5話 大火
ぐんぐん迫るドラゴンと軍。街で一番高い建物である教会が崩れ落ちる。鐘の音が鳴り響く。ひどくあっけない。
「ああ、なんということだ!」
神父が嘆いて頭を抱える。その頭上数センチのところをドラゴンの炎がかすめた。家に向かって走っていた僕はとっさに振り返る。僕のわずかな魔法では小さな炎しか出せないだろう。だが、迷っている暇はない。僕は指をかざす。当然エリスのように易々と炎は出ない。だが、ごく小さな炎が炎をわずかに押し返した。神父は腰を抜かしたこともあって無事だ! 僕は神父を抱えて起こす。
「す、すまんな」
「離れないと、ここから」
市場の屋根から火の手が上がる。僕は大通りから裏路地に回る。神父は転倒したときに腰を打って痛めていた。
「わ、わしはいいから。先にゆけ」
「いいや。僕はエリスから頼まれてるんだ。でも、そのために神父さんを見殺しにはできない」
「宝玉一つで何ができるのか」
エリスが旅立ってから親身になっていた神父にはエリスの宝玉のことを話している。
「分からない。ただ、太陽の神殿から発掘された宝玉ってことしか」
神父は肩で息をして眉根を寄せる。
「そんな大切な神の宝物を。あの娘は置いていったのか」
「大切だから僕に預けてくれたんだと思う」
宝玉の骨とう品としての価値はある。だが、それでこの戦況が打破できるとは到底思えない。僕は神父を立たせて丘の上の家を目指す。
丘の上の一軒家。ここまで逃げてこれたらあとは安心だ。丘を登り振り返ると火の海になった街が一望できた。男たちが逃げ惑う。飛散して街から逃げ出していく。ときどき、それを女兵士が剣でけん制する。捕虜にでもするつもりだろうか。裏路地から逃げて正解だった。
丘の草原を息を切らしながら登る。神父を引き上げて一歩ずつ着実に進む。だが、僕の目の前で。あと数メートルという距離で、それは起こった。
ドラゴンの炎が僕とエリスの家に火をつけた。ドラゴンは家の中に人がいないと知るや街へと舞い戻って行った。僕らはかがみこんでやり過ごした。だけど、炎の勢いは増していく。
「や、やめておきなさい」
「宝玉さえあれば何とかなる!」
僕は神父を振りきって家に飛び込む。彼女と二人でオレンジのペンキを塗った玄関の扉が燃えている。窓から入るしかない。割って入ると、台所の壁から天井まで炎が舐めている。そのせいで天井、つまり二階の床が不気味に軋む音がする。パチパチという弾ける音が僕を嘲笑う。行くしかない。屋根裏は二階にさえ上がればすぐだ。
僕はできるだけかがむ。煙は上に行くからしゃがみつつ、魔法で炎が僕を避けるように結界を張る。だけど、僕の魔法では二階に着くころには魔力が切れた。どっと額から汗が噴き出て吐き気を催す。
視界が煙の刺激でかすむ。
「ねえ、ラインハルト」
エリスの幻聴がする。
「あたしは戦争は怖くないわ」
エリスはそうだろう。僕は違う。
「あたしは人が怖いの。自分が怖いの」
エリスは強い人だ。あり得ない。
「ねえ、聞いて。これだけは忘れないで欲しいの。どんな結果であれ、あたしは後悔しない。あたしはあなたを選んだ。お願い、忘れないで」
エリスが何を伝えたいのか分からない。だけど、この幻聴は僕を優しく包み込み、焼け焦げる臭いや、息のつまる煙も和らいだ気がする。朦朧とする意識を握り締める。意識を失うわけにはいかない。握って離さない。決して。
屋根裏に昇る僕の足音は自分のものではない感覚がする。無我夢中だった。
大切に保管していた宝玉を布から取り出す。エリスが「歌って」といった言葉を唱える。
「太陽よ、ありがとう」
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