2話 最後の夜

 エリスの耳の後ろで二本に束ねた銀髪がロウソクに照らされている。驚いてくりくりさせる真っ赤な瞳。炎を彷彿とさせる。エリスなら戦場でも炎上魔法を駆使して敵の女兵士たちを焼き尽くすことができるだろう。


 僕はエリスが指一本敵に触れることなく、焼死体の山を築くことができると知っている。無表情とも取れる鬼教官の顔を思い浮かべる。だけど、エリスは僕がしょっちゅう料理に失敗して腕に火傷をしていることを心配してくれる。


「あれ、指どうしたの?」


 今日、肉が切れずに誤って指を切った。


 「ラインハルトは、どんくさいんだから。でも、そんなあんた、いつも面白くて好きだよ?」


 そう言って止血魔法をかけてくれた。

 

 幼なじみと同棲することになったのは、エリスの両親が亡くなってから。エリスの母親は戦死。父親は病死した。


 戦線は僕らの街にどんどん近づいている。そして、とうとうエリスにも令状が来た。僕は言い出せない。エリスなら僕よりも早く決断する。


「熱でもあるの? 顔真っ赤。照れてるの?」


「ば、ばか言うなよ」


 僕は小声になる。無意識に虹色の封書に目が行く。


「あ、隠し事?」


「あ」


 察しのいいエリスがとうとう封書を手に取ってしまう。封に施された虹色の結界がかすんで見える。僕、もしかして涙が滲んでいる? ごしごしと目をこすって、何もないことを確かめる。


「なーんだ。これのせいね? こんなに豪勢にしてくれなくてもよかったのに」


 エリスはけろっとしている。それどころか、取り乱す僕をけたけたと笑った。


「ちょっと、なぁに? あたしが死ぬわけじゃないんだから」


「死ぬなんて思ってないよ」


 そうじゃない。そうじゃない!


「エリスが人を殺さないといけない。エリスはそれができてしまうから。僕は――エリスにそんなまねさせたくない」


「そんなまねねぇ……」


 黙り込むエリス。僕はありったけの理由を見つけて引き止めるつもりだ。それで国に咎められ、罰せられようとも。


「エリスが強いのは知ってる。だから怖いんだ。僕の知らないところで、エリスが一人で抱え込むのが。エリスがやりたくもない人殺しをするのが」


 ドン!


 エリスが机を叩いた。肉のごった煮から肉が飛び出る。


「ふざけないで。あたしが嫌がって従軍すると思うの?」

 

 エリスの瞳が怒りで燃えている。


「え?」


「あたしは必要があって戦地に行くことになるの」


「エリスじゃなくてもいいじゃないか。ほかの人が行けばいいのに」


 神父の妻、町娘。ほかにも行く。エリスが真っ先に駆り出されることが分かってはいたけど僕は耐えられない。


「そんな言い方しないで。あたしは知ってるのよ。みんながみんな好きで戦地に赴いているわけがないって。だからね、一人でも多くの人を救う方法はあたしたちが戦線で、犠牲者が一人でも少なくすむように戦うことなの」


 エリスは誰よりも優しくて強い人だ。僕はエリスの揺れる瞳から雫が零れ落ちるのを見た。彼女は明日には去ってしまうと確信する。


「エリス。僕は待つから。絶対に生きて帰ってきて」

 

 そう言って僕は花瓶に入れたダリアの花を眺める。


「あたしはラインハルトを置いて死んだりしないわ。もう。そんなに落ち込まないで」


 僕はうんと頷いた。ダリアの花言葉は――「感謝」。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る