『モンスター新人』教育係山田さんの苦悩

とんこつ毬藻

モンスター新人、雁染君あらわる!

 こんにちはー。


 私は都内の消しゴムメーカーに務める山田香織やまだかおり、年齢は……聞かないでくださいね。


 皆さんは『モンスター新人』という言葉をご存知でしょうか? あ、あくまで現実の話です。異世界から帰って来た新人がブラック企業に蔓延るモンスター社員を狩る話ではないのでご注意を。


 簡単に言うと、社会のルールや常識なんかを知らずして入って来た新人の中で、著しく会社にとって不利益な行動をする新人の事ですね。


 今日はうちの会社に入って来た新人君を紹介します。一人は雁染かりそめ太郎君。黒髪短髪で、見た目は凄くしっかりしており、身長も175cmと高め。


 うちの会社を志望した理由は「うちの会社に入って世界を救いたい」んだそう。えっと、うちの会社消しゴム作って50年の会社なんですが、どこか選ぶとこ間違えてない? と聞いたら「世の中に蔓延る悪を俺はいつか消し去ってやりたいんです」とか言ってたので、そっとしておきました。消しゴムはそういう消し方をするアイテムではないのですが。たぶん仮面ライダーかなんとか戦隊に転職した方がいいと思うよ……だなんて、新人君に言える筈もないですからね。


 彼も入社して一ヶ月。新人研修も終わっていよいよ今日から実務スタート。とはいえ、まだまだすぐメーカーへの営業なんて出来ないので、今日は、会社の事務仕事です。


「電話がかかって来たら社名と自分の名前を名乗るの、そして、用件を聞いて担当部署へ取り次いで」

「がってん承知之助です!」


 いや君、平成産まれよね? まぁ、いいわ。電話の取り次ぎは会社に居ると避けて通れない道。緊張してるのか、じっと電話を見てる雁染君。電話を見るだけで午前中終えたら大変なので、もうひとつ指示を追加しておく。


「あ、電話がないときは、こないだの研修資料を見ておいてね。私は他の仕事済ませて来るから」

「おーけー牧場しぼり」


 一瞬、雁染君を昭和産まれの親父と見間違えたわ。さてさて、今のうちに私の仕事を済ませておこう。午後は雁染君を連れてメーカーさんへ挨拶が控えているのだ。暫くすると早速電話がかかって来た。会社のデスクに置いてあるディスプレイ付の固定電話が鳴る。さぁ、雁染君、電話を取るのよー……って、えええええええ!?


「雁染君……何やってるの?」

「あ、山田先輩! この電話、何回やっても出れないんすけど」

「えっと、それ……ナンバーディスプレイの窓なんだけど」

「だからこうして番号出てるし、スライドしてるじゃないっすか」

「早く受話器をとれ!」


 雁染君はあろうことか、あの掛かってきた電話番号が表示されるディスプレイの窓をスマホの画面みたく左から右へスワイプしてたのです。そうか、彼等の世代は、固定電話が家にないのか……なんだか、嫌な予感がする。彼はようやく電話機を取り、話し始めた。


「お電話ありがとうございます! 素敵に真っ白ぅ、黒い汚れも個人情報も全部抹消、株式会社イレイザ、担当は、天国に一番近い男、雁染かりそめでぇーすっ、フゥううう!」


 ここはホストクラブかぁああああ! いやいや個人情報抹消したら駄目だろうがぁあああ、中途半端に韻踏んでるように見せるな、ラップバトルじゃないんだぞ!


 天国に一番近いって……あれか、『白い蜘蛛のように』昔歌ってた芸人さんとマツダデレックスが司会のあのテレビ番組か! そんな紹介要らんわ!


「え、嗚呼。部長っすね。少々お待ち下さい」


 ガチャリ――


「武田ぶちょー、なんかハウスのコクマロさんから電話っす」

「ちょっと雁染君!」


 待って、保留ボタン押さずにこいつ電話切ったーー、しかも部長宛の電話ーー。


 ちなみに部長宛の電話はキッチンの頑固な汚れを取る万能消しゴム『ピカイチくん』を取り扱ってるキッチン用品メーカーの国木田さんからでした。カレー全然関係ねー。私から国木田さんへは直々に謝罪しておきました。


「おーい、雁染君、こないだの会議で使った資料を社員用にまとめておきたいんだ。20部パンチしてファイルに閉じてくれるかい?」

「え、あ、はい! 課長分かり申した! がってん承知之……」

「はい、木村課長、彼に指示しておきます」


 承知之助が終わる前に作業台のある場所へ彼を連れて行く。


「ちょっと山田先輩! 新作、承知之助、助六食べたら元気百倍を披露する予定だったのに何止めてんすかー」

「披露せんでいい! 昭和世代でもそんなの言わんわ」


「もしかして……怒ってます? 先輩の可愛い顔が台無しっすよ?」

「ちょっ、こ、こんなところで冗談言わないの?」


「あと怒ると婚期逃しますよ」

「さっさとやる!」


 なんか新人に振り回されてる気がして調子が狂う。ようやく自席について仕事を再開しようと思ったその時……!


 ドン――

 ドン――


 何か机を叩くような、饂飩を打ち付けているかのような鈍い音が……そのあと、何かを破る音が……とっても嫌な予感がして、私が雁染君の下へと駆け寄ると……。


「あ、山田先輩、すいません、まだ半分くらいっす!」

「ねぇ、雁染君……何やってるの?」


「何って、パンチで穴開けてるんっす」


 作業台の奥に置いてある穴開けパンチが哀しそうな表情で私を見ている。ええ、ええ、穴開けパンチちゃん、私も同じ気持ちよ。


 雁染君は資料を一部ずつ置き、何度も殴りつけ、最後は手刀で真ん中から綺麗に穴を開けていた。


「アターアターーアチャーー! お前はもう……開いている」

「今すぐやめんかーー!」


 雁染君にはこのあと、しっかり穴開けパンチの使い方をレクチャーしておいた。資料が数部残っていたのでコピーを取ってなんとか事なきを得る。


 とりあえず、嫌な予感がしたので、午後のメーカーへの挨拶は同僚へ行って貰う事にした。雁染君には午後から急遽、コピー機や穴開けパンチ、事務用品の使い方をレクチャーしておいた。ひと通り研修を終え、珈琲を買って休憩をしていると、雁染君が昔語りを始めた。


「山田先輩、俺。消しゴムで世界救いたいんっす」

「それ、この前も聞いたわよ?」


「いや、俺の家昔から貧しくって、妹と弟と、三兄弟、鉛筆と消しゴムすら中々買って貰えなくて。ひとつの消しゴムが小さくなるまで使ってたんす」

「雁染君?」


「んで、玩具もろくに買って貰えなくて、代わりに練り消しで遊んだり、俺、この会社の消しゴムで育ったようなもんなんすよ」

「そうだったの……」


 世界を救うって言葉……もしかしたら本当に雁染君は思っているのかも。モンスター新人だと勝手に決めつけて悪い事してしまった。反省しなくちゃ。少し感動して目頭が熱くなっちゃった。雁染君に気づかれないよう、ハンカチで目を軽く押さえる。


「じゃあ、雁染君が早く一人前になって世界救えるよう、いっぱい色々教えるわね」

「やりっす! 俺、頑張りまくりま滝川クリステルっす」

「もう、昭和かっ!」


 雁染君と笑い合ってその日一日を無事終える事となった。



 そして、その翌朝。

 私のスマホに一通のラインが届いた。

 おはようのスタンプと共に。


『山田先輩! すんません、今日調子悪いんで、会社休みます。あと、俺YouTuberになって世界を救う事に決めたんで、会社辞める事にしたっす。よろしくお願い申し上げマスクメロンっす」


 私の涙返せ!

 お前は一生『雁染世代がはじめて穴開けパンチやってみた』動画でもあげとけ!

 

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『モンスター新人』教育係山田さんの苦悩 とんこつ毬藻 @tonkotsumarimo

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