戦火のエリスが戻るまで

影津

1話 強襲

 轟音。降り注ぐ火の粉。警報魔法がけたたましく教会から鳴り響く。街を覆う虹色の光沢のある結界はねじれる。黒い雲が結界を押し潰す。


「早く、教会に避難するのじゃ!」


 神父が大声で僕を促す。僕は決して大柄ではないし、武器も持っているわけでもない。逃げるしかないのは分かっているが、やれることもある!


「嫌だ。僕は家を守るんだ!」


 丘の上へと向かうため大通りを人の流れに逆らって走る。


「やめておけ、ラインハルト!」


 空を走る稲妻。現れるのはドラゴンに乗った騎士や、箒で飛び回る魔法使い。魔法陣から魔術師などが降って湧いてくる。


 敵は全て女だった。たちまち街の大通りは、逃げ惑う男たちで溢れかえった。魔力の豊富な女が戦場に行き、男は家で家事をする。


 男は魔力を空間から体内へ取り込むことが難しい生き物なのだ。


 だけど、僕の心に警戒心はない。敵国の帝国は、ビキニアーマーという舐めプ衣装での登場だったがそれこそ強さの現れ。どんなに武装した男でも、手を触れずに次々に弾き飛ばしていく。


 空から炎も降ってくる。ドラゴンの息と見まがうそれも、帝国の女たちの手のひらから発射された炎上魔法だ。


「エリス……絶対に君が戻ってくるまでは……」


 家を守ってみせる!


 




 一年前。


 郵便受けに届いた一枚の虹色の封書。結界魔法でコーティングされている。


 宛名はエリス・ギルバート。僕の幼なじみ。同い年の14歳。差出人は、イファン王国の国家機密情報局魔法総務課からだ。


 僕はその虹色の紙を見て悟った。魔法総務課とは名ばかりだ。その実態は、旧国家魔術警察国際司法課だ。


「戦争だ。戦争に呼ばれたんだ」


 エリスは今日も戦闘魔法学校で炎上魔法専門の上官として勤務している。何人もの女生徒に音を上げさせ、恐れられる鬼教官だ。


 僕は危惧した。エリスが二つ返事で戦場に行ってしまうことを。


 僕は庭の手入れをして、花を摘み花瓶に飾る。夕方までに掃除、洗濯をして市場に買い出しに出かける。市場では屈強な男どもが買い物かごを持って並んでいる。魔力のほとんどない男たちは、戦地を駆ける妻や娘たちのためにこうして家を守ってきた。


 干し肉と卵を買い物かごに詰めていると、教会の神父と、村の男たちが野菜を取り合っているのが見えた。


 「た、頼む。わしの妻が明日にも赴くのじゃ。大好きな野菜サラダをたくさん食べさせてやりたいんじゃ」


 「うっせえじじい! 俺の娘も明日お呼びがかかったんだよ! 俺が野菜煮込みスープを作ってやらなくてどうするってんだよ」


 僕はエリスの好きな食べ物が肉で良かったと胸を撫で下ろしながら、まだことの重大さに実感が沸かないでいた。


 家に帰って最後の食事の支度をする。といっても、大げさなものは僕は作ることができない。わずかな魔力で釜に火を通すまで一時間。エリスにはよく「そんなに魔法が下手なら火を絶やさないように薪をくべときなさい」と怒られる。


 魔法を満足に使えない魔術師の僕は、火だけでなくほとんどのことを手作業で行う。肉を切ったり、野菜を皿に盛り付けたり、卵でドレッシングを作るの何時間もかかるし、紅茶だって色が出るまで待たないといけない。だけど、エリスの魔法が欲しいとは思わない。エリスは指をかざすだけでものを動かして取ることができる。そんな彼女を眺めることができるだけで、僕は嬉しいんだ。


「ただいま。また痩せちゃったんじゃない?」


「あ、おかえりエリス。ちゃんとご飯は食べてるよ」


 屈託のないエリスの笑顔が眩しい。僕はエリスの顔がそばに近づいてきてはっとする。僕の方が頭一つ分大きいから、彼女の青い瞳が優しく見上げてくる。今日はその透き通る瞳から目を離せない。吸い込まれそうだ。


 エリスは、僕の茶色い髪をなでた。いきなりのスキンシップに少し戸惑う。僕が隠し事をしていないか怪しんだのか、くすっと笑う。


「ラインハルト、なに? 今夜はいつもより気合入ってるじゃない? 肉のごった煮? それにキッシュまで。時間のかかるものばかりじゃない? どうしちゃったの?」


 僕は机に置いた虹色の封書に、エリスがいつ気がつくのかと気が気じゃなかった。

 

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