4話 約束
「一つだけお願いがあるの」
布団に入った最後の夜。エリスが耳元で告げた。僕らはまだ、結婚していない。そうだ。まだだよ。早いよ。だって、エリスは重要な仕事についている。それにいつ終わるとも知れない戦争中に結婚しようだなんて考えたことなどなかった。
「ちょっと、顔赤すぎ。何を想像してるのよ」
「え、えーっと」
僕は頭をかいて起き上がる。彼女が僕の部屋に入ってくると調子が狂う。
「まじめに聞いてよ。それとも、何も聞かなかったことにする?」
「どうしてそうなるんだよ。聞くから」
「はぁ、ほんとに分かってるのかしら。明日あたしは出発するのよ」
「分かってるって。それ以上言われると……」
エリスが死ぬことばかり考えてしまう。指揮官クラスであることは間違いないが、エリスのことだ。部下をかばって身を呈して戦うに決まっている。
「泣き虫は嫌いって知ってるでしょ。いいわ。お願いじゃなくて、これは命令よ。この家に炎の一つも降らせないで」
「え、ええ」
「ええじゃない! どこが戦地になってもおかしくないの。この街は水源に近い。敵国は水源近くを制圧して拠点にしようと考えるわ。だから、もしこの街が襲撃されたら――」
「ならないよ。そんなこと」
「根拠のない否定はしないこと。いい。あたしが敵国なら、ここを攻め落とすわ。だからね。ちゃんと聞いて。宝玉を預けるから。あたしのことを思うのなら、覚えてて。いざってときに歌って。『太陽よ、ありがとう』って」
「ありがとう?」
僕は机上でしなびはじめている感謝の花言葉を有したダリアの花を見つめる。その赤い花びらはエリスとよく似ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます