3話 旅立ち

「クレイン戦闘魔法学校炎上魔法顧問教師エリス・ギルバート。イファン国にこの命を捧げることを誓います!」


 煌々と輝く朝日を背に受けて、軍部へと旅立つ彼女と街の女たちを男たちは声を上げて見送る。誰も涙を見せていない。特に女たちの方が勇ましく踵を返していく。馬に乗る者、魔法で瞬時に転移する者。徒歩のエリスは一度も振り返ることなく歩んでいく。


 転移魔法も使えるのに、僕のためだ。僕が長い時間をかけて彼女の後姿を眺めていられるように。最後まで彼女の純白のローブを目に焼きつける。誰かが呟く。「いっちまった」と。僕はエリスが戻ってこないかもしれないと思った。大通りから男たちが散り散りになった後も僕は立ちすくんでいる。涙は誰にも見せなかった。だから、少しくらい涙腺を緩めてもいいだろう。



 一年を過ぎた頃――。

 戦死者の情報は黒い封書で届く。その色の手紙を受け取った民家から、罵声が響くことはよくあることだった。娘を戦争に取られた男は、配達にきた軍部の女兵士にありったけの恨みを込めて手紙を突き返していた。早朝の市場に面した家だったので、朝市に顔を出した多くの通行人の目があった。僕もその一人だ。


「死んだなんて嘘をつくな! あいつはな、誰よりも強い治癒魔法の使い手だったんだ。ドラゴンの吐く黒煙ぐらいで死ぬわけがない!」


 僕はドラゴンがどの程度の大きさなのかも見たことがないから分からない。だけど、治癒魔法の使い手があっさり死ぬほどの戦況だったに違いない。連日、街の役場では周囲の森や川でドラゴンの目撃情報が相次いでいる。転移魔法が使えない敵兵が騎乗しているとの噂もある。斥候だとするならば、この街もいよいよ危ない。


 僕はエリスのいない間に、彼女の残していった宝玉を家の屋根裏に祀って毎日祈る。彼女の無事を祈る。宝玉の効果で家はいつも掃除をしなくてもいいほどに輝いた。聖なる力が宿るのだろう。だけど、僕は男として家の掃除をする。彼女がいつでも帰って来られるように。ベッドも毎日整え、ときに洗濯もする。


 ときどき、一人でいてもエリスの声が空耳で聞こえることがある。


「あたしは無事だから」


 エリスなら言霊を魔法で飛ばすこともできるかもしれない。だけど、これは僕の空耳だ。何故なら、彼女は目先のことに集中する人だから。僕に言霊を飛ばす魔力がもったいない。彼女は常に全力で戦う。きっと、僕がこうして洗濯をしている間も大地を焦がすほどの炎を巻き起こしているのだろう。

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