応援コメント

すべてのエピソードへの応援コメント

  • ネネネは自分の道を自分で選びましたね。他の道もすごいことがわかっている。それでも古典的理論をネチネチ学ぶ。自分はコレというものがなければ負ける資格もない。最後まで自分はコレと喚きながら闘ってほしい。Rock’n Roll

    作者からの返信

    ありがとうございます。ネネネはかなり自然体で書くことができたキャラクターです。

  • みんなが自分自身であることを生きている。実のところそういう小説って滅多にあるものではない

  • セツナすき
    ガロウもすき

    ほかのキャラもみんなすき

  • ガロウすき
    お人好しだから


  • 編集済

    トワが登場するシーンで、出てくるのは久しぶりだし直前には何の伏線もないのに「あ、ここで待っているキャラクターはトワ以外にはあり得ないな」と分かるのがすごい

  • 並行世界の自分が書いたラブソングを突き付けられて心の深い所を引きずり出される経験、つらみがふかい

  • うーむ 読んでいて心がざわつく

  • セツナすき
    いい‟眼”というか周囲を見通す感受性を持っている

  • モテることが当たり前である男というものの描き出し方が怖いくらい上手い

  • 密度が濃い 「絵」が見えるようだ

  • ガロウすき
    お人好しだから


  • 編集済

    話の躍動感がはんぱないな。ダイナミック

  • ばんばんキャラクターが増えていくのに、「えーとこの人だれだっけ」ってならない。小手先の技術では作り出せない構成力の妙を感じる。


  • 編集済

    舞台がはねたら。今回は破滅の予兆が前半で収束して、途中から一気に放たれていく構成が印象的でした。映画が終わった後、ポップコーンが汚く床に広がっている、という描写がなんだか象徴のように思えて、いいな、と感じました。前話で「感傷的なシンセシス」は最高のパフォーマンスで観客の度肝を抜きましたが、前のガールズバンドを解散してユーヒチさんたちのバンドに合流したことの説明をすっ飛ばしたように、危機は床に汚く放ったらかしたままなのです。
    エチカちゃんが特にしんどいなあ、と思いました。アヲイさんには勝てないし、ナクスさんがいる以上、バッドエンドに進んでもユーヒチさんの心は彼女のものにならない。映画を見ながらユーヒチさんがナクスさんと会話するシーンはますます彼女の蚊帳の外みを感じさせる……。それにやっぱりこじらせちゃってるし、ジュンさんのように憎しみに走ることもできない。つらいですね。
    モモコさんとガロウさんコンビもまたつらい……。二人ともとっても楽しそうな分、モモコさんが自分の現状を友人に対する裏切りだと気付いてしまうのがもう……。

    今回、それぞれのキャラクターの視点からシーンがテンポよく変わっていくの、まるで軽快なSEがシーン転換の度に鳴りそうなほど心地いいんですが、過酷なアニメにある束の間の日常回的な、平穏と不穏の両立って感じがしてよかったです!
    ひゃー! とまるで我が身のことのようにニコニコドキドキしながら読めました。アヲイさんとカハルさんが愛妻弁当の話で盛り上がるのいいですね。頬が緩んでしまいます。
    前述した、モモコさんとガロウさんが楽しそうに会話してたりギター買いにいくシーンもニマニマしてしまいますし……。幸せな時間がある分、危機は映えますね。
    あと、私はロック音楽や音楽そのものについてはあんまり詳しくないんですが、分からなくても「楽しそう!」と思える、ギターの話とか、作品じゅうに挟まれる音楽関連の話が素敵だと思いました。籠原さんの筆致が明快で簡潔なのもあるとは思うんですが、それは音楽について語る登場人物たちがどれだけ音楽を好きか、温度を伴って伝わってくるから、というのもあるんでしょうね。

    あと、トワさんとレインさん、この二人のコンビもやっぱり素敵ですね。「エヴリアリの群青」ではさらにクローズアップされるわけですが、それを知った状態で読むの、楽しいですね。
    アヲイさんとユーヒチさんの主人公コンビの行く末が一番不穏な第六話でしたが、ここからああなっていくんだと思うとワクワクしますね。前に拝読してから結構時間が経ったので、細かいディテールとか忘れてしまってると思うんですが、続きを読んで「ここはこうだったなあ!」と思い出すのが楽しみです!
    面白かった~!

    作者からの返信

    ヱチカちゃんのコンセプトは「普通の女の子」だったのですが、映画館のシーンでは、本人がそのことを「自分の人生は賞をもらったり大ヒットしたりする映画じゃなくてつまらないアイドル映画の予告編だ」と言っているんだなあと思いました。
    ガロウとモモコの関係、というか、ストーリーラインって今読み返すと完全に『ホワイトアルバム2』小春ルートオマージュなんですね(オマージュというか「私ならこう書く!」をやってる)。
    やっと自分で気づけました。
    アヲイとカハルの絡みを書くのは楽しかった記憶があります。私も好きな人にごはんつくってもらう側だからかもしれません。
    トワとレインのコンビは、なにが元ネタなのかなあ……なんか「ディオというラスボスにプッチみたいな親友がいたの良いよな」みたいな気持ちがまずあって、そこから膨らませたんじゃないかと思います(またジョジョの影響受けてるよ籠原スナヲ……)

  • キャラクターの紹介が一気に雪崩れ込んできましたが、それぞれにキャラが立っていて、小説の流れに合わせながら語られていくので、まるで読者もイベントに訪れてアーティストの紹介を聞いているかのようなワクワク感がありますね。
    さて、今話ではナクスさんの影がそこらじゅうにちらつき、カハルさんの視点がアヲイさんたちを捉えます。こういう風な繋ぎ方、アツいですね……! それに、カハルさんの問いに対するアヲイさんの回答、とても素敵ですね。ここらへんは直後のトワさんのパートにも一種の答えを出している感じがするんですが、「ここにいていい」って言ってくれるユーヒチさんが、止まり木になってくれるユーヒチさんがいるから、「取り残されていく」ことはないし、紙一重で、かつ根本的なところでトワさんとは、違う。
    また、演奏の描写も素敵でしたね。演奏が始まる直前の「蓮の花が広がっていくように」という比喩、かなり神秘的で強烈な喚起力をもつと思うんですが、ここの静かな盛り上がりに伴う形で語られるので、文章が比喩に負けていない。とても心地よいイメージが浮かび上がります。
    そこから、ウソ記憶も含めた様々な記憶、それぞれの意識、果てには名も知らぬ少年の視界までもが混じり合う演奏の描写に入っていくわけですが、ここもトワさんとは違う感じがしますね。彼を、そして彼の音楽を理解してくれるひとはそこにはいない。けれど、アヲイさんは「ガロウにはアヲイの言いたいことが分かった。ガロウに分かるということがアヲイには分かった」というように、孤独ではない。
    『感傷的なシンセシス』では、登場人物たちの対比が重なり合うように、響き合うように描かれていきます。クロスフェードがとても巧みなんですよね。読んでいてとてもワクワクします。
    一方、リョウさんにとっては今回のライブは心情面白くなく、穏やかなものではない。アヲイさんが自分のもとから離れて、手の届かないところに行ってしまうようで。本当に、本当に、この方は、自分自身の性質にさえ恋路を阻まれてしまうのが、もう。今の彼女のほとんどを占める存在を失いかねないわけですから「やめなよそんな言葉、と自分に言い聞かせても、止めることができない」今回、彼女の敗北や孤独が余計に印象付けられることになりましたね。ままならないものです。
    また、ナクスさん、彼女の存在も印象的でした。「――わたしがいなくなったら、もう、だれのこともすきにならないでね」ユーヒチさんの三十四歳の女性との交流は、この言葉の陰の下にあるなあ、と。ナクスさんと彼の出会いも、別れも、本当に一瞬の偶然のようなものであるのですが、彼女の影はずっとちらつき続ける。
    けれど、彼女の言葉が呪縛のようであるとは思えないんですよね。というより、幸福の絶頂にあって溢れ出た言葉のような。そう感じるのは、彼女のキャラクターと、アヲイさんが彼女にギターを教えてもらった記憶の描写のおかげかも知れませんね。
    とにもかくにも、続きが気になる第5話でした。

    作者からの返信

    カハルの「アタシはここにいたいからここにいる」と、アヲイの「私はどこにもいないから、どこにでもいられる」は、完全にヒロインとして対比になるように考えていました。
    ところで、アヲイにはユーヒチがいるように、トワにはレインがいるはずなのですが、どうしてレインはトワの止まり木になれないのか……これは作者にも分からない謎ですね。

    それにしても、作者のリョウ虐が止まらない感ありますね(まあ全部のキャラに対してそうだろと言われたらそうですが)

    ナクスは最初からずっと出そうと思っていた子でした。幽霊の話が好きなんですよね。

  • 「とっくに勝負ついとるわ。ここにはカハルの味方しかおらん」この台詞がここで来るのいいですね。エモい。これまで読み進めてきて、話の最期が印象的な台詞で切られることが多いような気がするのですが、毎回うまいですね。凄い……。
    この台詞より前は「アヲイVSカハルなんて(外野が勝手に言っているだけで)アホらしい」っていう風に読者は捉えることになると思うんですが、ここで、勝手に審判をするであろう外野は完全にカハルの味方なのだから、既にジャッジは決まっている、アホらしい、という風に意識が明かされるのが心地いいですね。
    タカユキさん、彼とても観測者としていいキャラですね。関西弁っていう、この時点では珍しい語りなのですが、それがまた調和している。
    トワさん、身長190cmで筋肉質ってやっぱ怖いですね。それが話通じないし手ぇ掴んでくるわけですから猶更怖い。私が実際に遭ったら多分怖くて動けなくなります。読んでるだけなら「何やねんこいつ! こんなやつなんかこうしてああしてこうや!」なんて言っていられるわけですが。そんなわけで、現段階では悪役としてつよつよですね。この戦いで読者が感じるアヲイさんの勇敢さは、そんなトワさん相手に怯まず拳を振るったことで補強されるでしょうし、彼女の洗練された喧嘩術をだだっこパンチ一発で振り払うトワさんのフィジカルもまた印象的ですね。
    「――ベーシストの腕は高いんだろ?」ここなんか特に悪ですね。この世界でそれやるの本当にひどい。でも冷静に見れば「大きい子供」という感じがしますし、ちゃんとウソ記憶に「苦しんでいる」という描写がたっぷりあるんですよね。それが後々大きく絡んでくるわけですが……。キャラが本当に濃いです。
    人間、命令形で話されるだけでなんかイラっとしますものね。
    あと、セツナさん、彼女見る側の人物として素敵ですね。後々彼女がタンカ切るとこも好きなんですが。彼女自身の評価と外部からの評価が噛み合っていないのも印象的です。
    それにしてもヱチカちゃんが本当にいい子で癒しですね……。
    あとガロウさんの「親に感謝しなくちゃよ」がしんどいですね。他人に言えてしまうくらいには彼の中で分割されているんでしょうけれど、モモコさんにおんなじこと言われると思い出す、もしくは意識の内に入るのが。

    作者からの返信

    佐倉タカユキに関しては、「こういう風に外側から物事を見れる人がいたほうが話が分かりやすいな」という思いでつくったキャラでした。音楽的情熱を持たない才能の持ち主。
    トワについては、アヲイの「オルタ」(FGO用語)みたいな存在を出したいというのが先にありました。
    朴セツナは昔書こうとした二次創作小説のキャラクターの再利用なんです。つまり、実質前作主人公なんですよね。シンセシスシリーズにゼロがあったらセツナが主人公なのかもしれません。
    ヱチカちゃんは、人によっては良い子にも悪い子にも見える、「普通の子」を目指そうとは思っていました(たとえば私の弟はヱチカを「ヤな女だな!w」と言っていますw)

  • アヲイさんが、一瞬でユーヒチさんの目が左右で違う色をしていることに気付けたのに対し、ヱチカちゃんは今回になってようやく気付いた、というのが切ないですね。彼女もリョウさんと同じように「先に好きになったのは私」という主張(または恨み言)をし得る人物なのですが、アヲイさんのウソ記憶がそれを完膚なきまでに否定する。まるでヱチカちゃんが横入りしているような構図になってしまう。というのがもう二重に輪をかけてつらい。これは、他の方の応援コメントを拝見して初めて気付いたことなんですが、ヱチカちゃんとリョウさん、それぞれ対応しているんですよね。ヱチカちゃんは、それがユーヒチさんに対して効果的かどうかは分からないけれど「女の子であること」を武器にしてユーヒチさんを我が物にしようとする。(彼がヱチカちゃんに優しくするのって、別に彼女が女の子だからじゃないと思うんですよね。ヱチカちゃんがああもにこやかにお話してもらえるのは、彼女の礼儀正しさ・丁寧さなどの人柄的魅力、またはユーヒチさんがただ単に優しい人間だからだと思うんです)でも、彼女はバンドの方が大事だと断られたら素直に待つしかなくて、でもアヲイさんは衝動的に手を引くだけでデートできる。ヱチカちゃんの、何やかんや折り目正しく、例えそれが彼女にとって表面的なものでしかないとしても相手を気遣おうとする彼女自身の性質が、彼女の恋路を阻む。
    一方、リョウさんは前話の応援コメントに書かせていただいたとおり、「女性であること」が枷になって動けない。家が遠いのでアヲイさんと途中までしか一緒に帰れない。挙句、これ一回先まで読んでるから察せてしまうことなんですが、彼女が男性に生まれついていたとしても、アヲイさん、ユーヒチさんのこと選びそうなんですよね。何より、男性になったからって彼女が奥手なのは変わりそうにない気もします。
    対比が、いろんな軸で、複雑に組み合わされて駆使されているのが劇的で、読んでいて楽しいですね。
    今回は『快楽』駅や回想編のヒコ姐のように、筋からいったん離れてメリハリを効かしているパートがあるわけですが、第1話の猫といい、象徴的なシーンがうまく組み込まれていますよね。

    作者からの返信

    ヱチカが「女の子」であることを得だと思っていて、リョウは損だと思っているという対比はそのとおりだと思います。これは、書いている本人は気づいていないことでした。

  • 「優しい、押しに弱そうなユーヒチ」、この時点でヱチカちゃんがユーヒチさんのこと見誤りまくってるのつらいですね。
    第一話から、リョウさんエチカちゃんの二人が強烈な推進力となって進んできたこの作品ですが、さらにモモコさんとガロウさんの掛け合いと言う更なるエンジンがかかってきて楽しいですね。
    第二話を読んで私が思ったのは、登場人物の間の情報格差が見事に使われているな、ということでした。それは、やたらと察しがよく、おまけにウソ記憶のおかげで情報量がえげつないことになっているアヲイさんと、蚊帳の外めいた情報量で戦わなければならないリョウさんの対比もそうなのですが、冷静じゃないアヲイさんとリョウさんに対して、冷静を保っているユーヒチさんが、二人に対する誹謗中傷をささっと調べて教えると言うのが、いいですね。もしこれが、リョウさんが事前に調べて「こんなことなってる」って報告に加える形だったら、変に間延びしていたでしょう。でも、冷静を欠いている二人にはそこまで気が回らない。衝撃と速度を維持したまま駆け抜ける見事さに舌を巻きました。巧みな戯曲めいた魅力がありますね。
    Tweet、拝見しましたがやっぱり「家族」というのはそれぞれの登場人物にとって重要なテーマになっていますね。リョウさんはそれが崩れかねない危機に陥ったから必死に針を逆立てるし(実際、アヲイさんの部屋にユーヒチさんがいた時の絶望感は凄かったでしょう)、ガロウさんは「家族」への幻滅からモモコさんという希望を見つけ始める(私、この二人のパートを前よりも微笑ましく見れるようになりました。勢いがありながら、すぐコミカルかつ平穏になるの、モモコちゃんの人柄もあるんでしょうが、いいですね。癒しです)、また、エチカちゃんは「家族」を持ちながらそれが十全に機能しないから、外にユーヒチさんをはじめとする「家族」候補を求めるけれど、機能不全の家庭の一因であるアヲイさんへの意趣返しに途中から目的を変えてしまう。アヲイさんなどは言うまでもなく、単純に「家族」の欠乏からユーヒチさんを求める。
    ここまでたくさんの登場人物に、一つのテーマを巡る問題をそれぞれ配列して、有機的に脈動させるの、凄く凄いと思います。

    作者からの返信

    ありがとうございます。
    いま読み返して思ったのですが、モモコとガロウのロマンスは、実は存在しなくても本筋(アヲイとユーヒチの物語)に支障ないんですね。
    ※ただしここでモモコが成長しないと、のちのちヱチカを迎えに行けないのかもしれませんが…

    なのに描いてあるっていうことは、おそらく藤田さんのおっしゃる「有機的な脈動」を無意識に考えていたのかもしれません。

    編集済
  • 最後の台詞、ガロウさんとリョウさんの対比がつらいですね……。
    リョウさんとアヲイさんの関係にユーヒチさんが後から割り込んで来た、みたいな台詞があるんですが、ウソ記憶の内容を知っている読者からすれば、リョウさんこそがユーヒチさんとアヲイさんの仲を引き裂こうとしているようにも解釈できますね。その上、ガロウさんの「女に金を出させるバカ」とか「いっぱい飲む女の子」みたいな台詞、もしこれをユーヒチさんが言っていたら何倍にも増して咎めそうなのに、アヲイさんへの恋心を思い出して苦しくなるような地雷発言がないかぎり何も言わないのが、この人の思考はほとんどアヲイさんで占められているんだろうな、と感じて、いいな、と思いました。Twitterで最初に拝読したとき、リョウさんのこと、やたら他人に突っかかっててこの人怖いなとも思っていたんですが、読み進めるにつれて、また今回読み直してみて、ユーヒチさんが夢の中で出会った猫のように、威嚇して、牙を剥くことはできるけれど、実際本気で戦うことになったら完膚なきまでに叩きのめされるんだろうな、って弱さを感じて、初めと違ってかなり同情しながら読むことができました。彼女、めっちゃ不利な立場で、この世のほとんどがアヲイさんに対する恋の成就を阻んでいる状況なのですが、幼馴染としての立場のせいで、まるでアヲイさんの恋人のような距離でいなければならないんですよね。絶対叶わないのに、叶った後の夢ばかり見させられるのつらいですね。
    私は多分、もしリョウさんみたいな立場に立っても同じような、けなげに周囲を威嚇するような行動はとれないでしょうし、彼女より外聞に囚われているのであまり共感はできないんですが、それでもなお、この作品は「そうせざるを得ないよな……つらい……」という印象を読者に与えます。
    なんで、この第一話にそういう力があるか考えてみたんですが、端的にいうなら「描写の仕方が適しているんだろうな」と思いました。この作品、簡潔で直截な文体の割に地の文では明確に感情が書かれていないんですよね。むしろ、台詞で「思わずこぼれてしまった」感じだとか、「この台詞を言うってことはそういうふうに考えているんだろうな」っていうのを思わせるやり方で、主観的に登場人物の心情を辿らせるのではなく、二人称的三人称的に辿らせる。
    登場人物それぞれの意思がぶつかり合う、またはぶつかり合わざるを得ないこの作品においては、だれか特定の人に理不尽に味方するのではなく、淡々と語る書き方がとてもこの作品のすばらしさを高めていますね。もし、読者が登場人物のだれかと根本的に分かり合えないような考え方の人でも、十分にその登場人物のことを思える感じになっていて、これを書ける籠原さんはつよつよだな、と思いました。
    二万字近くの大ボリュームとは言え、第一話の時点で様々な登場人物の視点が用意され、十分に描かれているわけですが、なんだか読んでいてワクワクしますね。これからどうなっていくんだろう、っていう予感が胸の内にせりあがってきて。
    あと、登場人物の名前の付け方、素敵ですね。現実の日本でもあり得なくはない名前に、仮名遣いを変えることによって耳慣れなさを与える。この世界とウソ記憶の世界が重なり合い、互いに浮かび上がるこの作品において、この耳慣れなさは物凄く素晴らしい効果を発揮していると思います。
    この世界における真実を、リアリスティックに描いている感じがあって、いいですね。
    文体も、基礎的な語彙力とか日本語としての自然さがまず第一につよつよなんですが、その上、シンプルながらも、必要以上に削り過ぎることなく、ほどよく圧縮されている感じが素敵です。
    改めて読ませていただきましたが、素敵な第一話ですね。

    作者からの返信

    ありがとうございます。
    リョウとガロウの台詞が対比になっているのは、指摘されて初めて気づきました。
    リョウはこの作品でものすごく辛い立場に置かれていると思います。なんていうか、本当に「最初からアヲイのことを好きだったはずなのにいつの間にか追い越されていた」女なんですね。