6話 ダリア

 その宝玉が僕の家だけでなく、街全体を明るく照らしたのは疑いようがなかった。目を射抜くほどの眩しさに僕は顔を覆って突っ伏してしまう。その瞬間、宝玉ははじけ飛び街中に火花のごとく花開いた。ダリアの花だ。オレンジの閃光。降り注ぐ花火となって。その宝玉の欠片に触れたドラゴンは瞬時に弾け飛んだ。敵兵もだ。女たちの悲鳴があちこちで聞こえる。僕は火の手から逃れるために窓伝いに外に出てそれを見た。街から敵軍が撤退していく。だが、それすらできなかった。


 宝玉は逃げようとする敵全てを血飛沫に変えた。


「これが、戦争……」


 僕が彼らを殺した。自分と神父を守るために。家を守るために。街を守るために。あとで聞いた話によると、その宝玉の欠片は街の男が触れてもなんの効果もなかったそうだ。


 僕は家を飛び出し神父と街へ向かう。街は半分ほどしか残っていなかった。僕は亡骸と呼べなくなった残骸を多数目にした。骨は砕け、肉片となった女たち。僕らの街はそれらをいちいち埋葬しなかった。なぜなら、それが人の形をしていなかったから。


「恐ろしい宝玉じゃな」と、神父が呟く。僕は頷いて否定しない。エリスはこうなることを知っていたに違いないからだ。敵をせん滅し、後片付けも手間暇かからない。敵兵を埋葬する義理もない。



 また、一年が過ぎた。神父の妻が戦地から無事に戻ってきた。それが契機となり次々に戦地から女性たちが戻ってくるようになった。全員が五体満足とはいわないまでも、死なずに戻ってきた。とはいえ、黒い封筒が届く家もある。


 数か月おきに次はエリスの番ではないかと僕は待ち焦がれる。エリスならきっと大丈夫だ。僕は幻聴を何度も聞いた。僕とエリスは繋がっている。そう信じていた。


「ラインハルト・ギルバート氏。ご在宅か?」


 低い声の女兵士の声が玄関でした。僕は戦慄する。自分の服を縫っている途中だった僕は裁縫道具を投げ出して早足で向かう。エリスではない兵士がくるはずない。


「い……いますよ」


 僕の声が震えている。女兵士一人が軽装で民家を訪問する理由は多くない。手渡されるまえから僕は身構える。できれば何も受け取りたくない。エリスは今どこだよ! エリス以外の人間に訪問される理由は一つしかないじゃないか! 


 黒い封筒が差し出される。だけど、僕の心はここになかった。エリスなら何度も僕に呼びかけてくれた。あれは、きっと幻聴なんかじゃなかったんだ。胸が詰まって、涙をこらえると喉が痛くなる。


「残念です」


 女兵士が決まり文句のように告げる。僕はエリスの最期を聞けない。いや、聞かなくても分かる気がした。エリスは先陣を切って戦う。そういう人だ。


「何も聞かないのですか?」


 女兵士は不思議そうに僕を見つめる。その蒼い瞳は曇って見える。何を聞こう。彼女の死因など興味はない。彼女が僕をどれくらい思っていてくれたかも分かっているつもりだ。


「彼女は後悔していない。違いますか?」


「何故それを? ここに彼女の直筆のメモがあります」


 黒の封書とは別にカバンから取り出されたのは小さな紙切れ。


「私は彼女に手紙にしてはどうかと一応伝えたんですが」


「エリスと共に過ごされた?」


 僕の疑問に彼女は首を振る。


「私は別の部隊へすぐに編入されたので、訓練初日しかお会いしたことはありません」


 メモにはあの言葉が書かれていた。


『ねえ、聞いて。これだけは忘れないで欲しいの。どんな結果であれ、あたしは後悔しない。あたしはあなたを選んだ。お願い、忘れないで』


 幻聴じゃなかった。僕は彼女が旅立ってすぐにこれを書いたことに驚かなかった。エリスは戻る気はなかった。嘘つき。だけど、僕を選んでくれた。


「彼女は不思議な方ですね」


「どうして?」

 

 僕には不思議なことだらけだ。だけど、何が起きても驚かない。


「家に花火を仕掛けたと言ってました。敵の小部隊ならそれ一つで壊滅させる威力があるとも。誰も信じませんでしたけどね。私も言ったんです。嘘でしょと。それにそんな武器があるのなら何故持ってこなかったのかと」


 僕は可笑しくなった。出かかっていた涙が下まぶたの上で乾いてしまった。


「そしたら、彼女はこう笑うんですよ。戦場で使うと兵器。家で打ち上げたら花火でしょ? と。変な理屈ですよね。私に教えるぐらいなので、会う人会う人すべてに花火のことを言いふらしているかもしれませんよ」


 紙切れの裏に走り書きがある。


「ラインハルトに心からの感謝ダリアを」

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戦火のエリスが戻るまで 影津 @getawake

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