


 けれど、ボールが身体に当たることはなかった。


「……あれ?」


「ったく! どこに打ってんだボケ野球部! 怪我するとこだったぞ!」


 薄らと目を開ければ、男の子の広い背中が見える。


 制服がはちきれんばかりの逞しい体つき。

 金色に染まった坊主頭。

 手に握られているのは土にまみれた野球ボール。


 ――私を守ってくれたのかな?


 もう片方の手にはなぜか金色のバット。

 彼はそれを使って飛んできたボールを学園の空に打ち上げた。

 キンと軽快な音が私の耳に響く。


「おう、大丈夫かお嬢ちゃん。それにオカネスキー」


「貴方は……?」


「そんな、名乗るほどのものじゃねえよ」


 気恥ずかしそうに顔を逸らして少年が鼻頭を掻く。


 なんだろ。

 ダサいけど、ちょっとかっこいいかも。


 なんて感心する私の横でぷっとオカネスキーくんが笑う。

 すぐに、金髪の少年の顔が私と同じように赤く染まった。


「金太郎、何をカッコつけているのさ」


「うるせえな! オカネスキー! 助けてやったのに笑う奴があるか!」


「ごめんごめん!」


 金太郎?

 太郎じゃなくって?


 どうやら金髪の少年はオカネスキーくんの知り合いのようだ。


 ヘソを曲げてふんぞり返った金太郎くん。

 そんな彼に変わってオカネスキーくんが私に彼の素性を説明してくれた。


「彼は山田金太郎。僕と同じ二年生でいわゆる不良さ」


「……不良なんですか?」


「見た目はね。けどほら、ここって進学校だから。こう見えてやさしい男なのさ」


 山田君がむず痒そうにそっぽを向く。

 不良なら舐められちゃいけないと食ってかかってきそうなのに。

 よく見ると顔も耳まで真っ赤っかだ。


 間違いない。

 これは良い不良。

 絶対に捨て猫とか拾っているタイプだわ。


 私の中にあった彼への恐怖はバターのように溶けてしまった。


「よろしくね。山田くん!」


「……おう、よろしくな」


 ぽりぽりと山田くんが後ろ襟を指で掻く。

 なんで照れてるのよと肩を小突こうとした時、急に強い風が校門に吹いた。


 花びらが兆セレブ学園の空に舞う。

 キラキラと虹色に輝くそれはまるで――。


「うん⁉ キラキラ⁉」


 私は目を疑った!

 入学シーズンの光景とは思えない目の前のありさまに驚嘆した!


 春風に乗って舞っているのは桜の花びら!

 そして――札束!


 輝いていたのはお札に施されたホログラム。

 ひらりひらりと兆セレブ学園の空に万札が乱れ舞っていた。


「あらあら、朝から騒がしいですわね。オカネスキーに金太郎」


「だ、誰⁉」


 札束の嵐を背負って歩いてきたのは女の子。

 深緑のドレスを揺らして優雅に歩く、灰色の髪をした少女だった。


 ふきすさぶ風が止むと彼女は私に不敵なウィンクを放つ。


 どうしてだろう。

 ゾッとする前にその仕草に胸がときめいた。


 お金持ちって、お金だけじゃなくて違う魅力まで持ってるの――?


「私の名前は億千万京子」


「お、おくせんまんきょうこ?」


「この兆セレブ学園の生徒会長にして理事長の娘。学園を影で牛耳る権力者」


「うえぇ⁉ 理事長の娘⁉」


「貴方が校長がスカウトした「おもしれー女」ですわね?」


「う、うん。私が「おもしれー女」こと、秋原祥子よ」


「庶民のくせに気安くなくって。オカネスキーはこれでも欧州貴族の末裔。金太郎は国内最大級の貴金属商社の御曹司なのよ」


「そうなの⁉」


「学園でも一・二を争うトップセレブを相手にしている自覚はありまして?」


 視線を向けると二人は軽い感じで頷く。

 そんな重要セレブならさきに言ってよ二人とも。

 どうやら京子さんの言っていることは本当みたいだ。


 ――うぅ、確かにそんな二人に慣れ慣れしかったかも。


 ――トップセレブに舐めた口を利いちゃったや。


 私は後悔してその場にうなだれた。

 すると、いつの間にか前にいた京子さんが私の肩を叩く。


 優しい。しかも全然嫌味な感じじゃない。

 京子さんのそれは、どこか私をいたわるような手つきだった。


「この二人になにかしでかしたら「おもしれー女」じゃ、済まないわよ。そのことをちゃんと分かっていらっしゃいますの?」


「……けど、私はこの学校を面白くするためにやって来たから」


「なんの後ろ盾もないのに?」


「大丈夫。私には、手付金の1000兆円が」


「この学園の生徒にとって1000兆円なんてはした金でしてよ」


「1000兆円が⁉」


「そう。だから貴方には後ろ盾が必要なんですわ。この学園で貴方のことをサポートしてくれる、頼れるパートナーが」


 京子さんの手が急に私の腰にまわる。

 彼女は私の身体を引き寄せると銀色の瞳で顔を覗き込んできた。


 目の覚めるような美人の顔が突然私に迫ってくる。


 えっ、えっ、なにこれ。

 どうなってるの――。


 戸惑う私の鼻先を、ちょんと京子さんが指で突いた。


「ですから、祥子さん。私の『おもしれー女』におなりなさい」


「ふっ、ふぇえっ⁉」


 突然の申し出に心臓が跳ね上がる。

 京子さんの「おもしれー女」って――もしかしてそういうことなの?


 どどど、どうしよう!

 私、そっちの方面は全然経験ないよ!


 戸惑う私の背中で「ちょっと待ってよ!」とオカネスキーくんの声がした。


「ショーコと最初に会ったのは僕だよ。彼女は僕の『おもしれー女』だ!」


 えぇっ⁉ ちょっと待って、なに言ってるのオカネスキーくん⁉

 うれしいけれど、私まだ心の準備が!


「待ちな! お前達に祥子を守れるのかよ!」


「山田くんまで⁉」


「祥子を守れるのは俺だ。こいつは俺の「おもしれー女」だぜ」


 どうしよう、どうしよう⁉

 なんかよく分からないけれど、私を巡って三人が険悪な感じになってる⁉


 ひぇえぇ、こんなことになるなんて思ってなかったよ。


「ショーコは僕の『おもしれー女』だ!」


「いいや、俺の『おもしれー女』だぜ!」


「男子に任せられません! 私の『おもしれー女』ですわ!」


 やめてぇ!

 私――「おもしろい女」を巡って争わないで!


 焦る私をからかうように、春風が兆セレブ学園に吹き荒れる。

 札束と金とダイヤにまみれた私の青春は、こうしてはじまったのだった。


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 ここまでお読みくださりありがとうございました。


 本作品は梧桐彰さん主催の「5000兆円が降ってきた:みんなで分岐する小説を書いてみよう」企画の参加作品です。


https://kakuyomu.jp/user_events/16816927860760133792


 次話は「どんでん返し&ネタバレ」となります。「恋愛コメディの入りだけで楽しみたいわ……」という方は、ここまででお帰りいただいた方が幸せかもしれません。

 逆に「ちょっと普通の展開過ぎて物足りないわ」という方は、上記企画とプロローグをお読みの上で、次話以降をお読みいただけると幸いです。m(__)m


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