牢屋の戦い

 エンダーオ炎竜皇国には、竜がいる。

 世界に名を轟かせる『竜皇』。かの竜は、すべての火を御する者であり、火の教えにより、人間を火より守り、火との共存を説いてきた偉大な教導者だ。


 ただし、火の国には、竜皇のほかに、もう一匹の竜がいる。

 それこそが『西の竜』と呼ばれる者だ。


 竜皇を補佐し、エンダーオ炎竜皇国をおさめるのは火教の大司教。『聖火司教』と呼ばれる彼らの一柱である『西の竜』は、エンダーオ西部の巨大都市、西竜の都、火教の大聖堂のひとつに数えられるジン・ノーヴァ大竜聖堂にいる。


 竜の住処であり、聖火司教のおさめる大聖堂。

 そんな二面性をもつ偉大なるジン・ノーヴァ大聖堂よりでてくる二名の男がいた。


 片方は口から裂けるように右頬に大きな傷があり、目つきは鋭く、体格はおおきい。もう片方は特徴的な髪形をしており、道行くものに思わず二度見をさせる。彼の腰には鉤爪もさげられており、それもまた異質さを感じさせた。


 彼らが通りを歩けば、だれしもが道を譲り、物乞いでさえ、慌てて路地裏にひっこんでいった。


「例の女が見つかったのは幸運だな」


 右頬に傷跡のある男が低い声で言った。


「ははは、馬鹿なことだぜ。火教を全面的に敵にまわすようなことしておいて、まさか逃げ切れると思っていたとはな。こいつはお笑いだぜ」


 鉤爪をもつ男は答える。


「ジュラール様も西竜様も必ずやお喜びになるだろう。気を引き締めてかかろう」

「つっても聖堂まで連行するだけだぜ。しかしよお、あいつらは一体なんなんだろうな。ジュラール様でさえ手に余り、あの西竜様が直々に手をくだされるほどの腕っぷしときた……あまりにも正体が見えねえじゃねえか。名のある英雄ってわけでもないようだしよお」

「俺たちが気にすることではない。俺たちはただ、聖堂の意思を執行すればよいのだ」


 ただならぬ男たちは、聖堂騎士の詰め所の前で足を止めた。



 ──赤木英雄の視点



 再会のセリフはどんなものにしようか。

 何週間も前から考え続けてきた一言に、ジウさんはとても驚いた表情を浮かべてくれた。普段、彼女はあまり表情をおもてにださない人だ。冷静沈着。そんな言葉があてはまる大人のお姉さん。


 我が秘書がこれまでどんな経験をしたきたのか。この異世界での旅は恐らく厳しいものだったのだろう。彼女の姿からそれを察することは俺でもできた。


 ジウさんは鼻の奥を震わせ、息をもらし、途端、目元から涙をポロポロとこぼし始めた。ジウさんのそんな振る舞いは初めてだったの、動揺した。


 彼女は少し落ち着いて、涙をぬぐい、呼吸を整えようと励む。

 俺は静かにそれを待った。


「……。指男さん、指男さん、本当に指男さんなのでしょうか?」

「本物の指男ですよ、ジウさん」

「……。触ってもいいですか?」

 

 ジウさんの白くしなやかな指先が冷たい鉄格子を掴んだ。

 冷たい鉄格子を掴む華奢な指を、うえから覆うように包んだ。


 彼女の指先は冷え切っていた。

 ジウさんは瞳を閉じ、俺の手から温かさを感じとり、何度なのかピタリと言い当てようとしているかのようにじっと押し黙った。


 なんだかロマンチックだなと思っていると、頭痛がしてきた。脳の機能のうち、夢を司る部分が活性化している気がする。これはドリームの波動? 俺の生存本能かなにかの囁きだろうか。これ以上はいけない。そんな気がする。


 ジウさんは俺の右手の中指と親指を、好奇心旺盛な子供が、初めてみるデッサン人形の関節可動域を確認するみたいに丹念に触診してきた。


「……。この硬い手。特に親指と中指はまるで鉱物のようですね」

「学会ではエクスカリバーの代償と呼ばれていますね」

「……。これに名称があったとは」

「実はあったんです」

「ちーちー(訳:意味のない戯れはよすちー。もっと大事な話すことがあるちー)」

「……。シマエナガさん。お久しぶりです。あなたもいらっしゃるのですね」

 

 ジウさんは俺のポケットから顔をだす小鳥へ指先を伸ばす。

 鉄格子のせいで十分に手が届いていない。足りない分は、シマエナガさんが自ら近づいた。白い指先に小鳥が翼でハイタッチ。ジウさんはちいさく笑んだ。


「……。指男さん、私はこのとおり捕まってしまいました。たくさん話しをしなければいけないことがあります」

「奇遇ですね。僕も実は捕まっていまして。話したいこともたくさんあるんです」

「……。指男さんはどうして捕まってしまったのですか?」

「にゃんにゃんと猫の鳴き声をだして、道行く女性に猫交渉をしていたら、つい」


 俺は顔の横で拳をにぎり、招き猫のジェスチャーをし「おみゃーお!(エコー)」と喉を震わせて、牢屋全体に反響音をひびかせた。


「……。なるほど。いつも通り、とっても元気ですね」


 優しい微笑みを向けられる。


「ジウさん、ほかの人、見つけました?」

「……。クレイジーキッチンギルドの『ハンバーグ』田中さんと、『メロンソーダ』浅倉さんは最近まで一緒でした」

「え!? マジすか!!」


 まさか3名も同時にゲットできるとは。


「……。けれど、ふたりがどうなってしまったかはもはやわかりません。きっと西竜により、どこかに監禁されてしまっているでしょう」

「監禁ですか。厄介なことになっていそうですね。でも、Aランク探索者屈指の実力者であるそのふたりが捕まるなんて」


 敵は相当な実力者ということかな。


「……。この世界には祝福の光が届いていませんから。指男さんも感じているはずです。私たちはこの世界の人間ではない。時間は無情に私たちを削りつつあります」

「『ハンバーグ』も元を辿れば挽肉の塊、『メロンソーダ』も炭酸がぬければパンチがなくなるということですか」


 やはり、祝福減退は死活問題だったようだ。

 

「わかりました。それじゃ、僕がふたりを助けだしたましょう」

「……。あなたに伝えなければいけないことがあるのです」

「まだなにか大事なことが?」


 ジウさんは言葉を溜めて、舌で唇を湿らせる。

 

「……。この世界には『顔のない男ノーフェイス』が来ています。そして、すでにこの都はかの怪人の手に落ちているのです。彼の目的はまだ推し量ることはできません。ですが、彼はダンジョン財団の手の者を消しにかかっているようです。そして、恐らく『顔のない男ノーフェイス』はいま──」


 そこまでジウさんが言いかけた時、牢屋の外が慌ただしくなった。

 扉がデカい音をたてて開けられ、誰かが地下牢に入ってきたようだ。


「間違いない。この女だ」


 正面の通路、ジウさんの牢の前にふたりの男がいる。


 ひとりは右頬に傷跡のある男だ。

 戦いに身を置く者特有の険しい表情をしている。


 もうひとりは……なんだあの髪型は? 俺は思わず目を奪われた。逆モヒカンとでもいうのだろうか。通常のモヒカンが、頭頂部に髪を残して、それ以外を剃ってしまうものとすれば、それはまさしく逆、頭頂部だけ縦に5cmほどの幅で聖なる不毛地帯が刻まれている。


 意味がわからない。

 常軌を逸した髪型だ。

 

「おい、あんた」


 なので思わず話しかけた。

 常軌を逸した髪型の男はこちらを見やる。


「それどういうつもりですか?」

「あぁ? どういうつもりって、どういう意味だあ?」

「構うな、クフ」


 常軌を逸した髪型の男は鼻をならし、つばを吐き捨てる。

 

「ジュラール様の使いできた。その女を連れていく」

「了解いたしました、ハップス様。いま開けます」


 看守はそういって鍵束をとりだし、鍵を探して、ジウさんの牢を開けた。

 常軌を逸した髪型の男は、ニヤリと笑み浮かべながら、牢に入ってきて、ジウさんに手を伸ばそうとした。


 ジウさんの牢と俺の牢。

 隔てている鉄格子を俺は掴んでひっぱった。

 壁と天井に固定されていた接合部分が「ギャン!」と破裂音を発生させて、吹っ飛び、俺は鉄格子をぽいっと放り捨てた。


「っ! こいつ……!」


 常軌を逸した髪型の男があとずさった。

 俺は彼とジウさんの間に立つ。


「もう一度言いましょう。その髪型、一体何を考えてそうなってるのかって聞いてるんですよ」

「ちーちーちー!(訳:意味不明の髪型に英雄は気になって仕方がないちー! さっさと答えるちー!)」

「こいつ鉄格子を素手で外しやがった……とんでもねえ腕っぷしだなあ」


 常軌を逸した髪型の男は、腰にさげてある鉤爪を右手に装着する。


「ハップス、お前は手をだすな、そこで見てろ」

「お前の髪型が招いたトラブルだ。お前でなんとかしろ」

「けっ。って、待て、ハップス、こいつ指にドラゴンリングつけてやがる」

「よそ者か? ふん、あいつは何者だ」


 ハップスと呼ばれた男は看守にたずねる。


「えっと、今朝がた迷惑行為で捕まえた男です、精神病だと思われております」

「とのことだ、クフ。よそ者かつ社会の膿。殺しても問題にはなるまい」

「元からそのつもりだっつーの」


 逆モヒカン男は間合いをはかり、一気に飛び込んで鉤爪を突き出してきた。


 先端を避けて、胸を片手で押してかえす。

 逆モヒカンはたたらを踏んで、牢の入り口まで戻った。

 

「けっこう目がいいじゃねえか、喧嘩慣れしてやがるな?」

「俺はかなり強いです。あなたじゃ勝てないですよ。大人しくその髪型がどういうつもりなのか教える気になりましたか?」

「やけに冷静ぶりやがって。むかつく。殺す」


 逆モヒカン、疾風の攻撃。

 体術の心得があるのだろう。

 技術を感じさせる体軸の移動。

 放たれる拳、肘、足による打撃。


 俺はそれらを受け、捌き、流す。先日のカイリュウ港で武術マスター『メテオノーム』から学んだ体術に身をまかせる。


 これまで体術関連はそこまでちゃんと修めていなかったが、実戦で使ってみると、なかなかスマートで良い。敏捷ステータスに任せた回避や、筋力ステータスに任せた打撃じゃないのも芸術点が高い。極めてスマートだ。


 己の足さばきに酔いしれていると、相手の攻撃ひとつひとつの殺意が増していることに気づいた。怒らせたかな。


「この野郎……っ、舐めやがって!」


 逆モヒカン、激昂の一撃。鉤爪の先端の間合いから、最も威力の乗っている部分を、迷いなく俺の横面に振り抜いて来る。


 ビビってない。

 人を殺し慣れている。

 一瞬でそうわかる攻撃。


 俺は手の甲で鉤爪を受け止めた。

 火花が散った。ギギギ! と耳障りな金属音が響く。

 

「なっ、こいつ素手で俺の鉤爪を……!?」

「うるせえなこれ」


 久しぶりに復活したスキル『銀の盾』でガードしてみたが、金属同士のぶつかる音が非常に不快だ。爪で黒板をひっかく音が耳元で爆音で鳴るので、鳥肌が凄い。


 逆モヒカンの男は、目を大きく見開き、鉤爪と俺の手を見比べる。


「そんなアホなことがあるわけ……俺の『レッドメタルの爪』は第三等級のマジックアイテムだぞ!? 魔法金属製の刃がなんで肉骨に止められる!?」

「それは僕がメタル男子だからです」

「意味わからねえことを!!」

「意味がわからない……?」

「あ?」

「いまあんた、意味わからないって言ったか?」

「それがどうしたってんだ! 意味わからねえだろうが!!」


 流石にキレた。

 これはキレた。


「意味わかんないのはてめえの髪型だろうがァッ!」

 

 俺は一足で近づき、逆モヒカンの頭部、右側の茂った髪と左側に茂った髪を掴んだ。その状態で前蹴りを腹に打ち込む。


 逆モヒカンはただのハゲとなり、鉄格子に背中を打ち付けて吐血。


「ぐはっ、どこでキレてやがる、この野郎ぉ……ぼへっ」


 俺は引っこ抜いた髪を花吹雪として撒いた。

















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俺だけデイリーミッションがあるダンジョン生活 ファンタスティック小説家 @ytki0920

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