吸血鬼と人間が一緒に暮らすというのは……

 こうして八十有余年の時が過ぎ……



「私も何とか頑張ってはみたけど、さすがにもうここまでみたいだね……

 ごめん、ミハエル……」

 人間としては異例と言えるであろう百歳を過ぎるまで現役の作家として筆を振るってきた<蒼井霧雨あおいきりさめ>は、百十歳の誕生日を迎えてすぐ、ベッドに横になったまま呟くように口にした。

 人間としては例外とも言える百十歳まで生きたのだから、それだけでもすごいことなのだろうけれど。

 そんなアオに、僕は言ったんだ。

「ううん…いいんだよ、アオ。アオは十分以上に頑張ってくれた。こんな僕に八十年以上付き合ってくれた。

 僕は八十年以上も、アオの愛に包まれてこれたんだ。むしろ感謝しかないよ……」

 そう声を掛ける僕の姿は、人間でいえば十七から十八くらいのそれだったと思う。すっかりシワだらけの<お婆ちゃん>になったアオとは全然違ってる。吸血鬼と人間が一緒に暮らすというのは、こういうことだ。

 だけど僕は、アオのことを、

『美しい』

 と思う。アオの顔に刻まれた多数のシワは、彼女自身の生きた証だ。僕と一緒に過ごした時間そのものだ。それを嘲ることは、僕にはできない。

 僕とアオは、実際に法律上は夫婦ではないけれど、八十年以上、心が繋がっていたんだから、並みの夫婦よりも夫婦だと思う。

 そして、僕とアオの、子、孫、ひ孫、玄孫達は、互いに顔を見合わせて頷いて、部屋を出て行った。僕とアオに最後の時間を供するために……

「…ありがとう…ミハエル……

 私は……幸せだよ……」

 二人だけの一時ひとときの中で呟くようにアオがそう言うと、彼女は眠りに落ちるように穏やかに息を引き取った。

 享年、百十歳。

 僕が、百数十年の人生の中で最も愛した女性がその生涯の幕を閉じた。

 それを僕は見届ける。人間よりもはるかに長い時間を生きる、<吸血鬼>として。


「おやすみ…アオ……

 君がどこにいても、僕は君と共にいるよ……」








 これをただの<自己満足>と言いたいのなら、言えばいい。けれど、そうやって他者の選択を蔑む者が僕の得た<満たされた時間>に並ぶものを得ることはできるんだろうか。

 そもそも人間のすることで<単なる自己満足じゃないもの>なんてほとんどないだろうからね。

 ただ、僕が僕でいられたのは、<アオという人間>と出逢えたからだというのも間違いなくある。

 僕はこれからも、数百年、もしくは千年近い<吸血鬼としての時間>を過ごすことになると思う。その中で、人間達はどんな生き様を見せてくるのかな?

 少し、楽しみだよ。






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蒼井ミハエル ~吸血鬼から見た人間という生き物~ 京衛武百十 @km110

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