あの日の、赤いきつね
羽弦トリス
あの日の、赤いきつね
僕は高校生3年生であり、受験勉強に励んでいる。
受験勉強に励むのはいいが、どの道に進めば良いのか、さっぱり分からない。迷える子羊である。
夜、11時。
タン・タン・タンと階段を上る足音が聞こえる。
「ヒロキ、夜食準備したから、ドアを開けて
」
僕は、2階の自室のドアを開いた。
「はい、これ食べて、勉強頑張りなさいよ!うちは私立大学に通わせるお金なんてないから、国公立よ!分かった?」
「うん」
母親の言葉が胸に刺さる。
『まだ、大学さえも決めてないのに……』
僕はいつもの、お握り2個と赤いきつねを食べた。
腹一杯になり勉強どころか、眠たくなる。
卓上時計は11:35を表示していた。
「後、2時間だ!」
その時だ!
「何やってるの?おばあちゃんっっ!」
僕は1階に下りてみた。
そこには、認知症の祖母が全裸になっていた。
「お、おばあちゃん、寒いでしょ、そんな格好じゃ」
僕は恐る恐る言った。
「寒いどころじゃ無いわよ!おばあちゃん何してんの?」
祖母はゆっくり話し出した。
「風呂にはいらんといけん」
母親は、
「ねぇ、おばあちゃん、お風呂は夕方入ったでしよ?」
「そうかいのう?まだ、光一は帰ってこんのか?」
「何回も、言ったでしょ?出張だって」
「そうかい、そうかい」
「おばあちゃん、早く服着ないとまた、肺炎で入院よ」
「はい、はい、千沙子さん、申し訳ないねぇ」
母親はおばあちゃんの服を手際よく着替えさせた。
それを見届けた、僕は2階へ戻った。
「はぁ~、おばあちゃんが施設に入ったら、家計苦しいだろうなぁ~。受験あきらめて、地方公務員にでもなるか?……でも父さんが許さないだろうなぁ~。学歴主義だから。かと言って今のところ生きたい大学ないし」
僕は熱帯魚にエサをやりながら、呟いた。
数日後。
「ヒロキ、お父さんは帰り遅いし、お母さんは夜勤だから、おばあちゃ頼んだわよ。夕飯と夜食は準備してあるから、適当に食べて。おばあちゃんには気を付けるのよ!じゃ、行ってきまーす」
「行ってらっしゃい」
家には、僕と認知症のおばあちゃんしかいない。
おばあちゃんが心配だから、1階で勉強する。これが最近の習慣だ。父親が早く帰ってきた日などは、2階で勉強する。
時間は5時半ジャスト。
「おばあちゃん、夜ご飯食べようよ」
「ヒロ坊は優しいね~」
2人はちょっと早いが夕飯を食べた。おばあちゃんは昼間、母親がお風呂に入れてあるので、8時には、おばあちゃんがすやすやと介護ベッドで寝ているのを確認して、風呂場に向かった。
風呂上がり、冷たいミネラルウォーターを飲みながら、キッチンの赤いきつねに気付いた。
時間は10時20分。
赤いきつねのパッケージにお湯を注ぎ、テーブルへ置いた。
僕は2階へ行き、熱帯魚にエサをやり、1階に下りた。
すると、さっきまですやすや眠っていた、おばあちゃんがテーブルの席に着いていた。
そして、おばあちゃんは、ふうふうしながら、赤いきつねを食べていた。
「ヒロ坊も、早くお食べ。ちょっと遅い夜ご飯だけど」
「う、うん」
僕は赤いきつねのストックを探したが、切れていた。
諦めて、テーブルでミネラルウォーターを飲んだ。
「あらっ、ヒロ坊、夜ご飯食べないのかい?」
「僕は、さっき食べたから」
「そうかい、男の子はちゃんと食べないと、お国の為にならないわよ」
「う、うん」
「あぁ~、美味しかった。ご馳走様でした」
しかし、その日を境におばあちゃんの認知症はかなりのスピードで進み、2ヶ月後には自宅介護では限界があり、施設に送られた。
僕は、あの日の夜、美味しそうに赤いきつねを食べていた姿が忘れられない。独りっ子の僕をいつも可愛がってくれたおばあちゃん。
それから、3ヶ月後、おばちゃんは肺炎で天国へ旅立った。
僕は進路を決めた。福祉科のある大学に決めた。
おばあちゃんとほんとは、もっと触れ合いたかった。だけど、介護の知識が未熟で怖かったのだ。
5年後。
僕は大きな、福祉施設に勤め始めた。
昼食は、時々、赤いきつねを食べる。
そして、おばあちゃんのあの日の、赤いきつねを食べている姿を思い出すのが常である。
あの日の、赤いきつね 羽弦トリス @September-0919
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